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週刊READING LIFE vol.132

「感謝を素直に受け取れなかった苦い思い出」《週刊READING LIFE vol.132「旅の恥はかき捨て」》

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2021/06/29/公開
記事:サファイア(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「これ、どうしたらいいんだろう……」
 
小さく折りたたまれた一万円札を手に、思わずつぶやいた。
まさか、こんなところに、こんな形でお札が入っているなんて思ってもみなかった。
黒いエナメルレザーのがま口を手に、当時18歳の私は悩んでいた。
 
使ってしまえばいい。ちょうど欲しかったものもあるし。
 
18歳の私には、一万円というお金は大金だった。それこそ、喉から手が伸びそうになるくらいに。
 
でもそのお金を私は使わずに、返してしまったのだ。
 
これは、受け取り下手だった私の旅にまつわる懺悔の話である。

 

 

 

「どうしよう。飛行機、間に合うんだろうか?」
電光掲示板の表示と時計とを見比べながら、私はハラハラしていた。
 
高校卒業を翌月に控えた2月の頭。18歳の私は、イタリアのミラノに居た。祖母が遺してくれた貯金を元手に、10日間の海外一人旅最終日のことである。中学高校と英語がそれなりに理解でき、高校生なりに得意と言える状況だった私は、秋の時点で進学先を決めてから、自由登校になる2月を狙い、海外一人旅を決行したのだ。
 
行き先は、ヨーロッパ。成田発フランス、シャルルドゴール空港を軸にした、ロンドン、パリ、ミラノを滞在する10日間の一人旅。H.I.S.で飛行機のチケットと、英語の通じにくいミラノの宿だけを予約しただけ。ロンドン、パリでは現地で宿を決めるという、今思っても18歳の小娘が初めての海外一人旅で選ぶやり方とは思えないほどの無謀なプランだった。今から約20年ほど前の話である。インターネットすら個人では普及していなかった頃のことだった。
 
無謀すぎる一人旅にも拘らず、大きなトラブルも無いまま、順調に旅を続けてきた。ロンドンでは大英博物館でエジプト遺跡品に興奮し、パリではルーブル美術館で教科書の写真で見た「モナ・リザ」などを実勢に見て感動し、ミラノではシンプルなトマトパスタとパニーニの美味しさに身もだえし、とごくごく普通の日本人観光客がヨーロッパで体験することを一通りなぞって過ごした。
 
「ヨーロッパって、いいな。思ったより英語も通じるし、また来たいなぁ!」
 
そんなのんきな事を思い浮かべられるくらい、実に楽しい一人旅だった。
最終日までは。

 

 

 

イタリアへ旅をするなら、まずは目的地を決めないとならない。なぜなら、国際線が乗り入れする空港が限られており、日本からの直行便はその内2つの空港しか発着していないからだ。一つは、ローマのフィウミチーノ空港、別名レオナルド・ダ・ヴィンチ空港ともいう。そしてもう一つはミラノのマルペンサ空港。
 
イタリアは、地図で見ると長靴のような形をしている。ローマは長靴をはいた時の真ん中あたり、脚で言うと弁慶の泣き所にある。ミラノは、長靴を履いた足の膝上あたりにある。
 
イタリア人からすると、海外から来たならローマに行かないなんて損している! と言いたくなるくらい、たった2日の滞在中、幾度となく首都であるローマの良さをアピールされた記憶が有る。日本人からすれば、
 
「何で日本に来てるのに、東京(または京都)に行かないの???」
 
と言う感覚だ。
 
世界史宗教学どちらも大好物な私にとっても、ローマ帝国時代の遺跡を見ることはとても魅力的だったが、実はその時は断念したのだ。一つは、予算的なこと。そして、もう一つは「ミラノに行きたい!」という個人的な思いだった。
 
