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メディアグランプリ

私にとっては悲劇なのに、他人にとっては喜劇なのだ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田光(ライティング・ライブ大阪会場)
 
 
「やっぱりさ、あごが外れたら顔からあごがぶら下がってブランブランになるの?」
 
当時の職場の先輩は、顔面筋を崩壊させながら私にこう聞いた。
 
「顔の筋肉はゴムじゃないんで、ブランブランにはなりませんね」
 
と半分苦笑、半分ムッとしながら私は答えた。
 
でも、もしこれが誰かほかの人の体験談だったら、私だって吹き出しながら同じ質問をしていたかもしれない。
それに何でこんな話になったかというと、誰かが「金沢は回転ずしのレベルがめちゃくちゃ高い」と言い出して「金沢の近江町市場に行けば新鮮な海産物が買える」という話になり、私が、
 
「この間行ったんですよ。でもあごが外れて大変だったんです」
 
と口を滑らせたからだ。
だからこうなったのも自業自得、当然の帰結ではある。
 
大昔のことだが、当時のパートナーと北陸旅行に行き、一泊二日で金沢を観光した。
一日目はひがし茶屋街や兼六園を散策し、二日目は新鮮な魚を求めて「金沢市民の台所」近江町市場まで足を延ばしたのだが、そこで痛い目に遭ってしまったのだ。
 
「安いよー!」「味見して!」などと張りのある声が飛び交うこの市場には試食を勧めるお店が多い。全部の店で足を止めていたら、最後には満腹になってるんじゃないだろうか。
 
ぶらぶら歩いていると、ある海産物加工品のお店で、「はい、これおいしいから食べてって!」と試食を強く勧められた。
「手を出して」とお店のおじさんに言われるがままに右手を出すと、塩辛か何かが手のひらの真ん中にポンと乗せられた。
それをそのまま顔の前に持って行ってくちびるでハムッとしたとき、あっ、ヤバい! と、ものすごくイヤな感じがした。
その瞬間、あごの骨がカコンと外れてしまったのだ。
 
外れるとどうなるかというと、まず、めちゃくちゃ痛い。だって脱臼なんだもの。
そしてあごの蝶番が外れているので、もちろん口は閉まらなくなる。
無理やり閉じようとしても蝶番が変な位置でロックされたようになっていて、ピクリとも動かない。
 
え、ちょ、どうしたらいい? 私これ、自力で治すの無理だわ。
病院か? でも今日は日曜じゃん。
まずは相方に知らせなきゃ!
いや、でもこの状態で私、しゃべれるの?
何言ってんの、しゃべれなくても伝えなきゃなんだよ!!!
 
何しろちょっと顔を動かしても(動かさなくてもだが)激痛が走るので、できるだけ筋肉を動かさず、つまりは大口を開けたままで、
「あごが外れた」
と言ってみた。
もちろん、実際の発音はこんなにクリアじゃなかったが、言いたいことは伝わった。
 
しかし彼は、えっ!? っとぎょっとした顔をしたまま、私を凝視している。
いや、今は見つめるとこちゃうわ! こんなに可愛くなくてみっともないところは見てほしくない! お前が今やることはお店のおっちゃんに今日の当番医を探してもらうことじゃ! と目で訴えた。
 
しかし、私の想いは言葉なくしては伝わらなかった。
 
「ひょーいんいきかいかあ(病院行きたいから)、おいひゃはんおへーてもあって(お医者さん教えてもらって)」
と涙目で言い直した。
 
お店のおじさんはそれを聞くと、パートナーの通訳を待たずにすぐ病院を調べてくれた。
幸いなことにここから歩いて行けるところにあるという。
私はカバンからハンカチを出すと口に当て、お礼の代わりに深々と頭を下げると、教えられた道を小走りに歩いた。
 
休日の当番医だったからか、病院には医師しかいなかった。
 
「どうされました」
 
市場で試食品を食べようとしたら、あごが外れた。
 
「どんなふうに食べたんですか」
 
「こんなふう(食べる真似)」。
 
「それはどれくらい前のことですか」
 
医者とのこのやり取りをしていたのは私だ。
だが、痛みに耐えながらここまで話したとき、説明は相方がしてくれればいいのでは? と気づいた。
その瞬間、頭に血が上った。
うまくしゃべれないんだから、代わりに説明してくれたっていいじゃないの!
くるっと彼の方を振り向いて、
 
「(あなたが)言ってよ!」
 
と言うと、なんとヤツはそんな私を見ながら肩を震わせて笑っているではないか!
 
