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週刊READING LIFE vol.134

逃走への自由《週刊READING LIFE vol.134「2021年上半期ベスト本」》


2021/07/12/公開
記事:大多喜 ぺこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
ドイツの心理社会学者エーリッヒ・フロムが名著「自由からの逃走」の中で、こんな内容を述べている。
「権威的なものに無意識に縛られていると自由が欲しくなる。そして、その呪縛から逃れた時。各個人はいきなり自由であるがゆえの孤独と無力感の中に放り出されることになる。そして、また、なんらか別の権威的なものに縛られるために自由から逃走する」
 
若い頃それを読んで、自由でありたいと思っていたけど、完全な自由はむしろ孤独で、よるべきすべがなく、ある程度の枠やルールの中での自由が実は心地よいのかもしれない。などと考えた。
 
枠があることは、確かに楽だ。
守ってさえいれば、その集合の中で居心地悪くなることはない。
 
大きくは、国の法律、小さくは家庭内門限のような小さなルール。
 
世界が狭い時には、帰宅時間は、絶対だった。遅れて帰ると、怒った母から、締め出しをくらう。
「遅れた分だけ外にいなさい」
今思うとその罰は、さらに帰宅時間が遅れるだけなので、誰にとってもいいことはなかったはずだった。
外で遊びたい私には、その罰は決して罰として機能していなかったので、大きくなるとちゃっかり、玄関を開けて「30分遅れたのであと30分外にいま〜す」となった。で、その馬鹿馬鹿しい罰はいつの間にかなくなった。
 
しかし、罰はともかく、不機嫌な母を見たくないために、通り道の店の中を覗き込んでは時計を確認して、全力で帰宅したものだった。
 
「バスが行っちゃったばっかりで、仕方なしに次のバス停まで歩こうとしたら、少し歩いたところで、次のバスが来て、結局それにも乗れなくて……」
などと、意味不明な言い訳を考えながら走ったっけ。
 
じゃ、門限も母も家族もいない方が自由か。
 
それは、自由だ。
 
でも、幸せか。
 
当時の答えは100%NOだった。今は、100%とは言い切れないが、やはりNOだ。
人は自ら喜んで不自由の中にいる。
檻がなくなるということは、守ってくれるものがなくなるということでもある。
 
それが、たとえ勘違いの脆弱な檻であったとしても、心理的には強固な檻なのだ。
 
ヨシタケシンスケの「にげて さがして」という絵本の帯には「にげるために、さがすために、きみのあしは、ついている」と書かれている。
 
「いま、きみがうごきまわれるのは すごくせまいはんいかもしれない。
でも、もうすこししたら、きみは どこにだっていけるんだ。 うちゅうにだって いけるかもしれない」
 
プロモーションの文にはこう書かれている。
 
「私たちが生きる世界にはいろいろな人がいて、それぞれが違う感情や言葉をもっています。それらは自分だけのものなのに、大きな流れや『みんな』に飲み込まれて、自分を大切にできなくなってしまう。
『逃げちゃダメ』と言われることが多い世の中ですが、どうするかは自分で決めていいし、自分で決めること。
 
逃げずに戦うことの大事さを説くお話」がある一方で、『逃げることで新しい可能性に出会うお話』があってもよいのではないか。著者のそんな思いが込められた絵本です」
 
とはいっても、渦中にいる人にとっては、逃げることはとてつもなく難しい行動だ。
子供の頃、家出をするなんてとんでも無いことだった。
学校に行かないなんて考えられないことだった。
職場だって同じ、結婚生活だって同じ。
 
視点を変えたら、あるいは、視座を変えたら、なあんだそんな簡単なことかと思えるのだが、そこに留まっていることで得られるメリットを断ち切ることが難しい。
 
ハラスメント研修の中で受講者からこんな声を聞いたことがある。
 
「今の自分の上司は、これまでに何人もの退職者を出し、何人もの人を壊してきた人です。若い頃尊敬していた先輩が、彼の下で体を壊して、復職したのですが、先日、何年かぶりにあったら別人になっていました。あれだけ生き生きしていた人なのに、何を聞いても『ごめん、ぼく、今、なにも判断できないから、僕に聞かないでくれる』って、涙がでました。自分も、今、毎日すごく辛い。でも『10年後には、これを笑い話にしてやる』と思ってがんばっているんです」
 
