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週刊READING LIFE vol.141

仏に仕(つか)える者の不祝儀《週刊READING LIFE vol.141「10 MINUTES FICTIONS~10分で読めるショートストーリー~」》


2021/08/30/公開
記事:山田THX将治(天狼院ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)
※この記事は、フィクションです。
 
 
『5万円で永代供養』
『10万円ぽっきり葬儀』
『シンプル家族葬プラン』
ネットから流れて来る情報を見るたび、
「マッタク、もう!」
と、宮田は思わず毒吐(づ)いてしまう。
無理も無いことだ。
郊外で小さな葬儀社を営む宮田は、日夜資金繰りに苦心していた。
 
大手の葬儀社は兎も角、街場の葬儀社の多くは家業で経営されており、家族内で事業継承されることが多い。
その点宮田は、数少ない外部から葬儀業界に参入して来た者の一人だ。
 
宮田の生家は、江戸時代から続く曹洞宗の寺院だ。そこの長男だった宮田は、檀家や周囲が期待する後継者だった。
しかし、寺院で生まれ育つ中で、宮田の心には疑問の火種が燻り続けていた。それは、葬儀のたびに父親である住職が持ち帰る、『御布施』と書かれ黒と白の水引が付けられた白い袋についてだった。
僧衣を着替えながら父親は、決まって母親に、
「いくらだ?」
と、聞いていた。
御布施を確認した母親が、
「100万です」
と、答える。
父親は、
「うん」
と、頷いたきり、表情一つ変えずに身支度を続けていた。
これが、御布施の中身が50万円だったり、30万円だったりすると、父親は途端に、
「ケッ! 付けた戒名が良過ぎたな」
と、不満気な顔をしたものだ。
母親が、
「これも、御心付けですから」
と、たしなめると、父親は表情で『それもそうだな』と語っていた。
 
そうした両親のやり取りを見る内、宮田は中学に進む頃には、生家の寺を継ぐことに嫌気が差していた。仏に仕える者が、金で動く様に感じられたからだ。
 
一応は、仏教系の大学へ進学したものの、仏門の勉強を進んですることは無かった。
就活を考えなければならい大学3年に進学すると、宮田は意を決し両親に仏門に入る気は無いと宣言した。宮田は、両親と一悶着あると覚悟していたが、
「寺を出ていくならそれでいい」
と、父親はあっさりと承諾した。どうやら内心は、我の強い宮田に後を継がせるより、2歳違いの弟に継がせた方が、後々問題が無かろうと思ったようだった。
 
その後、宮田は、生家である寺を出て、アルバイトをしながら何とか大学を卒業した。
勿論、卒業後の進路を考える暇(いとま)はなかった。
卒業式まであと2か月と為った正月、宮田は家を出てから住んでいるシェアハウスに一人座って居た。同居する者達は皆、とうに帰省していた。
「どうするかなぁ」
独り言を言いながら、宮田はふと点けっ放しに為っていたテレビCMに眼を止めた。新年早々にもかかわらず、墓地の宣伝だった。
「そうか! 人間、一度生を受けると絶対に一度は死ぬんだ」
と、宮田は当たり前のことを考えていた。しかも、いかにも大きな発見でもした様に。
 
宮田の発見は、墓地に入る前には必ず誰でも火葬されることだ。火葬には、葬儀が付き物だ。
思い起こせば、生家の寺院で行われた葬儀でも、必ず葬儀社の社員がやって来た。テキパキと葬儀の準備をし、段取りを決め、故人との別れに悲しみに暮れる家族・親族を必要以上の負担が無い様に気遣っていた。
それでいて決して出しゃばらず、スマートに葬儀を進める姿が、何とも恰好良く感じたものだった。それよりなにより、『故人を看送る』徹底した姿勢が、何とも頼もしく感じたのだった。
宮田は、葬儀会社に就職するというより『心在る看送り』を実践しようと思い立ったのだ。
 
葬儀業界へ進路を決めた宮田は、すぐさま履歴書を葬儀社数社に提出した。
宮田の葬儀社への就職は、呆気ない程簡単に決まった。それはそうだろう、年中無休で24時間体制を取る葬儀社は、決して人気の職種とは言い難かったからだ。
案の定、4月に葬儀社へ入社した宮田は、早々に、病院・老人施設といったところに詰めることと為った。
「人生何事も修行だ」
生家が寺院の宮田は、聞きかじった説法で自分を納得させようとしていた。
ただ、テキパキと動き、何事も故人の家族の側に立った姿勢は貫こうとした。
 
