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週刊READING LIFE vol.141

赤い髪飾りの女の子《週刊READING LIFE vol.141「10 MINUTES FICTIONS~10分で読めるショートストーリー~」》


2021/08/30/公開
記事:中川文香(READING LIFE編集部公認ライター)
※このお話はフィクションです。
 
 
疲れた体を引きずってようやく家にたどり着いた金曜日、ポストから一通の白い封筒が出てきた。
それはいつも投げ込まれている宅配ピザや分譲マンションのチラシの下に埋もれて、ひっそりと私の帰りを待っていたようだった。
宛名の、几帳面そうに揃った丸文字には見覚えがある。
裏返して差出人を見てみると、やはり私の予想は当たっていた。
『木下 未歩』
小学生の頃、夏休みの間だけ関東から帰省してきて、一夏をひいおばあちゃんの家で一緒に過ごしていた親戚の子の名前だ。
未歩は私の3歳下で、ひいおばあちゃんの兄弟の子供のそのまた子供の……、という要は少し遠い親戚の子だった。
彼女がこちらに帰省するのも父親の仕事の都合次第で、実際に会ったのは3、4回だったような気がするけれど、なぜか初めて会った時から私にものすごくなついていた。
一人っ子の私は妹が出来たようでうれしくて、ずっと私の後をついてくる未歩がかわいくて仕方なかった。
夏休みが明けてからも、未歩が絵を描いて「お姉ちゃんに送る」とせがんだそうで、未歩の母親から何度か送られてきたことがあった。
たまに私も返事をして、そのうちに未歩が文章を書けるようになったら絵から手紙になり、そんな形でゆるく、私が中学を卒業する頃まで文通が続いたのだった。
高校生になってからは部活に受験勉強に忙しくなり、なんとなくやりとりが途切れてしまっていた。
あれからもう10数年経つけれど、急にどうしたのだろうか?
 
「お姉ちゃん(と書くのはものすごく懐かしいです!)
 
お久しぶりですがお元気ですか?
こうやってお手紙を書いていると、昔お姉ちゃんと文通していた時を思い出します。
私は東京で元気に過ごしています。
お姉ちゃんはバリバリ仕事を頑張っているとのこと、母から聞きました。
体に気を付けてくださいね!
 
実は今年、結婚することになりました。
相手は大学のときの同級生です。
式は挙げないつもりなので、お手紙でお知らせしています。
他の方たちにはハガキなんだけれど、お姉ちゃんにはお手紙です。
この写真を送りたかったから。
この間、実家に帰って部屋を整理していた時に見つけました。
この写真、すごく懐かしいと思いませんか?
私はものすごく人見知りで、幼稚園でも中々友達が出来なくて、小さい頃は母がものすごく心配していたそうです。
でも何故かお姉ちゃんとはすぐに仲良くなれて、それから他の子たちともだんだんとおしゃべり出来るようになったんだよ、と母が教えてくれました。
私はその頃のことはそんなにはっきりとは覚えてないけれど、お姉ちゃんと一緒に遊ぶのはすごく楽しかったのを覚えています。
この写真を見ていて懐かしくなったので、同封しました。
もしも、東京に来ることがあったら、是非教えてくださいね!
久しぶりにお姉ちゃんに会えたらな、なんて思っています。
それでは、また。
 
未歩」
 
封筒と同じ、懐かしい丸文字で綴られた手紙だった。
あの小さかった未歩が、もう結婚なのか。
“結婚” というワードを見て、なかなか踏ん切りがつかない自分の彼氏を一瞬うらめしく思ったけれど、そんなことよりおめでたい。
今25歳か。
ちょっと早い気もするけれど、きっといい人なんだろうな。
同封されていた二人の写真は、文字通りはじけるような笑顔が向けられていた。
久しぶりに見た未歩は、目じりのほくろと少し上向きの鼻は変わらない、幼い頃の面影はあるけれど、もうすっかり大人の女性だった。
その後ろに、もう1枚写真がある。
これが手紙に書いてあった写真だろうか?
 
次の写真を見て思わず「あっ」という声が出た。
朝顔柄の浴衣を着てにっこり笑っている少女二人、7歳の私と4歳の未歩だ。
お祭りの帰りに撮ったものだろう。
未歩と私の髪についている髪飾りには見覚えがあった。
あの日のことは、今でもはっきりと覚えているから。

 

 

 

