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週刊READING LIFE vol.143

真っ赤な手紙が教えてくれたこと《週刊READING LIFE Vol.143 もしも世界から「文章」がなくなったとしたら》


2021/09/13/公開
記事:今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
爽やかな風が心地良い季節だった。小さなどんこ舟に乗り、船着き場で借りたお揃いの菅笠を被って揺られている私たちは、傍から見れば立派な観光客だっただろう。
船頭さんが、巧みな竿さばきでゆったりと小舟を進めていく。新緑からの木漏れ日が川面に反射するさまを、ずっと眺めていたくなった。日常とは違う新鮮な開放感と、この季節ならではのキラキラとした日差しは、私たちを自然と笑顔にしていた。
 
小舟から降りると、ゴールデンウィークということもあって大勢の人出で賑わっていた。大学生だった私と家族は、久しぶりに我が家を訪れた祖父を連れて、近場の観光地に川下りに来ていた。お昼になり、腹ごしらえをしようと入った食堂は、やはり観光客でいっぱいだった。数か月ぶりに再会した祖父と私たちの会話は、気持ちの良い川下りの余韻も手伝ってか盛り上がっていた。焼酎が好きな祖父は、すでに昼間から赤ら顔になっている。
 
そんな時だった。
なぜか、向こうの席に座っている男性とさっきから目が合うのだ。私たちの声がうるさかったのだろうか? 歳は、私の父よりも少し上くらいかもしれない。濃い色の眼鏡をかけて、一人で食事をしている男性は、明らかにこちらを見ている気がした。気になると、ついついそちらを気にしてしまうのが人の常だ。不躾かもしれないと思いつつ、その男性をそれとなく観察してしまった。けれど、私の気のせいではなかった。なんとその男性は、こちらに向かって歩いてきたのだ。
 
「うわ、来た!」心の中で私は動揺した。さっき盗み見た男性は、ちょっと強面に思えた。
男性が、私の前にピタリと立ち止まったのが靴の先で分かった。恐る恐る顔を上げると、その男性の眼鏡の下には、予想に反して人懐こい笑顔があった。
 
「すんません。一緒に写真撮ってくれまへんか?」
聞き慣れない関西弁でそんなことを言ってくる男性に、家族みんなが一瞬戸惑った。見知らぬ人と一緒に写真を撮るという意味が、とっさに理解できなかったのだ。訝し気な私たちに対して、その男性は慌てて付け加えた。
「実は、バイクで日本中を旅しとるんです。何やら仲のいい家族やなと思って、さっきから見させてもらってました。ここで会ったのも何かの縁。記念に撮らせてもらえたらと思うて」
 
断る理由がなかった。何よりクシャっと笑うその男性からは、人の好さと真摯さが滲み出ていた。旅の記念になればと、私たちは一緒に写真に収まった。今のようにスマホで写真を撮る時代ではなかったから、後から現像した写真を送っていただくということで、私の名前と住所を告げた。
 
よくテレビ番組で、「日本縦断」とか「日本一周旅行中」などという、バックパッカーのような人たちを見たことがあったけれど、「本物」に出逢ったことは初めてだったから、私は俄然その男性に興味をそそられた。
 
家に戻っても、我が家では、その男性の話題で持ちきりとなった。大阪まではバイクでどのくらいかかるんだろう、とか、今までどんな土地を訪れたのだろう、とか、身近にはいない種類の人に出逢った興奮で、私たちはあれこれ想像を膨らませていた。
 
けれど、その男性、ここではFさんと呼ばせてもらおう。後日そのFさんから写真と共に送られてきた手紙を見て、私はさらに衝撃を受けた。
 
何だ、これは。
 
一瞬、手紙を持つ手が固まった。
なぜなら、手紙の文章が真っ赤に染まって見えたのだ。文章自体は、黒いボールペンで綴られていたのにもかかわらず、である。別に血に染まっているとかではない。けれど、圧倒的に赤の分量が多い手紙だった。
 
真っ赤に見えたものの正体は、文章の横に加えられた赤い二重線と、文字の上に重ねられた赤い丸印だった。それは、Fさんの言いたいことや想いの強さを強調しているのだった。手紙は、驚くほど赤のオンパレードだった。私たちが出会った日から大阪に戻るまで、また新たな発見や喜びがあったことや、Fさんの家族のことなどがびっしりと書き綴られていた。
 
会って間もない、というか、一度会ったきりの人間に、ここまでクルリと腹の底を見せられるFさんに正直圧倒された。Fさんの文章は真っ直ぐだった。見栄や飾りなどない率直な言葉たちは、ズドンと私の腑に落ちた。熱を持った文章は、私の心に真夏の日差しのように突き刺さった。そして、こんなにも心を燃やして生きている人がいるのだと、頬を平手打ちされたような気持ちにさせられた。
 
すぐに、写真のお礼も兼ねて返信を送った。私の手紙に、またFさんから返事が来た、相変わらず、真っ赤な手紙だった。Fさんの熱い心の源は何なのだろう? Fさんの熱が、こんなにも私を直撃するのは何故なのだろう? 熱いけれど、独りよがりな押しつけがましさなど感じなかった。まるで甲子園での高校野球を見るような、熱いけれど清々しさが残る文章だったのだ。もっと、Fさんのことが知りたいと思うようになった。Fさんの人生に対する哲学のようなものを、もっと聞いてみたいと思った。そうして、親子ほど年の違うFさんと私の文通が始まった。
 
