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願いは誰かの力となって


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:神田 銀平(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
大学2年生の春休み、北海道の湖でサークル仲間とヨットを楽しんでいた。
練習も終わり合宿所でケータイを見てみると、無数の着信が入っていた。
 
親からの着信と友人からのメッセージが何件か、その時の僕は「ケータイの充電が切れてた時ってこんな感じになるよな」と、のんきなことを考えていた。
 
友人からのメッセージを確認しようとした時、周りの友人達がざわざわし始めた。
 
「なんかヤバいらしいよ」
「テレビ見ろって言われても、ここ湖だし」
「なんか大きな地震があったらしいけど、湖で船に乗ってたら気づかないよね」
 
部長が仕切り直すように皆を集めた。
「とりあえず、今日の練習はここまでだから、みんな片づけを始めようか」
 
その日、練習で疲れ果てていた僕は、家に帰ってテレビをつけて絶句した。画面にはまるで怪獣映画のような光景が流れていた。どのチャンネルにも同じ映像が流れていて、これがフィクションではないことを嫌というほどに思い知らされた。この災害は東日本大震災と命名され、歴史にその名を刻んだ。
 
大学を卒業し、現場監督を仕事とする建設会社に入社した僕が3年目になった頃、東北地方の復興工事に従事することになった。
 
4年の月日が経ったことで、あの日の出来事はただの記憶の1ページになっており、大震災と呼ばれた事件は、何も知らない土地での生活と初めての転勤という慌ただしい日々の中に埋もれてしまっていた。
 
「今日から君が住む宿舎はここだよ」
引っ越し用品を全部詰めた僕の車は、案内の地図を頼りになんとか目的地へとたどり着いて、所長から説明を受けた。
 
小高い丘に建てられた宿舎の周りには、おじいさんが一人で住む少し大きな家があるくらいで、丘を下れば家はなく、新しくできた雰囲気のコンビニが一つあるだけだった。
 
このおじいさんはずいぶん住みづらそうなところに暮らしているんだな。
初日の僕は新しい生活への緊張と不安で、その背景に考えが至らなかった。今考えると、なんと頭の悪い若者だったのだろうかとため息が出てしまう。
 
転勤してから一か月が経ったころに、僕は病院を探すこととなった。生まれつき肌が弱いため、定期的に皮膚科で薬をもらわなければいけなかった。
 
スマホで調べるといくつかの皮膚科が見つかったので、平日に休みをもらい、車で向かった。
 
車のナビに目的地を入力し、車を10分くらい走らせた時にナビが鳴った。
「目的地の付近に到着しました。運転お疲れさまでした」と。
 
最初はナビが壊れたのかと思ったのだが、すぐに気づいてしまった。
「そうか、……ここにあったのか」
 
昔はここに病院があったのだ。今は建物を取り壊したような後だけがあるが、ここは病院だったのだ。
 
周囲を見回した時、あの日テレビで見た映像を思い出して絶句した。
4年の期間で瓦礫の類は撤去されたのだろう。周囲には建物の基礎しかなかった。もう少し遠くを眺めると、建物が残っている区画もあった。
 
しかし、その区画にある家のほとんどには1階が無かった。
想像しづらいと思うが、一階部分の鉄骨はむき出しになっており、2階への外付け階段はひしゃげていた。
 
その時、この地域に新しく高速道路を作る意味を、復興を願う街の人々の気持ちを理解した。つもりになっていた。
 
ある日、街のカフェで休日を過ごしていた時、近くの席の女子高生の会話が聞こえてきて、僕は身動きが取れなくなった。
 
「A子ちゃんの家は最近車買ったんでしょ? 何台買ったの?」
「お父さんもお母さんも車が必要な仕事だから2台、B子ちゃんの家は?」
「ウチは2台流されちゃったんだけど、まだ1台。家も建て直さないといけないからそんなに買えないんだって」
 
部活帰りにカフェに寄ったと思われる彼女たちの会話は、僕が今まで聞いたことのある会話とは重さが違った。そして、自分がいかに平和ボケしているのか、この街の人の気持ちを知ったつもりになっていたことを恥ずかしく思った。
 
この街に住む人々は「復興」の2文字を心の支えに生きている。
災害なんかに負けたくない。
この街はまだ終わってない。
以前よりも賑わう街にしたい。
みんな、未来をその手に握りしめながら日々を過ごしていた。
 
その前向きな想いを持つ街の人々が僕は好きだった。
みんな辛い想いを背負ってはいても、ちゃんと前を向いているのだ。
そして僕みたいな、よそ者でも受け入れてくれるこの街が好きだった。
 
街の人々と向き合うことで、もっと知りたいと思った。
そして、その足はこの街を一望できる山の上にある施設に向かった。
 
リアス・アーク美術館だ。
ここには震災を経験した人々の想いが詰まっている。あの日、この街で何が起きたのか。もう隣にはいない誰かを忘れないように。あの日誓った想いを忘れないように。そういった軌跡が残されている。
 
そこには展示品と、それを寄贈された人のメッセージが残っており、今でも思い出すと僕は涙しそうになってしまうコーナーがある。
 
それは子供が遊んだであろうミニカーだった。それは少し潰れたように歪んだバスの形をしていた。バスのミニカーの脇に、多分この子の父親のものだろうメッセージが添えられていた。
 
「あの子が大切にしていたミニカーが見つかった。良かった。他には何も出てこなかったから。おもちゃ売り場で駄々をこねるからしょうがなく買ってあげたものだ。なんで、こんなものしか見つからないんだ。あんなに欲しがっていたのだから、あの時もっと買ってあげればよかった。こんなに後悔するなんて思いもしなかった。買った時は喜んでいたっけ。もっと買ってあげれば良かったなぁ。あの子の笑顔が忘れられない」
 
甘かった。この街の人たちがどんな想いで生きているのか、全く分かっていなかった。この想いから街の人々は立ち直ったのだ。
 
僕はこの街の人々にできること、自分が受け持つ復興の仕事を精一杯頑張ろうと心に誓った。
 
 
 
 
***
 
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2022-11-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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