あの暑い夏の日、初めて会った未歩は母親のスカートの裾をつかんで後ろに隠れたまま、じっと私の方を見ていた。
「ほら、挨拶なさい」と促され、蚊の鳴くような声で一言だけ「……未歩です」と言うとまた母親の後ろに隠れてしまった。
「ごめんなさいね、この子いつもこんな感じで、全然お友達も出来なくて……。良かったら仲良くしてね」
「いいえ。未歩ちゃん、あっちであそぼ? 私パズル持って来た」
ほら行っておいで、と言われても中々出てこない未歩と、その手を引いた母親と三人で、セーラームーンのパズルをした。
はじめこそおどおどした様子だったけれど、一緒にパズルをしていたら母親を通さずとも私に直接話しかけてくれるようになり、しばらくするとにっこりした笑顔を向けてくれた。
眉毛のところで切りそろえられたサラサラの前髪をかき分けながら、真剣にパズルのピースを探している未歩の横顔を見ていると、なんだか幸せな気分になった。
その様子を見て安心したのか、未歩の母親はいつの間にか側を離れていた。
「お姉ちゃん、今度は私のお人形で遊ぼう!」
そう言って私の手を引いて、自分の小さなバッグのところまで駆けて行く。
未歩の手のひらは、柔らかくて小さくて「もしも妹がいたらこんな感じなのかな?」と思ったのを覚えている。
初日にすっかり打ち解けた私たちは、それからも二人で遊んだ。
親戚の子たちは他にもたくさんいたけれど、未歩は私とだけしか話さなかった。
皆で川に泳ぎに行っても、家でスイカを食べても花火をしても、未歩はいつも私の側にいた。
まるで、ずっと昔から友達だったみたいに。
 
皆で過ごす2日目の夜だったと思う。
「お姉ちゃん、おしっこ」
夜中に未歩が私を起こしに来た。
大人も子供もみんな寝静まっていて、天井の豆電球だけが小さく丸く光っていた。
「え? こんな暗いのに二人で行くの怖いよ。お母さん、起こそうよ」
私がそう言っても未歩は首を振って、私の手をつかんだ。
試しに未歩のお母さんに少しだけ声をかけてみたけれど、どうにも起きる気配が無い。
「もれちゃう!」
未歩が小声で私を急かすので、諦めて未歩の手を引いてトイレに向かう。
ひいおばあちゃんの家は古い日本家屋で、襖で仕切ることの出来る部屋がいくつも続いた大きな家だ。
その襖を外して一続きの大きな部屋にして、たくさんの布団を並べてみんなでごっちゃになって寝ていた。
私たちが間を横切って廊下に続く襖を開けても、不思議なことに誰も起きてこなかった。
トイレは、廊下をまっすぐ行った突き当りにある。
未歩の小さな手をぎゅっと握り、意を決して薄暗い廊下を歩いた。
ギシッギシッと廊下の板がきしむ音がする。
「未歩は怖くないの?」
「うん。お姉ちゃんと一緒だから。ちゃんと一緒にいてね?」
そうなんだ、怖いの私だけなのか。
未歩がいるんだからしっかり守らなきゃ。
無事にトイレを済ませて、また廊下を軋ませながら皆が寝ている部屋の前まで戻ってきた。
ほっとして襖を開けようとしたその時、未歩が私のパジャマの裾を掴んだ。
「どうしたの?」
振り返ると、未歩は廊下のまだ先の方の部屋を指して「あっち」と言い、すたすたと一人で歩いて行く。
ぎょっとした私は慌てて未歩に駆け寄り「そっちは違うよ」と未歩の手を掴んだ。
振り返った未歩の顔はなんだかいつもよりも白くて、黒目が深い色をしているような気がして、ドキッとした。
トトトトトトトトトト。
鼓動が早くなる。
私の制止を振り切り、未歩はその部屋の襖を開けて中に入っていく。
その部屋は、昔ひいおばあちゃんたちが養蚕をしていた頃カイコを飼っていたという部屋で、今はタンスが並ぶ物置になっているところだった。
昼でもあまり外の明かりが入らなくて薄暗いので、なんとなく子供たちは皆その部屋にはあまり入りたがらなかったのだ。
未歩だって昼間は見向きもしなかった。
「未歩! 戻ろうよ!」
中へ入った未歩の背中を追いかけ、部屋に入って心臓が口から飛び出そうになった。
未歩が立っているその場所の少し前、白い着物を着た女の子がしゃがんで泣いている。
 
おばけ……!
 
耳元に心臓があるかと思うくらい、ドキドキの音が大きく聞こえた。
あんまり怖すぎると人は声が出なくなるみたいだ。
叫びたくても喉が閉じてしまったように声が全く出なかった。
とにかく、未歩を連れて戻らなきゃ。
勇気を振り絞って未歩の隣までそろりそろりと歩き「戻るよ」と小声で声をかけた。
「あの子、たぶんお姉ちゃんと話したいの」
私とは正反対で妙に落ち着いた様子の未歩は、そう言って私の手をぎゅっと握った。
いつもの、暖かな小さい手だった。
「何言ってるの!? なんで分かるの?」
びっくりする私を置いて、未歩はその子のところまで行き、声をかけた。
「お姉ちゃん、来たよ」
まるで、呼んでくるように頼まれていたかのようにそう言った。
私は怖すぎて驚きすぎて、ただただ棒のように突っ立っていた。
未歩が声をかけると、その子はゆっくりと顔を上げた。
目が合った瞬間、更に驚いた。
着物を着た女の子の幽霊は、未歩にそっくりだった。
「ねえちゃん!」
そう言って私の方まで駆け寄って、女の子の幽霊が私の手を握った。
もう、何が何だか分からないくらい怖かったけれど、その子のひんやりと冷たい手を触ると、不思議と懐かしい気持ちになった。
「ねえちゃん、ごめんな。これ、私が持ってた。見つけたんよ。ずっと返さなきゃって思ってた。やっと返せる。サチのこと許してな」
涙で濡れた頬を拭って、未歩にそっくりなその子は着物のたもとから小さな髪飾りを出して私に握らせた。
「良かった、返せた。ごめんなさい」
「いいよ、気にしてないよ」
この女の子が何のことを言っているのか、この髪飾りは何なのか、さっぱり分からなかったけれど、私の口は自然にそう動いた。
「ありがとう。サチはもっとねえちゃんと遊びたかったんよ。待ってるね」
にっこりと笑い、数歩下がって小さな手のひらをひらひらと振って見せると、すっと暗闇に吸い込まれるように女の子は消えていった。
未歩は、じっと女の子の消えていった方を眺めていた。
 