当時大学生だった私は、将来に対する不安や焦りのようなことを書いていたのだと思う。Fさんから返ってくる真っ赤なエールは、そんな私の恐れを吹き飛ばす威力があった。大丈夫。心配なんかしなくていい。真緒さんなら、大丈夫。
 
手紙の中で、休むことなく大声で応援を続ける応援団長は、いつも手紙の最後には、この先私が良い人と出会えますようにと願ってくれた。そして、Fさんは最愛の奥様と一生大恋愛中だと、決まってノロケるのだ。
来た、来た。応援の締めはこうでなくちゃ。手紙を読みながら、ふと毎回笑顔になっている自分に気づいた。
 
私が結婚する時も、Fさんはサプライズをしてくれた。式場で結婚を祝うトロフィーの贈呈を受けたときは、心底ビックリした。後から聞けば、式場の担当者と内緒でやり取りをして、段取りをしてくれたという。担当者や司会者の方宛てに、10年前に出逢った私との経緯を記した手紙まで託して。式場にはいないFさんの、クシャっとした笑顔が見えるようだった。実の娘でも親戚でもないのに、Fさんは、いつも私の心に真心の直球を届けてくれる。
 
娘が生まれたときも、自分のことのように喜んでくれたのを思い出す。実は、あの時一緒に居た屋久島の祖父とも手紙のやり取りをしていたと知って驚いたこともあった。そう言えば、祖父にも写真を送りたいと言われ、住所を教えたのかもしれない。私の周りまでも丸ごと包み込んでくれるFさんの懐の深さに、更に驚かされた。

 

 

 

私たちが直接会ったのは、出会ったあの日のたった一度きりだ。今のようにビデオ通話などもなかったから、私の中のFさんの姿は30年前のものだ。
けれど、手紙のやり取りによって、その時のFさんの想いを、文章とその行間から感じることができた。赤いエールに彩られた文章で、大応援団にも匹敵するほどの励ましを感じられた。便利ではなかった時代だからこそ、却ってそうした手段によってより深く繋がることができたのかもしれない。口頭で直接伝えることと違って、文章はいつまでも形を残す。何度も読み返すことだってできる。その文章から滲み出るものや込められた想いを、反芻することができる。
 
もしも世界から文章がなかったとしたら、その想いをここまで受け取ることなどできなかっただろう。そして、この先もし文章がなくなったとしたら、私の想いもまた、深く伝えることが難しくなってしまうのではないかと思う。伝える媒体は増えたけれど、やはり文章には、真っ直ぐに心を揺さぶるものが宿っていると信じている。
 
長い年月が過ぎ、以前より随分手紙のやり取りが少なくなった。私のことを「福岡の娘」と呼んでくれたFさんも、80歳を超えたと聞く。
遠くても気持ちが通じているなんて、不義理ばかりしている「娘」の勝手な願望かもしれない。
肉親以外でこんなに大きな愛情を注いでくれたFさんに、甘えているだけかもしれない。けれど自分の娘が巣立った今、本当の家族でもない私にしてくれた数々のことが、当たり前のことではなかったと改めて身に沁みている。
 
私が、Fさんの文章でどれほど勇気づけられ前向きな気持ちになれたかを、きちんと伝えなければならない気がしてきた。私の父よりも高齢のFさんに、時には何度も泣きながら手紙を読み返したことを伝えるのは、今のような気がしてならないのだ。自分のことばかりで精一杯だったけれど、今度はしっかりと私が伝える番だと思う。
 
きっと、私のように思っている人がたくさんいる。Fさんから送られてきた写真には、旅先で出会ったという若者の中心に、幸せそうなFさんがいた。いつでもどこでも、思い浮かべるだけで笑顔になれる。私にとって、そういう太陽のような存在がFさんだったし、どこかの旅の途中で出会った人々にとっても、私のように感じた人はいたことだろう。
 
Fさんと出会った日のことは、今でも忘れない。
あの日、あの時間に、あの場所に居なければ、一生出会うことはなかっただろう。だから、こんな奇跡のようなFさんとの出会いは、神様が書いたシナリオだったのではと思っている。
今でも、Fさんからもらった手紙は大切に保管している。赤のエールを見返す度に、ちょっと涙ぐんでしまう。長い歳月が過ぎてもなお、時を超えて、そのときのFさんの想いを受け取ることができるのは幸せなことだと思う。
 
少し色褪せた手紙の中で、「人生は出会い」だというFさんの赤丸つきの文章を、今更ながら深く噛みしめている。人生とは、人と応援し合って繋いでいくということを、実際にその背中で示してくれたFさんを思いながら。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)

福岡県出身。
自分の想いを表現できるようになりたいと思ったことがきっかけで、2020年5月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。更にライティング力向上を目指すため、2020年9月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
興味のあることは、人間観察、ドキュメンタリー番組やクイズ番組を観ること。
人の心に寄り添えるような文章を書けるようになることが目標。

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2021-09-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.143

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