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メディアグランプリ

ラブホへ向かうタクシーを見送ったクリスマスの話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:宮脇真礼(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
夜。満身創痍の私の前に、颯爽と一台のタクシーがとまった。
しなやかに開くドアを無視して、運転席を意味ありげに覗きこむ。
怪訝そうに窓ガラスを開けた運転手さんの顔面めがけて、ピンクの紙袋を豪快に差し出した。
「すみません……この荷物を、この住所まで運んでいただきたいんです……」
車内に押し込むような勢いとは裏腹に、発した言葉の語尾は消え入りそうだった。
 
運転手さんは私の差し出したメモに視線を落とした後、こちらをまじまじと見つめた。
あああ、ほんとやだ。
「あのさあ、ここって……」
 
さすが運転手さん。住所見ただけでわかっちゃうんですね。
そうなんです。何を隠そうラブホテルでございます。
 
 
遡ること4時間前。
正確には、4年前の4時間前だ。
12月24日、18時。それは近年で最も珍妙なクリスマスナイトの幕開けだった。
 
狂ったようにバイト戦士であった大学生の私は、その日も迷わずアルバイト先である小さなお鮨屋の暖簾をくぐっていた。クリスマスがもつ特別な意味なんて、まかないがちょっと豪華で洋風になるくらいである。
そんな私を、親方と女将さんは申し訳なさの中に悲哀の色を少し含ませた目で見ていた。
 
「クリスマスにお鮨」というのは少しピンと来ないかもしれないが、「洋食は食べなくてもいいけれど、いつもより少し贅沢な食事を楽しみたい」という落ち着いた世代のご夫婦などは意外と多い。
すべてお任せのコーススタイルなので、ちょっとしたお祝い事にはもってこいのお店だと思う。給仕にプレッシャーはあるが、いらっしゃるお客様はすてきな方が多い。そういう意味では、大人なクリスマスを楽しまれている方々の雰囲気を眺められるのは役得とさえ思っていた。
 
その2人組が現れるまでは。
20時。常連の老夫婦が帰られたお席を急いで片し、すばやくセッティングを済まして待つこと数分。次のお客様がお見えになった。
その時点でもう、なんとなく嫌な予感はしていた。
男性の頬は紅潮している。すでに一杯やってきてるのね。コートを預かって露わになった女性の肩はニットから大胆に露出しており、その下は私じゃ絶対履けないミニスカート。歳の差もあるようだし、これは普通のカップルじゃないかもしれないなあ。と思ったものの、関係性を察して接客することも今日に限っては必要ないだろうと思って、すぐに通常運転に戻った。
 
お店は忙しさを増し、親方の額にも汗が滲む。
なんとなく予想していた通り、その男女には絶望的に品がなかった。
大声で捲し立てる品のない会話に、品のないお酒の飲み方。品のない会計を済まし、もう全てが品のない集合体に思われたものがようやく帰られたと思った矢先、荷物かごに残されたピンク色のかたまりが目に入った。いつもなら忘れ物がないか、よくチェックしてからお客さまを見送るのに、その日はとにかく余裕がなかった。それはおそらく女性へのクリスマスプレゼントだった。慌てて外へ出てみたものの、2人の姿はとうに消えていた。
 
気づいて戻られることを期待して、ひとまず給仕を続けていると、唐突に電話がなった。受話器越しに聞こえたのは、さっきまでここに広がっていた品のない濁声である。
 
「もうホテル入っちゃったから、タクシーに乗っけてプレゼント運ばせてほしいんだけど」
そう言うと彼は少し言いにくそうなゴニョゴニョした口調で、甘ったるいホテルの名前を口にした。
 
そして冒頭に戻る。
 
案の定そこからは運転手さんとの押し問答が続いた。
タクシーを宅急便のように使う事例も私は聞いたことがなかったが、そんなことを気にしている場合ではない。
ホテル付近に着いたらお客さんに取りに来てもらうということでなんとか了承を得て、先ほどかかってきた電話番号を渡した。テールランプが曲がり角へ消えていくのを見送って安堵したのも束の間。数十分後に運転手のおじさんから怒りと困惑の電話がかかってくることになる。
 
「預かった番号、繋がんないんだけど」
なんで出ない。早すぎじゃなかろうか。なんで呼びつけたものが来るまで待てないんだ――。その時ばかりは、クリスマスの飲食店で発したらアウトな罵倒が喉元まで出かかっていた。繋がらないものはもう私にはどうすることもできない。
 
ああ私、クリスマスになにやってるんだろう。
厨房で立ち尽くす私の隣に、気づけば先ほどまでせわしなくシャリをきっていた親方が佇んでいた。静かに私から受話器を取り上げて、そのまま店の裏口へと消えていった。
 
親方がこの案件をどうやって片付けたのかはわからない。すんとした顔で戻り、お客の前に出た途端ぱあっと瞳にサービス精神の炎を宿した親方に、とにかく感謝と尊敬しかなかった。
 
クリスマスの悲惨なエピソードなんて世の中に星の数ほどあふれているが、一番しょうもないのは自分が主人公ですらないとき。
あれさえなければ私は勤労クリスマスだって楽しめたのになあ。と、それはちょっと背伸びしている気もするけれど。今年の24〜25日はどうやら土日らしい。仕事に邪魔されることはないが、華の女子大生時代でさえ勤労に捧げていた私にとって、それはそれでちょっと、ハードルが高い。
 
最後にひとつ、あのタクシーの使い方は果たして合法だったのかについて。
後に調べてみたところ、2017年に貨客混載の規制が緩和され、タクシーは人以外に荷物も運ぶことができるようになったそうだ。ギリギリセーフだった。
何か緊急事態が起きたときのために、宅急便にもなるタクシーの存在を覚えておくのはありかもしれない。私はもう、運転手さんに頭を下げるのは自分のためだけにしたいけれど。
 
 
 
 
***
 
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2022-11-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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