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週刊READING LIFE vol.133

みんなみんな土に埋めてやるよ《週刊READING LIFE vol.133「泣きたい夜にすべきこと」》


2021/07/05/公開
記事:青野まみこ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
改めて考えると、最近まともに泣いた記憶がない。
最後に泣いた時のことをハッキリ覚えているくらい、長い期間泣いていない。
 
よく「齢を重ねると涙もろくなる」と言うけど、自分は逆に齢を重ねるごとに涙が乾いていくような気がしている。
嫌なこと、怒るようなことがあっても、泣くことが本当にないのだ。
別に感情がないわけでもない。それなのに泣かなくなった。
何故なのだろう。

 

 

 

最後に泣いたのは確か6年前だ。
当時契約社員として勤めていた職場から、一方的に「契約を打ち切る」と言われた時のことだ。
 
社長と専務に別室に呼ばれ、あなたとのこれ以上の契約は致しませんと告げられ、理由を尋ねたが回答してもらえなかった。業績も上げられないくせに本社の顔色ばかり伺うコストカッターの専務と、これまた自分が社員から好かれているとでも思っている脳天気な社長との残念コンビは、陰で社員たちの格好の悪口のエサになっていた。そんな無能から契約終了を告げられるなんて全く納得がいかない。しかも理由も言わないなんて。
 
その時は、ただ怒っていたのと、ショックとで何も考えられなかったけど、その次の日に所属している現場の責任者から改めて話があった。
 
「昨日社長から話があったことは、僕としても全く納得がいっていないんです。だから上に理由を聞いたんですが教えてくれない。何故なのか全くわからないんです」
 
私よりも二回りほど若い責任者は憤慨した様子で話していた。
 
「……ぶっちゃけ、この会社を見ていて将来性はないと思っていましたし、もしかしたら今回のことはちょうどいい区切りなのかもしれません。もう決まったことですし、私としては次に向かっていきたいと思います」
「どうして青野さんが辞めさせられないといけないのか、この職場のみんなが怒っています。僕はあなたは本当によく貢献してくれていると思っているし、他のみんなだって全く同じ意見です。あなたが役に立たないなんて思っている人は1人もいない。僕の力不足で本当に申し訳ないです」
 
そう言って彼は頭を下げた。
反射的に涙が出てきた。自分が認められなかった悔しさと、自分を認めてくれている職場の仲間への感謝の気持ちとがない混ぜになって、一気に涙腺が決壊した。
 
「……」
 
そのまま私は誰にも言わずビルを抜け出した。自席で、客前で号泣するなんてあり得なかった。どこかでクールダウンしなければ。
 
夢中で階段を駆け降りて通用口から表に出た。9月の曇り空は蒸し暑さだけを連れてきて、街行く人たちは誰もが幸せそうにゆっくりと歩いていた。誰も涙で顔がボロボロになっている私のことなんて見ていない。
 
ふと、手ぶらで出てきてしまったことに気がついた。勢いで飛び出したからスマートフォンを持つ余裕なんてない。腕時計も自席に外して置いてきてしまったから時間がわからない。手ぶらで繁華街を歩く泣き顔の中年女は、世の人々にはどう映るのだろう。でも誰も見ていない、気にしていないならかえってそれは好都合だ。しゃくりあげるのが収まったら戻ろう。そう思いながらぼんやりと遊歩道を歩いていた。
 
結果的にその会社はその時点で辞めて正解ではあった。
去年ふと「そういえばあの会社ってどうなってるんだろう」と検索してみると、なんと「閉業のお知らせ」がホームページに書いてある。いつも赤字だけど本社があるからどうにかお情けで保っていたような事業は、このコロナ禍でいっぺんに吹き飛んでいた。
 
