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メディアグランプリ

ミチコおばあちゃんに勲章を


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:栗(ライティング・ライブ大阪会場)
 
 
「ところで、ここは一体どこなんでしょうね?」
目の前のミチコおばあちゃんがいきなり私に聞いてきた。
 
はっ、これはもしかして! 老人ホームで傾聴のボランティアをしているときのことだ。傾聴というのは、1時間ほど訪問して1対1でおしゃべりすること。
 
いずれ来る親の介護に備えて見習のつもりで始めたボランティアだった。80代のおばあちゃんが大半の老人ホーム。その日も普通に日常会話をしていたはずなのに、ミチコさんの記憶が急に飛んでしまった!
 
こんな経験は初めてだ。どこにいるのかわからなくなってしまったミチコさんに一体どう答えればいいんだろう。必死に考える。
1,「○○老人ホームですよ」
2,「どこなんでしょうね?」
3,「病院かもしれませんね」
 
思いついた中で、とっさに私は3の「病院かもしれませんね」と答えた。すると、ミチコさんは
「ああ、病院に来たんですね」
とほっとした様子で、元の話に戻ることができた。
 
ああ、よかった。ミチコさんはその年代には珍しく、歯科医としてばりばり働いていた方。直前の話の中で病院が出てきていたので、ご自分の記憶とうまくつながって安心したらしい。
 
何か月かして、またミチコさんの担当になった。以前より細くなった気がするミチコさん。私のことも覚えていないようで、あいさつしても反応が薄い。にこっとはしてくれるけど、大丈夫かな……。またここがどこかわからなくなるかも。
 
話のきっかけになるように、歯の話をしてみよう。
「私、何度磨いても虫歯になっちゃうんですよね~」
とこぼした。
すると、ミチコさんの顔が一瞬きりっとなった。
「どれ、口の中を見ましょうか」
 
びっくりしたものの、あーんと口を開けて見せた。
「そうね。あまり悪くはなさそうだけど……。なるべく丁寧に歯を磨くといいですね」
テキパキと話すミチコさん。
「丁寧に磨くといいんですか」
「一本ずつゆっくり磨くのがいいですよ」
 
その声はすごくしっかりしていて、安心して任せられる歯医者さんそのものだった。その後も、当時のことをすらすら話してくれる。兄弟で歯科医院をしていたこと、近くの学校に定期健診に行って忙しかったことなど。
 
「忙しくてお金の計算も大変だったけど、楽しかったわ」
懐かしい記憶を思い出してほほえむミチコさん。きっと充実したお仕事だったのだろう。私は白衣姿の優しそうなミチコさんを想像した。
 
それでも、話が進むうちに、ふと不安げな顔に戻る。そしてまたあの言葉。
「ところで、ここは一体どこなんでしょうね?」
こんなに記憶が前後してしまうとは。周りの景色が急にわからなくなるなんて、それは不安でしようがないだろう。
 
私はまた答える。
「病院かもしれませんね」
「ああ、病院に来たんですね」
 
やがて、老人ホームを訪ねるたびにミチコさんはだんだん表情が乏しくなり、車いすで移動するのを見かけるようになった。こればかりはしようがない。足元も弱ってきて危ないのだから。
 
一応あいさつはするけど、覚えていないだろうな。でも、笑顔が大事。口を大きく開けてあいさつ。
「ミチコさん、こんにちは。お元気ですか」
 
じっと私の顔を見るミチコさん。視線を口元に移すと
「歯はどうですか」
 
えっ、私の歯のことを覚えていた!?
「おかげで調子がいいですよ!」
「よかったですね。悪くなったらまた見ますよ」
 
にっこり笑うミチコさんに胸が熱くなった。たかがボランティアの私の歯を覚えていて、歯医者さんとして声をかけてくれたのだ。たとえその一瞬だけだとしても、そこに立ち合えて私はうれしかった。
 
歳を重ねて記憶が薄れても、その人の一番輝いた時代は決して色あせない。車いすで去っていくミチコさんの後ろ姿に、必死に働いた黄金の日々がかぶって見える気がした。どんなお年寄りにもそんな勲章のような人生がある、それがわかっただけでも、私は傾聴ボランティアをしてよかったと思えた。
 
 
ところが、やりがいを感じたこのボランティアも、コロナがきて終わってしまった。所属のボランティア団体も開店休業状態になって2年がたつ。ミチコさんはどうしているだろうか。ほかに多くの懐かしいお顔を思い出すが、あちらはさすがに覚えていないだろう。それでも、もし機会があればまた伺ってみたい。
 
そして、やがて私の親が「ここは一体どこなんでしょうね?」と言ったときにはどうするか。
 
それが自分の誇りの親だと悲しくなるだろう。それも間違いではない。他人だからミチコさんに冷静になれただけである。でも「なんでそんなことを言うの!?」とどなり返さないだけの自信はついたように思う。
 
一呼吸おいて「どこでしょうね?」と聞いてあげたい。自分の正解にこだわらず、相手が納得するように聞いてあげることが大事なのだ。耳を傾けるときが近づいてもあわてない。そのときこそ、親の送ってきた人生に勲章を贈るチャンスなのだから。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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