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週刊READING LIFE vol.128

10年越しに気づいた心を少し強くする方法《週刊READING LIFE vol.128「メンタルを強くする方法」》

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2021/05/17/公開
記事:伊藤あさき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
私にはある一冊のノートがある。
そこに書いてある文字は、自己肯定感を高める方法、自己肯定感を上げつづけるには、鏡の法則、etc……。
 
自分のことが好きになれなかったり、苦しいときには図書館に行ってとにかく自己啓発本を探した。そして、なるほどと思った部分をノートに書き写しては実践するということをしていた。けれどもいろいろ試してはみたものの、納得感というか、ものごとの見方や考え方が本当に自分のものになった! 変わった! という感覚を、自分で経験したこと以上に教えてくれるものは本の中にはなかったように思う。
 
学生時代までは、好きな勉強をしたり好きな部活に入ったりして、自分と趣味嗜好が合う人達との付き合いがほとんどだった。人間関係がとても自由だった。しかし、社会人になるとそうはいかない。好きだろうが嫌いだろうがそんなことは関係なく、先輩、後輩、上司、取引先といった自分で選ぶことができない人間関係は年々増えていく一方で、よく人の悩みの大半は人間関係というが、私にとってもそれは例外ではなく人間関係に悩むことが多くなった。
 
なぜ人間関係で悩むのかというと、私の場合は人の考えや意見に左右されすぎるということが原因だった。

 

 

 

「彼女」という主語が怖くなったのは、就職して間もなくのことだった。
最初に配属されたチームのリーダー的存在の人とあまり合わなかったことが発端だった。
 
「彼女がさ……」
彼女という主語で始まるヒソヒソ話に私は毎回ドキッとした。
 
「私何かまずいことしたかな」「今日は何を言われるんだろう……」
 
聞こえそうで聞こえない会話が気になって仕事どころではなくなる。仕事をしているふりをしながら、すべての神経を耳に集中させる。内容が知りたい! でも隣の人には聞こえないでほしいなぁなんて考えながら。
聞いても嬉しいことなんか一つもないことは知っている。落ち込むだけなのも。
「今夜もまた眠れないかもな……」と思いながら、仕事に向かう。(ふりをする。)
 
自分に直接言ってくれたら気持ちはずいぶん楽なのにと思いながら、だんだんとこれはあとで他の人とシェアされるんだろうなという妙な勘だけが鋭くなっていった。
 
「絵本の編集者になって、世代を超えて読み継がれる絵本をつくりたい!」
そんな思いをもって、この会社を選んだ。でも、そんなきらきらした希望や夢よりも、いかにその人に何も言われないように働くかがいつしか自分の中で最大の目的になっていた。私の世界は完全にその人を中心に回っていた。
 
毎朝起きると気が重い。会社に行くのがしんどいけれど辞める勇気もない。日々をただただやり過ごす。出口のないトンネルにいるってこういうことか。金曜日の夜は会社を出る足どりが軽いのだが、日曜日の夜どころか土曜日も半日を過ぎると、また月曜日がやってきてしまう……という恐怖に襲われた。
 
就活の時は、自分のやりたいことができる職場がいちばんだと思っていた。でも、いざ会社に入ってみると、自分のやりたいことも見失うほどに、一緒に働く人の影響というのはとてつもなく大きいのだと思い知った。
 
会社なんてほんの小さなコミュニティなのだが、当時の私にとってはすべてだった。そして、生活のためには会社を辞める選択肢なんてとれるはずもないと思っていた。そんな思い込みがますます自分自身を苦しめることになり、実に7年間もの間、私はヒソヒソ話に悩み続けた。
 
そして、その人と関わる恐怖感とトラウマ的な感情はついに克服されることのないまま、私は別のチームへと異動し、長年続いた悩みからは解放された。けれども、人の言動に精神面が大きく左右されるという自分でも自覚しきれていなかった部分は相変わらず自分の中に持ち続けたままだった。

 

 

 