そりゃそうだよな、いつもピントがずれているキャンペーンしかしてなかったし、毎月契約社員が1人ずつ辞めていくんだもん。「今月はあの人か、先月も1人辞めたよね」っていうのが毎月の人事の恒例だった。
毎月人を辞めさせるんなら何故採用するのかも本当に謎だった。そのくせ管理職によるパワハラは日常茶飯事だったし、今考えると潰れる要素しかなかった。社会的に必要のない企業は淘汰されるしかない。一緒に働いていた同僚さんたちは皆いい人だったから、彼らがどうなったかを考えると少し気の毒だったけど、それでも泥舟に最後まで乗る必要もないのだから、新しい職場で生きていると信じている。

 

 

 

私はそこからいくつかの職を経験して、今の仕事に就いている。しかし今に行き着くまでも順風満帆ではなかった。
経験したうちのいくつかの仕事は、いい辞め方とは言えなかった。共通しているのは雇用主が私よりも年嵩の女性で、事業を構えているという点だった。
 
何と説明すればいいのだろうか。
あくまでも従業員からの目線でしかないのだけど、私よりも年配の事業主の女性たちは、それまでのご自身の事業を守り通すことと引き換えに改革精神を失ってしまった人も多いような気がする。続けてそんな事業主さんに2回も当たってしまったことも不運だったような気もする。
 
彼女たちが持つある種の保守意識のような、頑ななお考えは、正直自分とは合わないなと本能的に感じるものがあった。最も経営者からすれば言い分もおありかもしれないが。
 
不運な辞め方の1回目は税理士事務所に勤めた時だった。
勤務して2ヶ月くらい経った時、その事務所内の備品の配置が効率が悪かったので、直したり改良したりしたところ、それが雇用主さんの逆鱗に触れたのだった。
 
「……あなたたち、私に何か隠していることはないですか?」
 
月曜日の朝一番に呼ばれて、何を言っているのかさっぱりわからなかった。
 
「あのPCの動線を変えたのは誰?」
「ああ、それなら私です。線が浮いていたので直したんですが」
「だからって、カーペットの一部を切って下に通してもいいなんて誰が許可しましたか」
 
え?
だって、他の配線もそうやってカーペットの下を通っているから、当然そうしてもいいと思ったんですが。そう言いたかったけどやめた。たぶんこの人は聞く耳を持たない。そして私も言い訳をしたくなかった。
 
勤めて2ヶ月間、仕事を教えてくれず、毎日何が気に入らないのかずっと小言を言われていて、いい加減職場に着くと胃が痛くなるくらいまでになっていた。ここで言い返したらぐちぐちと説教が長引くだけだからとりあえず謝罪した。しかしことはそれだけでは済まず、とうとう私はぐちぐちと小言を言われながら試用期間中に辞めることになった。
 
不運な2回目の辞め方だけど、実はこの仕事の話が最初に来た時は私が鬼門にしている「年配の女性事業主」とは知らなかった。てっきり雇用主は男性とばかり思っていたのだった。もし初めに女性だとわかっていたら断っていたかもしれない話だった。それでもトライアルをして採用されてしまったので、とりあえず働いてみようと思ったのだった。
 
しかしこれも、私が納税も絡めて働き方の相談をしたところ「当初とは話が違う」と言われてしまった。ただの相談をしただけなのに、まるで犯罪者でもあるかのような言われ方をされてしまった。
 
(やっぱり、年上の女事業主とは合わないな……)
 
「うちのことを第一に考えてくれない人とは話をしません」と彼女が言うのを聞いて、時給いくらのバイトさんにそこまで忠誠心を求めるのもどうなの? と思ったけど、これまた聞く耳を持っていただけそうにない。
 
ああ、あの時の税理士さんとおんなじだわ。こんなに嫌な気持ちにさせられるのなら、この人とは今後一緒に働きたくないと反射的に思った。そしてその日のうちに私の方から「辞めます」と告げたのだった。

 

 

 

後味の悪い辞め方をするときは、決まって嫌な言葉の応酬になる。そしてその言葉はいつまでも胸に突き刺さってくる。
 
ここにあげた3回の辞め方のうち、6年前は大泣きした。時々その悔しさを思い返してはまた涙したりもしている。だがその後の2回は、職場で認めてくれる人もおらず、一方的に相当ひどいことを言われた。もちろん悔しいし頭にくるけど、それにも関わらず涙の1粒も出ていない。
 