ややもすれば、ブラックな勤務と為る葬儀社は、一般の企業と比べると給与水準が高かった。懸命に職務を熟していた宮田は、思いの外、貯蓄することが出来ていた。実際は、多目の給料をもらっても、使う時間が無かったのだ。
そこで宮田は、30歳を手前にして独立することを考え始めた。葬儀業界でのビジネススキルも、十分に身に付けていた。
業界の収益モデル習得よりも、宮田が何より自信と為ったのは、自身の気構えだった。担当した御家族から、
「心がこもった、良い葬儀を出して頂きました」
と、礼の言葉を頂戴していた。
宮田自身としては、ただ、家族の立場で何をして欲しいのかだけを考え、忠実に業務を遂行していただけだ。これはまさに、自分の父親がふと漏らした御布施に対する不満を、反面教師として心に留めていただけなのだ。
 
宮田は、予定通りに新卒で入社した葬儀社を退社し独立を果たした。同時に、大学時代に知り合った、2年後輩の女性と所帯を持った。時間が不規則な、しかもこれからは、事業主としての責任が双肩に圧し掛かるので、宮田としては常に誰かに傍に居て欲しかったのだ。
しかも、ロクに就活をしていない時期も、葬儀業界の為折角の約束を急に反故にされても、嫌な顔一つせずに付き合い続けてくれたこの女性は、連れ合いとして最適とも宮田は思っていた。
その上、宮田と違って上場企業に就職し、安定した収入が有る彼女は、安心して迷惑を掛けられると甘えが在ったことも事実だ。
 
独立開業後、宮田の葬儀社は、堅調な実績を積み重ねた。宮田自身の人柄と、誠実な仕事振りが評価されてのことだった。しかし、他人の死に関わる事業なので、順調と申すのは憚(はばか)られるところだ。
ただ、一般的に見渡せば、高齢化が進む現代日本で、葬儀社は必要不可欠な一種の社会インフラでもあった。
 
ただ、核家族化が進み、正月や盆、そして彼岸といった季節の行事すら薄らいでくると、宮田の会社も安閑としている訳にも行かなくなった。
自分の親を看送る葬儀を、単なる生活上のコストとして見る輩も増えて来た。こうなると、宮田が心を込めて執り行った折角の葬儀が、翌日の請求の際に、
「えっ! こんなに掛ったんですか?」
と、驚愕となって返って来るのだった。
宮田のことなので、事前に掛かる費用のことは十分に説明していた。しかし、説明を受ける側は、不慣れな上に動揺もしているので、著しく認知度が落ちているのだ。
人間とは実に勝手なもので、頭では十分に理解出来ていても、感情で納得出来ないことはついつい自分の思い込みが真実と為ってしまうのだ。
それによって、家族以上に宮田が精魂込めた折角の葬儀が、単なる喧騒の種にしか為らない。これは、自身の親を看送るという厳粛な行事に際し、全く心此処に在らずということに他ならない。
これは、宮田が幼き日に垣間見た、仏に仕える筈の父親が実は心が籠っていない言動をするのと同じだと思った。
 
葬儀費用を安く抑えたいとする考え方は、徐々に世の趨勢(すうせい)と為ってきた。しかも、昨年来のコロナ禍で、親戚といえども葬儀に集まることが躊躇われる状況となり、その傾向は一層拍車が掛かった感じだった。
しかも、10万円で葬儀が出来るかの様な情報が独り歩きすると、宮田は目の前が暗くなる思いがしたものだった。
何しろ“10万円”が前面に出ることにより、宮田の所に来る依頼者の中にも、きっちり10万円しか用意していない者が居たりする始末だ。
火葬費用だけでも、一般的には10万円を優に超えてしまうものだ。しかし、一般人の中で、そんな情報を持ち合わせているのは、実に稀なことだ。
仕方が無いことだが宮田は、葬儀の依頼相談が来ると、
「弊社は他の葬儀社に比べて費用が掛かる様に見えるかも知れません。しかし、誠心誠意、頂戴する費用に見合った葬儀を執り行わせて頂きます」
と、少々仰々しい話をしなければならなかった。
当然、或る者は宮田の話に見切りを付け、その場を去っていった。しかし、半数以上の者は、宮田の説明を聞き入れ、そして満足いく葬儀を出すことが出来ていた。
宮田自身は、それでいいと納得していた。
彼の妻も、それこそが宮田だと見守っていた。
 