入社10年目に、私は仕事でとても大きなミスをした。
全国規模でお客さんにお詫びをしなければいけないような大きなミスで、相当落ち込んだ。
 
当時、直属の上司にあたる人はとても優しくて、よく普段から「ミスは交通事故のようなもの。誰にでも起こり得る。しょうがないことだよ」と言っては周囲を明るく励ましてくれていた人だった。なので、このときも「起こってしまったものはしょうがない」と言って励ましてくれた。
 
けれども、そのあとに聞こえてきたのは、「どうしてあんな簡単なまちがいに気づかなかったのかな」というその上司の声。席が近い人にこぼしているのが聞こえてしまったのだった。私はとてもショックだった。それは、私に対しては励ましの言葉をかけながら、一方では避難するようなことを言っていたということ。そんなつもりはなかったかもしれないのだけれど、そのときの私には責められているとしか感じられず、励ましてもらえてありがたいなと思っていた分、ショックも大きかった。
 
そんな気持ちで机に向かっていると、本部長に声をかけられた。
「なんか浮かん顔しとるな。なんかあったんか」
「なんかあったんかって……。例のミスの件です……。本当にすみませんでした」
 
すると、
 
「なんや。あんなことか。あんなもんちょっと字が違っただけやないか! 大袈裟に。お前あんなミスのことひきずっとんのか!」
と笑い飛ばされた。
 
こんな風に笑ってもらえると救われるな……。とてもありがたいと思った。
 
このとき、私の中で何かが変わるのを感じた。
 
その日の夜、私が例の自己啓発関連をメモしているノートに書いたことは、
・必要以上に自分が悪いと思わない。
・一生懸命やっていた結果だから、自分も関わった人たちも、誰のことも責めない。
・誰にでも起こり得ることが今回自分に起こっただけ。
・気にしても何が変わるわけでもないから気にしない。クヨクヨしない。次に生かす気持ちがあれば大丈夫!
・このミスによって自分の価値は何も変わらない。
・「君がつまずいてしまったことに興味はない。そこから立ち上がることに関心があるのだ」(エイブラハム・リンカーン)
 
ミスによって、周囲の自分に対する見方や評価が変わると思っていたから、ミスしてしまった自分を責めていた。烙印を押されてしまうのでは……と不安に押しつぶされそうになっていた。でも、自分自身が、自分がいつも頑張っていることを知っているから、その時々で一生懸命だったとわかっているから、「何が起きても許す」と私が決める。そんな風に思ったのを覚えている。
 
「ミスをしたくない」という気持ちは入社してからずっと持ち続けていたけれど、その裏側には「ミスによって自分の存在価値が下がってしまう」という恐怖があったことをこのとき初めて知った。けれども、二人の上司の反応のように、ミスの受け止め方は人それぞれで、他人のものごとの受け止め方というのは、自分で決められることではないのだとあらためて感じた。ミスが「防げるはずの事故だった」という考え方も、「大したことじゃない」という考え方もその人の考えであって、どちらが正しい、まちがっているということはない。ただ、その人はそう思ったというだけのこと。そこに「こう思われたい」という自分の希望や欲求が入ってきてしまうと、相手がそれに反する言動や行動をとったときに精神的に辛くなるのかもしれないと思った。そんな風に思ったとき、7年間悩んでいたことも同じだったのだと気づいた。
 
「あの人はそう思った」
ただ単純にそれだけのことだったんだ。
 
当時、私はやっぱり一生懸命に働いていたと思う。それでもあの人の期待に応えられなかった部分があって、それに対してあの人はそう思ったというだけのことなんだ。どう思おうとそれはその人の自由だし、その思いを誰かに共有するのだって自由なんだ。
 
そう思うと、胸の中をすーっと何かが通り抜けていくような感覚を覚えた。
 
人の考え方は自由。どんな考え方であっても、一つの見方に過ぎず、その見方が世界を支配しているわけではないから恐れることはない。そして、できるだけのことをやっていた私を、私が認める。何が起きても、自分なりの頑張りをしていたならばそれでいいと決める。
 
こんな考え方が私の心を少し強くしてくれた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
伊藤あさき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ。父の転勤で中学時代をオーストラリアで過ごす。慶應義塾大学法学部卒。
天狼院書店主催の【ライティング・ゼミ】を通して書くことに興味を持ち始め、ライティング力を磨きつつ発信したいことを模索中。

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2021-05-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.128

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