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オレンジジュースの違和感

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:秋田梨沙(ライティング・ゼミNEO)
 
 
どうも近頃、向かいの席に座る後輩の様子がおかしい。
事務机を仕切るパーテーションこそ透明だが、あちら側の正面に鎮座する大きなモニターと、ファイルボックスに芸術的にアレンジメントされた書類の山が邪魔をして、生憎こちら側からは、彼の表情まで見ることはできない。けれど、上からチラチラと見え隠れする頭の毛ががいつもより、うねうねっとしている気がする。たしか、もともと癖っ毛ではあるのだが、パーマをあてたというわけではなさそうである。
「はぁー……」
彼の深いため息が、机の真ん中でどんよりと跳ね返っていった。本日すでに4度目のため息である。
 
今思えば、連休明けからやけに静かだったのだ。夢のゴールデンウィークは終わってしまい、カレンダーを見るだけで、私も泣きたい気分だった。オフィスには2倍の重力が発生し、みんなゾロリゾロリと歩いていたから、その時はあまり気にならなかったのだけれど、週が変わっても彼の調子は同じだった。これは、いくらなんでも静かすぎる。黙々と仕事をしていても、他のメンバーなら通常モードだ。しかし、相手は、この後輩。彼はとにかく「おしゃべり」さんなのである。
 
もちろん彼の名誉のためにフォローしておくと、おしゃべりは大好きだが、仕事はきちんとこなしてしている。むしろ彼はうちの課のエースであり、先輩のくせにちっとも役に立たない私を、しっかりと教育してくれている。とても頼りになる。だがしかし、話が長いのだ。先日うっかり、彼の趣味であるカメラの話を振ったら、昼休みがまるまる1時間潰れてしまった。1を聞いたら、10くらい返ってくるので、質問する場合も己の業務の切迫具合を見極めてから聞かねばならない。
 
その、彼の「おしゃべり」が鳴りを潜めている。
やはりこちら側からは彼の顔を見ることはできないが、パーテーションの左下方。書類と書類の隙間に、ほんの10センチほど、スッと向こう側まで視界が開けた一画がある。ペットボトル1本分の隙間だが、毎日向かい合って過ごしていると、この隙間からでも意外と分かることは多い。花粉症の時期には、加湿器と袋いっぱい入ったのど飴が置いてあったし、暑くなってきたこの時期は、午前中には水が、午後にはコーヒーのボトルが置かれている。お茶やカフェオレが置かれているのは、見たことがない。ミントのタブレット缶はたまに現れるが、チョコレートは見たことがない。
 
その場所に、今、オレンジジュースの紙パックがいる。違和感がすごい。
「僕は今、ビタミンを欲しています!」
パッケージの橙色が目に痛いほどエネルギッシュで、彼が何も言わなくても、とても疲れているらしいことは伝わってきた。あのため息の様子では、200ミリリットル程度ではとても補えていないだろうに。
色とビタミンCを摂取している気分で、今日を乗り切ろうとしているね、君は!
かと言って、今の私に彼の仕事を手伝ってあげられる余裕がないのも事実だった。そもそもこんな隙間から覗き見してる情報で、声をかけるのもなんだかな、と気が引けて、その日は「頑張れ」と、念だけ送って静かに過ごすことにした。
 
そして、翌日、事態は悪化していた。
席に着いた途端、正面から禍々しいオーラを感じる。昨日、可愛らしくそこに存在していたオレンジジュースがいない。水やコーヒーが代わりにいるわけでもない。高さ15センチほどの黒い缶がその場所を占拠していたのである。
「モンスター」
レッドブルとも並び称される、エナジードリンクの一種である。その名の通り、缶の側面にはモンスターのものと思しき、蛍光緑の爪痕がおどろおどろしく描かれている。
 
これは、まずいぞ。
彼のカラータイマーが激しく点滅している。
ひと仕事終えてシュワッチする前に、今日こそ地上で倒れるのではないか?!
 
心配になった私は、たまには先輩らしく言葉をかけようと決めた。
「あの……、お疲れ、ですよね……」
昼休みに、ちょうど席を立った彼を呼び止めて、机の缶を指差した。一瞬、キョトンとした彼が、あぁ、という顔をしてヘラヘラっと笑った。
「そうなんですよ。家がちょっと大変でして……」
聞けば、お祖母様の介護で、バタバタとしているらしかった。それは大変ね、と返すものの、気の利いたことは言えない。全く先輩らしくなかった。おしゃべりな彼にしては珍しく、ポツポツと話す様子をただ、うんうんと頷いて聞くばかりだ。一通り聞き終えて、
「遊べる時には、しっかり発散するんだよ」
とだけ、伝える。パチパチっと、指で見えないカメラのシャッターを切ってみた。
「ふふ、それは心配ご無用です!」
久しぶりに爽やかに笑った彼は、そのまま食堂へと降りていった。
 
6月に入り、あの隙間には、いつもどおりのペットボトルが置かれている。
彼のおしゃべりも調子を取り戻してきたようで、昨日は昼休みが30分潰れてしまった。やっぱり、オレンジジュースくらい疲れていた方が良かったかもしれない。そんなことを考えながら、チョコレートを口へ放り込んで、午後の仕事をスタートさせたのだった。
 
 
 
 
***
 
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