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父の死は日常の延長線上に

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:上平恭代(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
「じゃあ、来週また来るね」
それが父親と交わした最後の言葉だったように思う。
 
30年近く前の話だ。
すい臓がんで入院中だった父親の見舞いに、私は毎週末、片道2時間近くかけて通っていた。
その日は母と私と下の弟が見舞いに来ていて、夕方、母を残し、私と弟が「じゃあ、来週また来るね」と父に声を掛け、病院を後にした。
私は都内の自宅に帰るので、いつもは弟の運転する車で最寄りの駅まで送ってもらっていたのだけど、今日はお腹が空いたから途中で何か食べようかということになり、少し遠回りして美味しいと評判の蕎麦屋に立ち寄ることにした。
座敷に通され弟と2人でメニューを見ていると、母から「お父さんの様子がおかしい、すぐ戻って来て」と携帯電話に連絡が入る。
私たちは店員さんに丁重にお詫びを伝え、急いで病院に戻ると、父の命はまだ辛うじてつながっていたものの、意識はすでに混濁状態で、うめくような声を発していて、私たちがなすすべもなく見守る中、何度か大きく呼吸をして、そのまま息を引き取った。
閉じた目から、涙がひとすじ流れていた。
 
当時、すい臓がんは見つかった時には手遅れで、処置しようがないことがほとんどだった。父の場合も「胃もたれがする」とずいぶん前から言っていたものの、直近で受けた会社の健康診断ではどの項目にも引っかかっていなかった。精密検査を受けて病名を告げられた時には、さぞかしショックだったに違いない。
56歳で亡くなるまで2年間の闘病生活があり、その年齢は今の私とそう変わらない。
入院先は、その田舎では最大級の規模の大学病院だったけど、2度の手術は経過も結果も思わしくなく、「看病するために自分が通いやすい病院」という理由でそこを選んだ母親を、私は今でも許していない。
 
すい臓は背骨側にあるので、寝転がるとひどく痛むらしく横になることができない。最後の半年ほどは24時間ベッドに腰かけている状態だったから、足がうっ血して象のようになっていた。体は痩せてガリガリなのに足だけ大きくて、ぶよぶよして弾力がなく、皮膚を押しても戻らない。
抗がん剤もモルヒネも効き目がほとんどなくてつらそうだったけど、お見舞いに行くととてもうれしそうに迎えてくれた。
ヘビースモーカーだったから、入院中も看護師に隠れて喫煙してたっけ。
 
亡くなった時は、悲しさやショックより、痛さやつらさやしんどさからやっと解放されたんだろうなという思いのほうが強くて、私たち家族が誰も泣かなかったから、葬式に来た親族が「この家の家族はすごく冷たい」と言っているのが耳に入った。
表面上でしか物事を見ない人たちには、説明や反論をする気もなかった。
 
この病気がもう完治しないということは本人も十分承知していたので、そう遠くない未来にお願いすることになる葬儀社を、母は父の生前に契約しており、亡くなってからの細かい手続きはすべて滞りなく手配してくれた。
 
お通夜のあと、母から「あんたたち兄弟3人で寝ずの番をして」と言われた。
今ではやらない場合が多いと聞くが、「寝ずの番」とはお通夜の後に遺族が故人を夜通し見守ることで、その間は線香やろうそくの火を絶やさず一晩を過ごす。
次の日が葬儀と告別式なので、その前日の一晩は故人の思い出を語りながら番をする、そんな風習だ。
 
徹夜したあとに葬儀になるわけだから、体力を温存するために何時間かごとに交代で番をしよう、と私たちは事前に話し合っていたけど、父とはいえ遺体のそばでは眠くなることなんて全くなくて、結局3人とも一睡もしないまま葬儀の日の朝を迎えた。
もし火を絶やしたら一体どうなっちゃうんだろう? という緊張感もあったと思う。
 
父は昔ながらのサラリーマンだったから、始発で出社し終電で帰ってくる生活で、単身赴任も長かったし、物静かなタイプだったので、「万引きして殴られた」とか、そういった強い父親像を彷彿とさせるような思い出が全くなかった。でも寝ずの番をしていた一晩は、私たち3人のうちの誰かが、父にまつわる話を何かしらしていた気がする。とっておきのエピソードとかではなく、世間話のような内容だ。
覚えているのは、父が亡くなった日、ケータイの電源を切って彼女とデートしていたため臨終に間に合わなかった上の弟が、私と下の弟にちょっと責められたということくらいだ。
 
たぶん父親は、自分はただの胃もたれで、そんなの胃薬飲んだらすぐに治って、また前みたいに海釣りに行ったり、何年後かには孫と遊んだり、そんな生活を100歳くらいまで続けられるつもりでいたと思う。
でも命には残酷なほど確実に期限があるし、それは私の日常の延長線上に転がっていた。
そして父のあの涙の意味を、今でも考えることがあるのだ。
 
 
 
 
***
 
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2023-01-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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