高校卒業後、服飾の専門学校へ進学する予定だった。だから、世界のファッショントレンドを生み出す4大コレクションが開催されるミラノという街の空気を、どーしても味わってみたかったのだ。それで、ロンドン、パリ、ミラノという目的地選びだったのである。当時の選択肢としても、日本からの直行便があるのがローマとミラノの2都市だったこと、H.I.S. で勧められた格安チケットが全行程エールフランス便利用だったことから、もし空港で何かあっても、日本人のスタッフがいるし安全という理由で勧められるがまま、航空チケットの手配をしたのだ。
 
「そうそう、ミラノは霧が発生しやすいんですよ」
 
チケットを受け取る時にサラッと言われた言葉。
 
「なので、遅延もありうるので、空港へは余裕を持って到着しておいてくださいね」
 
これがまさか現実になるとは。
 
そう、順調だった一人旅の最後に、私は濃霧によるフライト見合わせと言うトラブルに見舞われてしまったのだ。

 

 

 

現在、ミラノのマルペンサ空港からパリ、シャルル・ド・ゴール空港への直行便が有るのは以下の航空会社だ。本国イタリアのアリタリア航空、スペインのイベリア航空とブエリンク航空、フランスのエールフランス、アイルランドのライアンエアー、そしてイギリスのイージージェット。この6社の内、私が旅をした2000年前後には、まだ存在しない航空会社もある。私がミラノを立つ日、シャルル・ド・ゴール行きは確か、アリタリアとイベリア、そしてエールフランスの3社だったように記憶している。
 
だから、当然、空港に着いた時点で「濃霧による離発着見合わせ」という英語のアナウンスを聞いた途端、アドバイス通り、早めに空港へ着いていてよかったなぁと呑気なことを少し思っていた。と言うのも、私の出身地広島も、空港が山の中にあるため、飛行機の遅延というものが起きることは予備知識としてあったからだ。その上、私個人の初海外旅行の時も、一冬に1度か2度しか降らない大雪と重なり、無事、帰国はしたものの、雪で広島市内へのリムジンバスが止まるというアクシデントを経験していたので、ちょっと甘く見ていたのだ。何とか飛ぶだろうと。
 
「あ、飛行機、動き出した!」
 
エールフランスのカウンターでスーツケースを預け、イタリア語とフランス語、そして英語が繰り返し表示される電光案内版を見上げながら、窓の外の状況に気付いた私は安心した。空港について約1時間。何の動きもみられなかった滑走路に飛行機が運ばれてきたからだ。
それから間もなく、ずっと「調整中」の表示だったフライトスケジュールが表示を変え始めたのだ。ただし、アリタリアのみ。イベリアとエールフランスは沈黙しているままだった。エールフランスを利用することに決めたのは、価格と利便性の他にもう一つ理由が有る。それは、安全面である。事故率が少ない。そう聞いたら、どうするかは皆さんも何のためらいも無く安全性の高い方を選ぶだろう。
 
しかし、この場合はそれが裏目に出た。
 
結局、安全優先で大事を取ったエールフランスのフライト再開表示が出たのは、出発時刻から2時間過ぎてからだったのだ。
 
「どうしよう。めっちゃギリギリじゃん」
 
出発予定時刻を過ぎた時点で、私の心には暗雲が立ち込めてきた。
当然、同じ航空会社内での乗り継ぎなので、余裕をもったスケジュールで手配をしてもらったのだ。しかし、日本国内でも羽田や成田、関空で乗り継ぎをしようとするなら、最低でも1時間は無いと無理だ。東京駅で山手線から中央線に乗り換えるのとわけが違う。
 
シャルルドゴールに着いたとして、果たして日本へ帰る飛行機に間に合うのか?
 
不安を抱えていても、自分が操縦するわけでも無いし、時間を止めたり、巻き戻すことは出来ない。運を天に任せて、ミラノを飛び立った私をパリで待ち受けたのは、無情にも搭乗案内終了というプラカードだった。
 
「目の前に停まっているのに、ダメなの? しかも、同じ会社の乗継便を利用しているのに?」
 
エールフランスの搭乗口で、たどたどしいながらも英語で講義する私に、フランス人スタッフは冷たく
 
「Non!」
 
そう答えた。
 
マジか!? え? 飛行機代、パァになんの?
 
