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週刊READING LIFE vol.138

「トイレはどこですか?」で始まる私の旅はいつになれば、トイレトラブルから解放されるのだろう《週刊READING LIFE vol.138「このネタだったら誰にも負けない!」》


2021/08/09/公開
記事:月之まゆみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「旅」にでたいが、旅先でのトイレ事情が気になるので、結局、近場でリフレッシュするという人は意外に多いのではないだろうか。
遠出をした初めての場所のトイレ事情が気になるという人が私の周りにも多い。
 
飛行機や新幹線の席では当然、景色のよい窓際にすわりたいが、隣の席に人が座った場合、トイレに行くのがおっくうになる。ましてや長時間のフライトを要する海外なんて考えただけでも気が重い。
 
個人的な旅をライフワークにしているというとよく人から聞かれる質問がある。
「どこの国が一番良かったですか?」
「海外でトラブルに巻き込まれたことはありますか?」
 
よくあるのがね……。トイレのトラブルかな。海外は日本のように施設の各フロアに
トイレが設備されているわけではないから。
 
「なぜ個人旅行なんですか?」
 
時間の制約が多い団体行動が苦手な理由の一つに、団体行動の途中、私は変なタイミングでトイレに行きたくなる癖がある。
この原因については何年も考え続けているが、答えはまだでていない。
 
おそらく私は心因性頻尿だ。団体旅行(=迷惑をかけてはならない)このストレスがトイレに行く回数が多くしてしまう。
薬を飲んで、乗物に乗る前に何度もトイレをすませても、一度、トイレに行きたいかも……? と妄想をいだくとどんどん尿意を感じてしまう。
そのくせトイレに駆け込むと、小鳥のしずく程度の量しかでないので、団体行動を離脱して個人旅行に切り替えたというのが本音だ。
心的プレッシャーが減るとトイレに行きたい欲求もかなり減った。改善の兆しは見えた。
 
しかし……。
個人旅行でも、現地で主催されるツアーに参加しないと個人ではなかなか行けない場所やガイドがいないと入れない施設もあるので、やむなしにワンディ・ツアーに参加することがある。
 
ハワイ島で世界一の星空を観に行った時のことだ。ツアーの終盤、いよいよクライマックスであるマウナケアに近づくにつれ、私の腹痛の兆しは起きかけの赤ん坊のようにお腹のなかでぐずり始めていた。
車をおりて外にでて見上げる星空は見たこともない量の星をたたえて天の川となって天を横断していた。言葉を吞むような神秘的な天体を観ていると宇宙に包まれているような……。感動で体が震えるハズ……。
お腹が痛い。感動がわきあがらない……。
 
星空をよく見えるスポットは当然、周囲に何もない原野だ。
トイレなどどこにもない。
定期的に襲ってくる腹痛サイクルは近くなり、ガイドの説明も耳に入ってこない。
「まゆみ、あの星の名前は?」
「うぅ、わからない……」 切り込むような腹痛にさそり座もカシオペアもぶっとんだ。
なんでもいいからトイレにいきたい。
そう言おうとしたら、ツアーに参加した新婚カップルたちは寄り添い肩を組んだりして、うっとりと星空を見上げている。ダメだ。新婚さんたちのロマンチックな時間を壊してはいけない。例え私のお腹が壊れようとも……。
バスに一人戻って丸くなりひたすら皆が戻ってくるのを待った。
結局、間一髪でトイレに間に合い、事なきを得たが、何年も夢見ていた壮大なマクロの星空の神秘を数分も堪能することもなく、切ない生理現象の暗い記憶のせいで夢はついえた。
 
一方、トルコのイスタンブールではなかなか得難いトイレ経験もできた。
スーク見物にでかけ行く先々の店でふるまわれたミントティーを飲んでいたらトイレに行きたくなった。店員に聞くと観光客用のトイレはないと断られる。迷路のようなスークを歩き回るがそれらしきものはない。背に腹を変えられないので、店に戻って従業員用のトイレでかまわないから使わせてほしいと懇願した。
店員がいやいやながら連れて行ってくれたところはボスポラス海峡の橋の下にぶらさがるように建つ簡素な木造の小屋だった。
2畳ほどの木版の真ん中にはのこぎりできったような楕円の穴がぽっかり空いている。
それを見れば誰でもそこがトイレだとわかる。
私は小屋の中央に行き、上から穴をのぞくとヨーロッパとアジアを隔てるボスポラス海峡の海が黒々とした波をたてながらはるか下にゆったりと流れていた。
こんな絶好の機会はないとむしろ深い感動すら覚えながら用を足した。
その解放感と爽快感といったら、ちょっと他にはない貴重な経験だった。今もイスタンブールの映像を見ると、壮麗な世界遺産のアヤソフィアやブルーモスクを思い出すより真っ先に、あの橋にぶら下がる簡易トイレはまだあるのだろうかと懐かしさを抱かずにはいられない。
 