この違いは、何なのだろうか。
 
辞める辞めないの応酬だけじゃなく、世の中には嫌な言葉が溢れすぎている。時々、道を歩いていて全く一面識もない通りすがりの人から失礼な言葉を浴びせられることもある。
 
電車のドアの前にデーン! と立ちはだかって乗り降りの邪魔になり、いつまでもどかないので少し押し気味にして降りた私の背中に「ババア死ね!」と罵声を浴びせたバカップル。自転車に乗りながら通りすがりに「ブスだなあ」と人の顔を覗き込んで去っていった酔いどれジジイ2人組。みんな1人じゃ何もできないくせに、誰かと一緒になって初めて赤の他人相手に鬱憤を晴らす卑怯者。言われた瞬間は「は?」と思うけど、だんだんそのことに怒りが沸騰してくる。好き放題言ってるお前らなんていつか天誅が下るよ? と思う一方、そんな馬鹿に関わりたくない、忘れたいという気持ちの方が強くなっている。些細なムカつくことで涙なんか流したりしたらこっちの負けだと思うのだ。
 
「ものすごく悔しい、怒りを爆発させたいけど泣かなくなった」理由として、たぶんだけど、最後にまとめて泣いた6年前から徐々に私は意識的に嫌な言葉に対しては自分の中で「消す」ようにしてきたのかもしれない。
あまりにも嫌なシチュエーションにあたると、それを見なかったことにする、なかったことのようにする。本能的に、そうすることで身を守っているのだろう。
 
嫌なことからは誰だって遠ざかりたい。しかしそうしたくても嫌なことの方から近寄ってくるのが人生だ。生き生きしたワーキングライフ、ハッピーエンドのつもりが、どこの地点からかは知らないけどバッドエンドに向かっていることなんて山ほどある。でも、いちいちそれに引きずられてメソメソ泣いているのも逆に悔しくないか? 泣く暇があったら少しでも心が落ち着くことをしたい。早く心の平安を取り戻したいのだ。
 
だから、棘の刺さるような言葉を聞いた時点から、自分の感覚を麻痺させるように、鈍くするようにしている。感覚が鈍くなれば、嫌な言葉を聞いたって痛くも痒くもなくなるから。「言った方が損をする」くらいにこちらが動じなければいいだけの話なのだ。
 
よく「泣かない、泣けないということは感受性が鈍くなったのかもしれないね」と言われるけど、これだけ世にナイフのように人を傷つける言葉が溢れているのならば、敢えて泣かないようにしないと自分を保てなくなる。ネガティブなことに対して感受性をわざと鈍らせることでメンタルを保つのだ。その分、自分が興味のあること、ポジティブなことに感受性を移動させればいいじゃない? その方がずっと時間を有効に使える。
 
年齢を重ねると、1つ1つの出来事が重たくなってくる。それがネガティブなことであれば尚更だ。でもそのことにいちいち絡め取られるわけにはいかない。そんなことに突っかかって相手をしている時間も惜しい。
 
私は、自分を引きずり下ろそうとする全ての物に負けたくない。だから私は感受性を鈍らせる。嫌なことはすぐ、土に埋める。もう2度と地上に復活して来られないように上から大量に土をかけて、固く固く地面を踏みしめる。この世はあまりにも感受性が鋭すぎると生きていけない。もう2度と嫌な言葉は思い出させてくれるなよという念仏を唱えながら、時折1日の終わりに私は感受性の葬式をするのだ。葬式をするたびに、次の日にはどこからか新しいものに向かえるようなパワーが出てくる快感もセットでやってくるのが、実は楽しみで仕方がないのかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)(READING LIFE 編集部公認ライター)

「誰ともかぶらない文章が書きたくて」2019年8月天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月同ライターズ倶楽部参加。同年9月READING LIFE編集部公認ライター。

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2021-07-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.133

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