頭が真っ白になりかけた。未成年でクレジットカードも持っていない小娘に正規の金額でチケット取り直しなんて、無理だった。
 
最後の最後に、帰国難民になるなんて。
 
愕然とした私を見かねた日本人スタッフが申し訳なさそうに、一枚の紙を手渡しながら行為しえてくれた。
 
「こちらのカウンターでお手続きをしてください」
 
どうしよう、幾らだろう。そんな風におびえながらたどり着いたエールフランスのカウンターで、天候不良による遅延なので、次の便へとスライドが可能と聞いた時は心底、安心した。
 
「よかったぁ。無事日本に帰れる!」
 
おまけに、次の便を待つ間、空港内で使えるミールクーポンとエールフランスのラウンジカードを出してくれた。九死に一生を得る、地獄に仏とはこういう事なんだ。ホッとした私のに、ある日本人女性の姿が飛び込んできた。
 
「あのー、大丈夫ですか?」
 
恐る恐る私はその女性に日本語で声を掛けた。
同じ日本人だったからでは無い。彼女が随分と具合の悪そうな表情をしていたからだ。
 
「多分、風邪だと思うのだけれども、ついうっかり、風邪薬が切れてしまって」
 
苦しそうにそう答える彼女の手には、恐らくイタリアで買ったとみられる風邪薬らしきパッケージがあった。
 
「ミラノからですか?」
 
「そうなの。成田へ帰るのよ」
 
とぎれとぎれだが、上品な口調で答えてくれる。
呼吸が荒い。荷物多いのに、大丈夫かな
 
「私も、遅延で乗りそびれたんです。もしよかったら、成田までご一緒しましょう」
 
「まぁ、助かるわ。具合も悪いし、12時間も待たなきゃならないし」
 
苦しそうにしながらも、彼女は安心したように微笑んでくれた。
ひとまず、風邪薬だ。
そう感じた私は、彼女が持っていた薬の空き箱を手に、空港内の薬局へと向かい、同じ薬効成分が入っている風邪薬とミネラルウォーターを買ってラウンジへと戻った。
 
今思えば、よくそんな事をしたなと思う。
幾ら上品な風を装っていたとして、その人が本当に具合悪いかどうかなんて、簡単に信じるものでは無いだろう。ましてや海外だ。手荷物を全部持って行かれたとしても、自己責任である。
 
でも、あの時は、迷路のような空港の廊下を走りながら、
 
「この人を助けなければ!」
 
ただただ、それしか考えられなかったのだ。
 
無事、薬を手にして戻ってきた私を見て、彼女はびっくりしていた。表示成分を確認して、水と共に薬を飲み、少し仮眠を取ったあと、成田便の搭乗手続きが始まるまでの間、彼女と私はいろんなお話をした。お名前は、貴美子さん。ファッション関連のお仕事でミラノへ来ていたこと。都内在住であること。18歳の私からすると、人生の大先輩とも言える存在だったが、まるで、高校の同級生と仲良くなるような感覚で、お互いの事を語り合った。縁は奇なモノ。旅先の出会いってドラマのようなことが有るんだなと思った。
 
成田への飛行機内でも、隣同士の席にしてもらい、すっかりご機嫌モードに戻った私を日本で待ち受けていたのは、真夜中の成田空港だった。
リムジンすら終了した深夜。都内へ戻るにも、タクシー以外の手段が無い。どうしよう。
 
再び、ピンチになりかけた私を救ってくれたのは、貴美子さんだった。
 
おもむろに電話を一本した後、貴美子さんの運転で都内へと移動した。薬が効いたらしく、長時間のフライト後にも拘らず車を走らせた貴美子さんが私を連れて行った先は、世田谷区のとある一軒家だった。
 