……とここまでは、あくまで自分で対処できたトイレトラブルだが、なかには他人を巻きこむトラブルも経験した。
 
その日、私は主人とロンドンから文豪シェイクスピアの生家のあるストラトフォード・アポン・エイヴォンへコーチと呼ばれるバスで出かけることになっていた。
効率よく回りたかったので現地の半日ツアーに参加した時のことだ。
その朝、私はホテルの朝食で勧められたレモングラスのハーブティーが気に入って何杯も飲んでいた。レモングラスを飲むのはその時は初めてだ。そして用心は怠らずバスに乗る前は2回もトイレを済ませておいた。
 
ところがバスが出発し高速にのる手前あたりで、急に尿意を感じた。出発してまだ20分も経っていない。バスは目的地までノンストップと聞いていた。およそ2時間近い道のりだった。
私はバスをおりようかどうしようか悩むが、結局、言いそびれてしまった。
ガイドの初老の男性がシェイクスピアの生い立ちや作品について自論を混じえながら解説していた。それを集中して聞くと多少は気がまぎれた。説明に飽きた客たちは離脱して眠り始めている一方、私のトイレへの欲求はどんどん強くなるばかりだった。
最初、主人に頼んでガイドに事情を話しどこかトイレのある場所に緊急停車できないかと相談した。ガイドから運転手へ耳打ちすると、大柄な女性の運転手の返答は、ここはハイウェイだからどこにも止まれないしトイレもないというのだ。
 
残りの乗車時間を聞くと1時間近くあるという。
気が遠くなりそうだ。主人が背中をさすってくれたが触られるだけで膀胱にビリビりと刺激が走る。
まさか!? と思いたち、インターネットで朝飲んだレモングラスの効用を調べると、デトックス効果も高く利尿効果があると説明されている。
それからも根気強くガイドに頼んでみるがバスのボスである運転手は首を縦に振らない。バスを高速道路に止めると交通違反になるというのが一貫した言い分だった。
寝ていた乗客が社内の異変に気付いて起きだす始末だ。
気絶しそうだった。いやいっそ気絶したかった。
時計の1分がとてつもなく長く感じられた。
 
だめだ。とてもモタない。そう判断して私は前に行き、運転手の後ろにかがんで小声で話しかけた。
「マム。もう待てない。もしバスをとめてもらえないのであれば、不本意だが私は席に
戻って貴女のバスを汚すしかない」
するとバスは高速道路の路肩に吸い寄せられるように停車した。
 
海外の高速道路は普通の道路を走ることも多い。降りた場所は色とりどりの野生のポピーが咲く草原だった。
バスの陰に隠れるように、その場にしゃがみこんで、「花を摘んだ」。
 
バスの窓からカメラや動画撮影する不届き者がいても仕方ないと思いながら恐る恐るうかがうと、乗客は皆、不自然なくらい礼儀ただしく前を向いてくれていた。その優しさがありがたい。
旅行者の同胞はトイレトラブルへ実に寛大な同情を示してくれたのだ。
この経験はかなりハードだったので、乗り物に乗る前には飲みなれないものは今後一切、口にしない教訓をえることができた。

 

 

 

いずれにしても無粋な下ネタの話なので、この辺で話を締めてもよいのだが、最後に不届き者の行為で、土地の神の怒りにふれてしまった話も書き記しておきたいと思う。
中東のヨルダンにあるペトラ遺跡は紀元前1200年から人が暮らし、何度も民族を変えて行商の中継点として栄えた遺跡で、そこを友人と訪れた時だった。
インディ・ジューンズの映画の撮影で使われたことでも有名な渓谷は、赤身がかったバラ色の地層のグラデーションが美しい岸壁に囲まれていた。その狭間を歩いていくと、いきなり空間が広がって赤い岩をくり抜いて造られた神殿が出現する。
その幻想的な眺望は、別の惑星に降り立ったような錯覚を誘う。
しかし……。広大な敷地のなかに入口と数か所点在する休憩所以外にトイレなどなかった。できるだけ遺跡を現存させるため、あえてインフラを整えていない様子だった
264㎢もある広大な敷地の一部を歩いてみてまわるだけでも大変だ。
何時間も遺跡を歩いたあと、またしても花が摘みたくなった。
 
たくさんある小さな神殿の陰で、人気がないのを見計らないながら、花を摘んでいると友人が壁越しにからかった。
「そんなことをしたらバチがあたるよ」
「神様はもうずっと前に別の場所に引っ越したから、ここにはおらへん。大丈夫」
そう言い返した。
 