信じらんない! 怒り心頭に達した。だが今はそれどころじゃない。
 
先生の質問は続いた。
 
「どっちが外れてますか?」
 
これは……どっちもだわ。
 
「ひょうほう」
 
「えっ! 両方!?」
 
先生が大声を出したので、やだそんなにびっくりしないでよとにわかに不安が増した。
ベッドにあおむけになってくださいと言われて横たわると、先生は私の口の中に手を突っ込んだ。
 
いったーい!!!
 
「いかいいかいいかいいかい(痛い痛い痛い痛い)!!!」
 
叫ばずにはいられなかった。
先生は少しの間手を緩めたが、再びあごの骨を前後にゴリゴリと動かす。
いてー! やめてー! 顔が壊れる!!!
 
「どうですか? あご、はまりましたか?」
 
「がえでふ(ダメです)」
 
「そうですか……ちょっと待っててくださいね」
 
先生は奥の部屋に引っ込むと、なんと医学書を持ってきて、えーと、顎関節脱臼は……などと言いながらページをめくっている。
 
え、どゆこと? まさか今から勉強っすか!?
要するに先生も経験がないのだ。
どうすりゃいいのよ、このまま治らなかったら私、明日までこのまんま?
 
先生はもう一度口に手を入れると前後左右に動かした。
痛い……もうやだ……誰か助けて……
 
すると、
 
かっこん
 
あごに軽い衝撃が走った。
あっ、はまった!
 
「こっち側がはまりました!」
 
片方がはまると、もう片方もすんなりと戻った。
 
「はまりましたか!?」
 
見ると先生も汗だくだ。
そして明らかにホッとしている。
先生も治せなかったらと気が気じゃなかったんだろう。
ありがとう、本をめくり出したときには正直絶望したけど、先生は男のなかの男、医師のなかの医師だよ!!!
 
「はい! 本当にありがとうございました!!!」
 
病院を出ると私は、
 
「ねえ、さっきめちゃくちゃ笑ってたよね?」
 
とパートナーに詰め寄った。
 
「いや、確かにかわいそうだと思ったよ、思ったけどさ、あごが外れるなんてオレも生まれて初めて見てさ、いや、そんなに怒んないでよ。だってさ、おかしいだろ?」
 
などとのたまいながら、なおもクックと笑っている。
 
へーふーんほー、そうですかそうですか。
 
それからどう旅を終えたのかは覚えていないが、しばらく根に持っていたのは確かだ。
 
この話を職場の先輩に話し終えて、
 
「パートナーが目の前で苦しんでるのに、笑うなんてひどくないですか?」
 
と聞くと、
 
「いやーそれはしょうがないよ、おかしいもん」
 
と言った。
ブルータス、お前もか。
 
あごが外れた人に対し、世間の目はかくも冷たいのだ。
今思い出してもちょっとムカつく。
自分のパートナーが同じ目に遭ったら、どうか親身になってあげて欲しい。
 
ところで、口を閉じられないという急場でも私は医師と会話できたわけだが、これは顔の筋肉や舌をあまり動かさなくても発音できるという日本語の特徴のおかげじゃないかと思うのだ。
 
試しに、市場のおじさんや医師に伝えた内容を口を開けたまま中国語でしゃべろうとしたが発音できなかった。
 
だから全国の顎関節症及びその予備軍の方々におかれましては、今後あごが外れるという喜劇のような悲劇に見舞われても、日本語を使う限り最低限のコミュニケーションは図れることが分かったので、どうか安心してほしい。
 
 
 
 
***
 
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2022-11-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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