そんな時、宮田の電話が鳴った。知り合いからだった。先方は焦った声で、
「すまん。無理とは知りつつ電話した。
実は、近所で母親を看取った女性が居るんだけど、親・娘の所帯だったので、葬儀の費用が全く用意出来ないらしいんだ。話だけでも、聞いてやってもらえないかな」
と、矢継ぎ早に言ってきた。
宮田は、
「うん、解った。何とかするよ」
と、想像を巡らせ事情を察した。
 
次の日、宮田が尋ねた女性宅は、中年の女性が住むにしては少々年季が入った文化住宅だった。ここで一人、母親を看取ったのかと思うと、宮田は侘しい気持ちになった。しかも、普段から安い葬儀をウリにしている同業他社から、断り続けられたことも、容易に想像出来ていた。
葬儀社だって、営利事業者なのだから。
 
憔悴し切った女性から、宮田は少しずつ事情を聞き出した。そして、採算を度外視して、自社に欠損が出ないギリギリの線まで華やかな葬儀を約束した。
しかし、一つだけ問題が有った。亡くなった母親が若い時に離婚しているので、菩提寺となる場所が無いということだった。こうなると困ったもので、葬儀に来てもらう僧侶だけで、予定外の出費となってしまうのだ。
困り果てる女性に向かって宮田は、
「大変聞き辛いのですが、御坊さんにはいくらまでなら出せますか?」
と、尋ねた。
しばらく考え込んだ女性は、
「ギリギリ10万円までなら」
と、消え入りそうな声でいった。
10万円では不十分なことは、女性だって解かっているのだ。
宮田としては、父親に頭を下げて頼む方法があったが、それだけはしたくなかった。後で何を言われるのか、想像が付いたからだ。
宮田は、一度持ち帰って検討することにした。
 
宮田が帰宅すると、既に妻が帰って来ていた。今日の出来事を報告すると、
「それって、宗派は問わないの?」
と、聞いてきた。
「ああ、仏門なら何でもいいよ」
と、宮田はぶっきらぼうに答えた。
妻は、思い立った様に電話を取ると、部屋の外へ出て行った。
 
戻ってくるなり妻は、
「大学の同級生が来てくれるって。浄土真宗の女性僧侶だけど構わないわよね」
と、言い出した。
確かに妻も、仏教系の大学を出ていた。知り合いに女性僧侶が居ても、何の不思議も無かった。
 
葬儀当日、宮田の前に姿を現したのは、宮田の結婚式にも出席していた女性僧侶だった。披露宴での僧衣は、一際目立っていた記憶があった。
ただ、その女性僧侶は、確か山口県の寺の娘だった筈だ。宮田は改めて、
「遠い処を有難う御座います。御用意出来る御布施は御伝えした通りです。しかも、旅費も出ません。それで、本当に宜しいのですね」
と、念を押した。
「はい。全て伺っております。私は仏に仕える者ですので、御心付けで十分で御座います」
と、笑顔で応対して下さった。
 
娘一人で出す葬儀は、ほんの数人の列席者が見えただけで、実に簡素なものだった。
それでも、宮田が端正込めた祭壇は気に入ってもらえた。
急に依頼した僧侶も、実に見事な御経と法話をして下さった。
 
滞りなく葬儀が済むと女性と宮田は、葬儀場の門まで女性僧侶を見送りに出た。
「本日は、遠路遥々、本当に有難う御座います」
深々と頭を下げる女性に向かって女性僧侶は、何か思い出したように、
「あっ、いけない。仏に仕える者が何でしょう」
と、言いながら香典袋を荷物から取り出した。
「御香典を出すのを忘れていました。大変申し訳御座いません」
と言いながら、深々と頭を下げた後その場を立ち去った。
 
その香典袋の中には、10万円が入っていた。
 
宮田は、心ある女性僧侶の心遣いに、胸が一杯になった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

天狼院ライターズ倶楽部湘南編集部所属 READING LIFE公認ライター
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
天狼院メディアグランプリ38th~41st Season 四連覇達成

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2021-08-30 | Posted in 週刊READING LIFE vol.141

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