その帰り道、足場の悪い坂道をロバの背中にまたがりくだっていた。坂は緩やかな岩山のつづら折りになっている。私の乗ったロバはさぼり癖があるようでよく止まっては草を食んだ。それを見かねたロバ使いが棒を振り上げてロバを威嚇したところ、ロバが抵抗して前足をあげた瞬間、私はバランスを崩してロバから落ちた。
ロバは馬と違って背が低い。たかだか140cm程度だ。
しかし落ちた場所が悪かった。私は振り落とされて、そのままゆるやかな岩山をゴロゴロと転がりおちた。落ちた際に顔から地面の岩のかどに打ちつけたようで、顔面の半分が日を吹くように痛んだ。
周りで人の悲鳴が聞こえた。
意識ははっきりしているが、顔や身体が痛くて立てない。地面に転がったままだ。
 
とうとうバチがあたってしまった。顔はもうダメかもしれない。父よ。母よ。大変な親不孝をしてしまいました。ごめんなさい。心のなかで両親と神に謝った。
 
「誰かお医者さんがいませんか~!!」 周りが叫んでいる。
 
こんな人気のないところに医者なんかおるわけないよね。
 
心のつっこみに反して、私は医者だという3人の旅行者が集まってきた。
石を投げたら医者にあたる確率で医者が現れて、私を囲み、体や頭、足を触診する。
「大丈夫だよ。骨も折れてないし、脳しんとうも起こしていない。打撲がひどいから念のため病院に行った方がいい」
その言葉にまず安堵する。そして人に抱えられながら救急車にのり搬送された。友人は隣で手を握りながら泣くばかりだった。あぁ、情けない。
 
搬送された先は最新の医療設備が整った病院だった。
手術室のようなライトがついた部屋に入ると、カーブと呼ばれる眼だけ空いた黒い民族衣装のナースが4人ほど近づいてきて私の顔を覗き込んだ。
ムスリムの国では男性は女性に触れることができないので女性の医師とナースが処置にあたった。
日本語のできる通訳が現れてスムーズに精密検査まで受けて異常なしと診断された。気になっていた顔のキズを聞くと、裂傷も外傷もないのでこのまま帰っていいという。
胸をなでおろしたが、どれだけ医療費を請求されるのだろうと内心、肝を冷やした。
しかしヨルダンは王国だ。自国の観光施設で旅行者にケガをさせるとは不名誉なことと、手厚い診察の末に治療費は無償と聞いて胸をなでおろす。
ヨルダン国王万歳!
どうやら神の御許しがおりたところで、神聖な場所でもう二度と粗相はしないと心に固く誓った。

 

 

 

トイレにまつわるトラブルの原因は不測であろうとなかろうと不運であろうと全て自分の問題で、弁解の余地もない。
 
また今も懲りずに数年に一度、旅でのトイレにまつわるトラブル体験はずっと更新中である。話すと枚挙にいとまがないほどだ。
そしてどんなに対策を講じても失敗するたびに激しく落ち込む。
いろいろと対処法も考えてみるが、これと言った万能な対処法もない。この先も生きていく中でもっとひどいシーンに遭遇するかもと考えただけでトラウマものだが、生きている限り万策はないのだと半ばあきらめている。
 
一方、トイレ事情にまつわるトラウマは根深くやっかいだと耳にするが、そんなに大したことなのだろうかとも思う。
子供の残酷さと違い、大人の多くはそういう経験をのりこえているので、もし他人がトイレ・トラブルに見舞われても、誰もとがめないし、見て見ぬふりをしてくれる優しさと同情をもち合わせているのではないだろうか。ぜひ、そうであってほしい。
 
トイレ問題が気になり遠くへ行けない人は、どうかおおらかな気持ちでもっと飛び出してほしい。万が一、最悪の事態を経験してもしょせんは自然の生理現象。笑い飛ばして(笑い飛ばせないときは記憶から消す)みてはいかがだろうか。
 
それ以上に旅には抗えない魅力があるし、素晴らしい発見がまっている。
数えきれないほどの出会いと未知のできごとが待っているから、恥を乗り越えても旅は
やめられない。
 
それでも……。トイレがやっぱり心配というのであれば
今は薄手の大人用の紙おむつやシートも開発された便利な世の中になった。
Go Girlという便利な女子用の排泄ツールもある。旅に行く際に不測の事態の対処を楽しむつもりで、そういう新しい開発商品を試すのも一興かもしれない。
 
えっ、もう知ってるって。
それは大変、失礼いたしました。
 
旅に出る。
 
それは私の場合、「トイレはどこですか?」の一言からいつも始まる。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
月之まゆみ(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

大阪府生まれ。公共事業のプログラマーから人材サービス業界へ転職。外資系派遣会社にて業務委託の新規立ち上げ・構築・マネージメントを十数社担当し、大阪地場の派遣会社にて現在、新規事業の企画戦略に携わる。2021年 ライティング・ゼミに参加。書き、伝える楽しさを学ぶ。
ライフワークの趣味として世界旅行など。1980年代~現在まで、69カ国訪問歴あり。
旅を通じてえた学びや心をゆさぶる感動を伝えたい。

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2021-08-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.138

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