逃げられない何かがあるのだろう。
家族かもしれない、会社や仕事への愛なのかもしれない、負けてたまるかというプライドかもしれない。
 
それが、天秤にかけてみて頑張れるのだったら、もう少し頑張ってみたらいいとも思う。
でも、本心は、その頑張りは不毛の頑張りに見える。判断を先に伸ばしただけの時間の浪費に見える。
あなたの意思一つで、もっとあなたらしさを発揮できる有意義な職場に動くことができるのに。環境を変えることができるのに。
 
人というのは、頭でそれがわかっていても、自分の心が納得のいくまで動けないという悲しいそして愚かな生き物だ。
 
だから、ヨシタケシンスケの「にげてさがして」は、最後の一推しを待っていた人には、大きな力になるかもしれない。
 
逃げなくてはいけないようなシーンが想像もできないような人には、当たり前のことが書かれているだけにしか見えないかもしれない。
 
逃げられないと錯覚をしていた辛い時期を過ごした経験を持つ人は、「そうだ、そうなんだよ。にげればいいんだよ」とみんなに読んでもらいたいと思うかもしれない。
 
わたしは、これまで、逃げればいいのにと思うクライアントさんに多く出会ってきた。
「暴力を振るう夫」
「何もかもコントロールしようとする母親」
「心理的に追い詰めて動けないようにする妻」
「恫喝でコントロールしようとする上司」
「暴力を振るう息子」etc
加害者はさまざまだ。
 
逃げた人もいる。でも、わかっているのに戻っていく人も多い。
 
その理由もさまざまだが、一つ共通しているように見える感覚がある。
「私がいなければ、相手がだめになってしまう。私でなければ助けてあげられる人はいない」
 
人は、また、そこに自分の存在意義と価値を見出していたりもするのだ。
 
エーリッヒ・フロムは「自由からの逃走」の中で、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の一文を引用している。
 
「人間という哀れな動物は、もって生まれた自由の賜物を、できるだけ早く、譲り渡せる相手をみつけたいという、強い願いだけしかもっていない」
 
父という権威から逃れようと、教師という権威に夫という権威に上司という権威におもねるということがおこったりもする。
 
ヨシタケシンスケはいう。
「にげることは はずかしいことでも わるいことでもない。きみのあしは「やばいものからにげるため」についているんだ。
 
さらに、こうもいう。
そして もうひとつ きみのあしには やくめがある
「きみをまもってくれるひと」
「きみをわかってくれるひと」をさがしてそのひとのところにいくため、だ。
 
だから「にげて さがして」なのだ。
 
ただ逃げるだけではない。居心地のいい場所、居心地のいい人をさがすことも人はできる。
 
自分で自分の人生を選ぶことができるのだ。
 
大切なのは、逃げることも逃げないことも、探すことも、探さないことも人は自分で決められるということだ。
 
ポジティブに考えなきゃ、ともかく動いてみなきゃ、逃げなきゃ、探さなきゃ…という言葉には、積極的な意思がみられない。
 
それはそれで、誰か権威のある人が言ったことに頼ろうとしている、流されようとしている自分がいるだけだ。
 
ポジティブに考える、ともかく動く、逃げる、探す…
主体は、自分。
 
そう変換した方がエネルギーがでる。
 
人は自分で選んでいないことには責任を持たない。
 
エーリッヒ・フロムは「〜からの自由」と「〜への自由」は違うと言っている。
「〜からの自由」は、消極的行動で、ここではないどこかへいくという消極的な選択。
「〜への自由」は、自由とその責任を背負い主体的に自分で進もうとする積極的な選択。

 

 

 

「にげて さがして」ヨシタケシンスケ(赤ちゃんとママ社)
たかだか50ページ足らずの絵本だが、300ページ超えるぎっちり書かれたフロムの「自由からの逃走」と同じくらい考えさせられる本である。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
大多喜 ぺこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。カメラ、ドイツ語、タロット占い、マヤ暦アドバイザーなどの多彩な特技・資格を持つ「よろず屋フォト・ライター」。職人の手仕事による品物やアンティークな事物にまつわる物語、喫茶店とモーニングが大好物。貪欲な好奇心とハプニング体質を武器に、笑顔と癒しを届けることをよろこびに活動している。

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2021-07-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.134

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