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メディアグランプリ

ナイトクラブのモンチッチ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:淵江沙帆(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
初めて夫にあったとき、何かに似ていると思った。
何かに似ているとは思うのに、その何かがピンとこなかった。
 
六本木のナイトクラブV2TOKYO。私たちはそこで出会った。
今はホテル併設のTOWER OF VABELと言う場所に移転したらしいけれど、当時は昭和の雰囲気が漂うロアビルの13階にあった。普段はナイトクラブになんて行かなかったけれど、その日は何だか「もうどうにでもなれ」という気持ちだった。
 
2か月付き合った彼氏と別れたのである。いや、たった2か月。デートらしいデートもそんなにしていないし、お互いのことをまだ何も知らない。思い出も特にないから悲しくはない。でも「付き合ってほしい」と言われたから付き合い始めたのに、「忙しいから別れよう」と言われたのが釈然としなくて、腹立たしくて、「もうどうにでもなれ」だった。
 
奇遇にも、私の後輩の女の子も「もうどうにでもなれ」だった。高校生の時から7年付き合っていた彼氏と別れたのだ。北陸新幹線が開通したばかりで、二人で金沢に旅行へ行く約束をしたが、なんと旅行当日に彼は待ち合わせのホームに現れなかったのだ。そしてそのまま別れた。7年の付き合いが、なんということだろうか。そんなこんなで彼女も「もうどうにでもなれ」だった。いや私以上に「もうどうにでもなれ」だっただろう。
 
私たちはお互いの「もうどうにでもなれ」を共有した。
元恋人にこうもあっさり別れを告げられたのは、自分たちの女性としての魅力が欠けているからなのかと嘆き、一方で我々のような賢く美しい女性を捨てた元恋人は見る目がないだとか、いずれ後悔するだとか、そんなことを言って失恋の傷を舐めあった。
本来ならばここで、もっと勉強して、いい職について、女を磨いて、もっといい恋人を見つけてやろうと堅実な解決策で締めくくられるはずだった。
しかし、その時に限っては、私の「もうどうにでもなれ」と後輩の「もうどうにでもなれ」が相乗的に高まりあい、もはや理性的な判断ができなくなっていた。まともな思考を放棄した我々は、傷ついた女性としてのプライドを「ナイトクラブで様々な男性にちやほやされる」というしょうもない方法で回復させることにしてしまったのである。
 
夜の21時。私たちは六本木交差点に集合した。
居酒屋やレストランで食事をし、程よくお酒を飲んだ男女が集まるナイトクラブは深夜から人が集まって盛り上がるのに、初心者の私たちはそんなことを知らなかった。お酒を飲まずにシラフでギラギラした夜の交差点を渡り、きっちり開店時間にナイトクラブに訪れた私たちは素人丸出しで場違いだっただろう。服装もそれに似つかわしくない、学生らしい花柄のワンピースだった。
 
ロアビルにあったナイトクラブV2TOKYOは地上入り口で身分証明書を提示する。女性は入場無料、かつ優先的に通され、私たちは自分たちの「性」を実感した。
 
フロアへ近づくごとに、ほの暗く妖しい空間になっていく。普段なら足がすくんでしまいそうなのに、入り口で手に入れた、「優先されるべき若い女性である」という優越感と、高まり切った「もうどうにでもなれ」が恐怖を高揚感へ変えた。
 
フロアへ入るとすぐ黒服を着たスタッフに声をかけられた。「かわいいね、無料で好きにお酒を飲んでいいよ。連絡先教えて。次は俺のゲストで来てね」と。
 
バーカウンターで頼んだカクテルを待っている間にも次々に声をかけられる。「どこから来たの?」「名前は?」「VIP席に行かない? シャンパンいくらでも飲んでいいよ」
 
今思えば、素人感丸出しだったのがナイトクラブに珍しくてウケたのだろうと思うが、男性から声をかけられるたびに、優遇されるたびに「私たちはこんなにも多くの男性から需要がある、価値のある女性なのだ」という中身のない喜びが、私たちの傷ついたプライドを覆って満たしてくれた。
 
何時間そうしていただろうか。深夜をまわっていたと思う。十分にその夜の目的を果たした私たちは、フロアのはずれで一息ついていた。「疲れたからもう帰ろう」そんな話をしている時に声をかけてきたのが私の夫だった。
 
社会人1年目だった彼は、仕事終わりに会社の同期とV2TOKYOに訪れていた。大手企業の新入社員らしく、大きな自負と勢いのあるイケイケな集団だったが、その中で夫はギラギラしたナイトクラブに似つかわしくない、汚れを知らないような人懐っこい様相だった。
 
「あ、何かに似ている」と思った。
何かに似ているとは思うのに、その何かが思い出せなかった。
 
「連絡先教えて」と言われて、素直に電話番号を教えたのは、彼の見た目が「何かに似ている」からだったのかもしれない。
 
その後、本当に連絡が来た時には驚いた。「ナイトクラブで出会った人なんて」そう思っていたけれど、順調に交際が続き、その3年後に結婚した。
 
出会ってから6年。あのとき思い出せなかった「何かに似ている」は、すでに解決している。無垢なお顔に、真横に生えた大きな耳。そう、猿だ。私の夫は実家にある、猿の人形モンチッチに似ていたのだ。
 
今日も夫の顔を見て、「モンチッチだなあ」とほくそ笑む。「もうどうにでもなれ」なんて思っていたあの時が嘘のように、こんな毎日が幸せである。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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