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「独創的」ということ

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:スズキヤスヒロ(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
「キミは…… 頭に血が通っているとは思えないな。大学院というのはね、ダメなやつがくる病院じゃないんだ」
 
呆れ返っている教授の前で、私はずっとチョークを持ったまま黒板の前で立ち往生している。演習室の時計は午前1時をまわっているが、他の研究室のメンバーは、息を潜め音ひとつ立てずに身を固くしている。
 
「僕はそんな難しいこと言っているかな? だからさ…… その式に、数字を放り込めばいいだけでしょ!」
 
『こんな複雑な式のどこに数字を入れて、どうやって計算すればいいんだ……』
 
大学院では『輪読』と呼ばれるトレーニングがある。一つの論文を何人かで分担し、そこに書かれていることを理解して発表するのだ。数十ページある論文のなかで、私が担当しているのはわずか三ページほどだ。その三ページに六時間以上かかっている。
 
数学の論文にはたくさんの「省略」がある。プロの数学者なら“容易に推察できる論述”は省略され、“簡単な計算”は書かれていないのだ。その省略された論述を埋め、省略された計算をきちんと行うと数ページになることも珍しくない。
 
『輪読』では省略されている部分を復元する能力を養う。最初は誰でも苦労するが、他のメンバーは着実に「復元能力」を高めていった。でも、私はいつまで経っても省略されている部分をうまく見つけられなかった。
 
「しょうがないな…… もう遅いし、続きは来週のゼミにまわすことにするか」
 
その日の輪読は深夜にお開きになった。
輪読ゼミで私が担当になるときは、ほとんどこんなかんじだった。
 
研究室の他のメンバーはみな、優秀すぎてまぶしかった。輪読では教授との白熱した議論から、理論が発展していく。私以外のほぼ全員は、その結果を国際会議や学術論文誌などで発表していた。
ただ一人、私だけが輪読ゼミも満足にこなせず、新しい研究成果などほど遠い。廊下で教授とすれ違うときは、毎回挨拶するかのように『もう大学院、やめたら』と言われ続けた。
 
十二月の初旬、教授に呼ばれた。
 
「来週の輪読が始まる午後一時までに、どんな結果でもいいから新しい研究成果を出しなさい。それができないのだったら、ここに居ても仕方ないと思う。どうしてもここに残るなら、好きにしなさい。私は君の面倒はみない。もう、輪読には出なくていいから」
 
『論文一つ満足に読めないのに…… 一週間で新しい研究成果を挙げろなんて、無茶だ……』
しかし、なにか成果を挙げなければ、ここには居られない。
 
大学院に合格したときに、涙ぐんで喜んでくれていた両親や祖父母。
お祝いの電話をもらった親戚の叔母さんや叔父さんの弾んだ声を思い出す。
 
『なんとか、しなければ……』
 
どれだけ読んでも理解できなくてボロボロになった論文、あまりの難解さに、床に叩きつけてバラバラにしてしまった数学書の断片などをバックに詰め、24時間営業のファミリーレストランをハシゴした。
 
ずっと輪読で問い詰められて絶句しているばかりの日々だったので、どうやって研究して、新しい数学的な結果を出したらよいのか、さっぱりわからない。
 
食事も睡眠もほとんどとらず、ただただ焦っていた。
奇跡なんて……、起きない。どれほど追い込まれたからといって、それまで理解できなかった数学が、突然理解できるようになるわけもない。
 
ただ焦るだけで、何も得られずに六日間が過ぎた。
残りは一日、正確には、あと十二時間。
明日のゼミが始まる午後一時までになんとかしなければ、私は大学院には居られなくなる。
 
明け方に下宿に戻り、机に向かった。
ただ、ひたすらにノートに、頭に浮かんでいることを書き連ねていた。
『六日間、ほとんど不眠不休で頑張っても、結局は論文も本も全く理解できなかった。だったら残りの十二時間、自分でなにかを考えるしかない』
 
外がだんだん明るくなってきた。ふと、ある計算の方法が浮かんできた。
 
それは、あまりの計算の複雑さに私が輪読で立ち往生していた論文よりも、ずっと簡単に同じ計算ができる。
 
『そんな、バカな。自分にそんなことができるわけがない』
 
だが、何度計算してみても、いろんな例を試してみても、自分が考えた簡単な計算の方法は、その論文に示されている計算結果と一致している。
 
もうゼミまで、残り数時間しかない。
大急ぎでその計算の方法をノートにまとめた。
 
ゼミの時間となった。
私は、恐る恐る、さっき見つけたばかりの簡単な計算の方法を、教授や他のゼミのメンバーの前で話した。
 
「君さぁ…… どうこう言う前に、あの論文だってちゃんと読めてなかったよな」
 
確かにそうなのだ。でも、私がまったく歯が立たなかったあの論文よりも、ずっと簡単に同じ答えを出せてしまうのだ。
 
「先生。確かに鈴木君の方法でも、きちんと計算ができている気がします」
 
私の話を聞いて即座に計算を始めていた、研究室の俊英たちが言い出した。
 
「そんな、馬鹿な。こんなチンケな計算法は、特殊な場合にしか成立しないだろ。どっかで破綻するよ」
 
教授がそう言うと、みな黙り込んでしまった。
 
「さあ、輪読を始めよう。今日の発表者は誰だ?」
 
結局、私が提案した方法について教授はきちんとコメントしなかった。そのままうやむやになってしまい、大学院を辞めろとは言われなくなった。
 
翌年の三月、イタリアの著名な数学者が、研究室を訪問した。日本で開催された国際会議のために来日していたのだ。その先生こそが、私がまったく歯が立たず、輪読ゼミで立ち往生を繰り返した論文を書いた張本人だった。
 
その先生がまさにその論文についてのセミナーを開いた。著名な先生なので、セミナーには多くの数学科の教授や、他研究室の大学院生も参加していた。
 
講演が終わり、質疑応答になった。教授たちからの質疑応答が一段落して、セミナーが終わろうとしていた。私はたまらずに手を挙げた。
 
「すいません。質問があります!」
 
どうしても、私は本人に直接聞いてみたかった。教授が言うように。私が考えた計算方法は、本当に特殊な場合にしか成立せず、どこかで破綻するのかを。
 
私は、自分の計算方法を説明し、この方法についてどう思うか? と聞いた。
何度も私の質問を聞き返し、黒板に何か書きながら、黙り込んでしまった。
全員が固唾を飲んで、見守っている。
 
やがて振り返ると、私をじっと見つめた。
「うーん……私としたことが、君の言っていることは正しい。その計算方法は、私は気が付かなかった」
 
それからも多難だったが、私は翌年に修士課程を修了した。
教授は最後の最後まで、私の結果をずっと批判し続けた。
 
私は大切なことを学んだ。
私はそれまで、物事とは「線」のようなものだと思っていた。
基礎があって、その延長線上に応用がある。
だから、基礎がしっかりできていないと、その先には進めない。
 
だが、それは必ずしも正しくない。
本当に新しい発想とは、「基礎」とされることの延長線上にはない。
だからこそ、斬新なのだ。
 
 
 
 
***
 
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2022-11-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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