そこから翌朝までのことはあまり覚えていない。
いつの間にか布団に戻り、朝起きると未歩は私の横で丸まっていた。
あの髪飾りは私のパジャマのポケットに入っていたので、夢では無かった、ということだけは確かだった。
 
朝ごはんの時、昨夜の出来事を皆に話そうか迷っていると、未歩が私にそっと声をかけた。
「お姉ちゃん、昨日のおかざりは?」
「あるよ」
ポケットから髪飾りを出すと、未歩は手のひらに載せてそれを眺めた。
「未歩、それ、どこで見つけた?」
大きな声がしてそちらを見ると、おばあちゃんが驚いた様子で髪飾りを見ていた。
未歩は無言で私に髪飾りを渡し、じっと私の目を見た。
話せ、と言っているようだった。
「……これ、昨日の夜に未歩とおトイレに行った時に、カイコさんの部屋に未歩にそっくりな女の子のおばけがいたの。その子がくれたの」
またまた、そんなこと言って~、夢でも見たんじゃないの?
と親戚の叔父さんたちが茶化す中、おばあちゃんだけが静かに涙を流して言った。
「それは、サチだ。私の妹だ。ちょうど、今の未歩くらいの年の頃、病気で死んだんだ。生まれつき心臓が弱くてね。その髪飾りはあたしんだ。サチと一緒に遊んでいるときに無くして、どこにやったかさんざん探したんだけれど見つからなかった。それでサチを怒った。サチは泣いて、その晩発作を起こして病院に行った。それからしばらく入院していたけど、前から具合が良くなかったみたいでしばらくしてから死んでしまった」
皆、しんとしておばあちゃんの話を聞いていた。
「それ、返しに来てくれたんだな。ありがとうな、もらってくれて」
「おばあちゃん、サチちゃん、ごめんなさいって言ってた」
髪飾りを手渡すと、おばあちゃんは大事そうにそれを眺めた。
ひいばあちゃんも、おばあちゃんを優しい目で見つめていた。
「来なさい」
そう言うとおばあちゃんは古い引き出しから白黒の小さな写真を取り出した。
「これがサチ、これが私」
たくさんの兄弟にならんで、おばあちゃんとサチちゃんが写っていた。
驚くことに、写真の中のおばあちゃんは私にそっくりだった。
だから、私に返しに来たのか。
未歩を見ると、皆に注目されて恥ずかしかったのかもじもじしていた。
「未歩、ありがとうね、サチちゃんに会わせてくれて」
皆が写真を見て、おばあちゃんの話を聞くのに夢中になっている横で、そっと未歩にそう言うと、嬉しそうににっこり笑った。
 
手紙に同封されていた写真はその日の夜、皆でお祭りに行った時のものだ。
おばあちゃんの髪飾りを見て似たようなものが欲しくなったのだろう、未歩が屋台で髪飾りを欲しがり、未歩の母親が二人お揃いで買ってくれたのだった。
赤いりぼんを髪につけて笑う、未歩と私だ。
 
あの時のことを、未歩も覚えているのだろうか?
 
もう一度写真に目を落とす。
未歩のはにかむような笑顔はやっぱりあの時のサチちゃんそっくりで、私はたしかにおばあちゃんに似ていた。
もしかしたら、サチちゃんがおばあちゃんにきちんと謝れるように、神様が私と未歩を会わせてくれたのかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
中川 文香(READING LIFE編集部公認ライター)

鹿児島県生まれ。
進学で宮崎県、就職で福岡県に住み、システムエンジニアとして働く間に九州各県を出張してまわる。
2017年Uターン。2020年再度福岡へ。
あたたかい土地柄と各地の方言にほっとする九州好き。

Uターン後、地元コミュニティFM局でのパーソナリティー、地域情報発信の記事執筆などの活動を経て、まちづくりに興味を持つようになる。
NLP(神経言語プログラミング)勉強中。
NLPマスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー。

興味のある分野は まちづくり・心理学。

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2021-08-30 | Posted in 週刊READING LIFE vol.141

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