「いらっしゃい」
 
出迎えてくれたのは、寝巻の上に分厚いガウンを羽織った一人のご婦人。
 
「今夜この子を泊めてあげて欲しいの」
 
電話口でそう、貴美子さんが伝えてくださっていたのだろう。日付を越えた深夜だったにもかかわらず、居間のソファがベッドのように準備してあった。
 
「明日の朝、迎えに来るからゆっくりしてね」
 
そう言い残して、貴美子さんはご自宅へと帰って行った。ここまで来て、申し訳ないから泊まれませんとは言えない。貴美子さんとご友人のご厚意に甘え、その夜は緊張が解けたのか爆睡をした。
 
翌朝、白米に味噌汁、糠漬け、佃煮、納豆という、久しぶりの正統派和朝食までごちそうになり、深々とお辞儀をして再度御礼を伝えた時、
 
「貴美子を助けてくれたお礼よ」
 
と、ご友人から手のひら大の紙袋をいただいた。もらってばかりで申し訳ないなと思いながら、荷物へと仕舞い、迎えに来た貴美子さんと一緒に、その家を出た。
出てびっくりした。その一軒家の周りが、豪邸ばかりだったのだ。
 
随分と場違いなところで御厄介になってしまった。
 
すっかり恐縮した状態で、東京から広島へと帰った私に、追い打ちをかけたのが、冒頭に出てきたがま口である。
 
がま口には、お札と共に、貴美子さんを助けたことについての感謝が記されたお手紙が添えてあった。
 
悩んだ。
 
でも、さすがに一宿一飯の御恩を受けて、これ以上受け取れない。
 
2日悩んで、結局、私はそのお札を世田谷のご婦人あてに書留でご返送したのだ。
 
「お気持ちはとても嬉しいのですが、当たり前のことをしただけな上に、こちらが逆に真夜中にもかかわらず見知らぬ相手を泊めてくださるという御恩をいただいたので、これ以上は過分です。お気持ちだけ受け取らせていただきます」
 
今思えば、随分と失礼な小娘だった。
当然その後、貴美子さんからもご連絡が有った。
 
「一言、教えてくれたら良かったのに」
 
そう電話口で言われた時には、気が付かなかった。
 
まだまだ世間を知らなかったのだ。
 
今なら分かる。
良かれと思ってやったことが、裏目に出たと。
 
あの時、もっと受け取り上手だったら、貴美子さんに恥をかかせることも無かっただろう。貴美子さんへ相談していれば、貴美子さんのご友人からのご厚意を無下にすることも無かっただろう。
 
お金と言うモノは、最も分かり易く感謝を示すことが出来る手段だ。だから私たちは、お金を払って、自分が相手に感謝を伝えるために、物を買ったり、サービスを受けたりする。
 
感謝や応援する気持ちを見える化したものが、お金だ。
 
だから、あの一万円札は貴美子さんのご友人が心を込めた感謝の品だったのだ。
 
それをお金と言うモノを良く知らなかった私は、込められた気持ちを汲み取ることが出来なかった。
お金に限らず、他人からの厚意を受け取れる素直さが足りてなかったのだ。
その後、貴美子さんとは疎遠になってしまい、今どうされているかは分からない。
 
この恥ずかしい思い出は、私とお金との関係を表す大事な経験だと今の私は言える。
 
もし、あの時、感謝を素直に受け取れていれば。ミラノと日本を行き来するファッション関連の仕事をしていたかもしれない。貴美子さんとも長いお付き合いが出来ていたかもしれない。
 
少し悔やむ思い出ではあるが、こうして若気の至りで起こしてしまったことから、人生において大事なことに気がつけた今の自分は、あの頃より少しは受け取り上手になっていると思いたい。
 
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
サファイア(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

広島県出身。移動することが日常な生活を2015年から過ごしている。セラピストとして活動する傍ら、天狼院ライターズ倶楽部所属。子どものころから読書が日常。専門は、アロマセラピーとメンタルカウンセリング。にじの青、という名義で「学校では教わらない性教育」をテーマにも執筆中。自分が興味関心が有る事の良さを伝えられるライターになり、心と身体の事に関する本を書き上げる事が目標。

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2021-06-28 | Posted in 週刊READING LIFE vol.132

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