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週刊READING LIFE vol.147

ぼくの成功はぼくのもの? あなたの成功もぼくのもの?《週刊READING LIFE Vol.147 人生で一番スカッとしたこと》


2021/11/15/公開
記事:いむはた(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
例えば、新たに採用した戦略が新市場を切り開き、会社に大きな利益をもたらす。
例えば、誰もが不可能と考えていた社内システムの刷新プロジェクトを成功に導く。
 
その当事者があなただったら、どうでしょうか。当然、うれしいですよね。やったぜ、とか周囲に認められて、俺ってすごいだろ、なんて叫びたくなってしまうかもしれません。そう、人は何かを達成したとき、大きな喜びを感じます。そして、自分の役割がその中心に近ければ近いほど、かかわり方が深ければ深いほど、大きな喜びを感じる、これもごく自然なことでしょう。
 
もちろんぼくもその一人。小学生から高校までスポーツに熱を上げ、大学時代は英語の勉強に明け暮れました。社会人になってからは、仕事での成果を求め、それから給料、ボーナスといった直接的な見返りのため、自分のパフォーマンスを上げることに力を注いできました。そして、その結果、いくつかの喜びや達成感を経験することができました。もちろんそのこと自体には満足しているし、誇りにすら思っています。
 
努力は報われる、その言葉のすべてを信じているわけじゃないけれど、今までの人生、少なくとも、自分の価値を上げる、このことにエネルギーを費やしてきたのは事実です。ただ、最近、ある出来事を通じて、こんな風に思うようになったのです。「結局、ぼくが見てきたのは、『ぼくだけ』だったんだな」と。
 
勘違いしないでください。どうせぼくなんて、そんな風に落ち込んでいるわけではありません。それどころか、ぼくが今感じているのは、むしろ真逆。世界には、無限の広がりがあって、ぼくはどこまでも幸せになれる。だって、もうぼくは「ぼく」にこだわる必要なんてない。世界にあふれるぼく以外の人たち、そう、大げさかもしれないけど、70億とも80億ともいわれる全人類が、ぼくを最高の気分に導いてくれる可能性を秘めているんですから。
 
 
そんな、まさに「世界を見る目」が変わるきっかけをくれたのが、彼女との出会いでした。
 
彼女の名は久美さん。ぼくが会計コンサルタントをしているお客様の社員さんです。所属は経理部、どうしても経理の仕事がしたい、そういって転職をしてきたのが今から3年ほど前。年齢は20代後半、以前は金融系の営業をしていたとのこと。
 
初めて彼女と会った時の印象は「だいじょうぶ?」声は小さく、うつむきがちに話す様子に、先のことが心配になってしまいました。この会社は製造業、金融とは違って「現場」に近い。雰囲気もちょっとラフ、びびって仕事にならない、なんてことないよね、と。
 
ただ時間がたつにつれて、ぼくの心配は全く無用だったということが分かりました。声や態度は相変わらず。だけど、仕事はきちんとしていたのです。いや、きちんとしている程度の言葉では足りません。彼女はすごく仕事ができました。特に秀でていたのは事務処理能力。大量の資料やメールを、読み込み理解しサクサクと処理していく。そのスピードと正確さには驚きました。
 
話せば前職は「営業事務」ひっきりなしに入って来る営業さんからの連絡に応じて、メールを書く、電話をする、必要な書類をまとめる、そんな仕事をやってきた、だから「慣れているんです」ということでした。
 
もちろん、久美さんの事務処理能力の高さに気づいたのは、ぼくだけではありません。彼女に任せれば、いい感じに処理しておいてくれる、そんな安心感から、彼女には「処理」仕事が、どんどんと集るようになりました。
 
これよろしく、と渡される書類に、はい、わかりました、と小声で答える久美さん。そんな姿を見かけるたびに、ぼくはこんな風に思っていました。一見、自信がなさそうに見えるけれど、あれが久美さんのやり方。みんなに頼られてきっと満足に違いない、と。のちにそれが大きな勘違いだったと知らされることになるのですが。
 
 
ある日のこと、久美さんに声をかけられました。部内で定例の進捗報告が終わってすぐのこと、仕事の件で相談があるんです、と。
 
意外でした。進捗報告では彼女の仕事は相変わらず順調そのもの、相談が必要なことがあるとは思えません。それに、久美さんから相談されたということ自体が意外でした。ぼくにとっての彼女は「受け・待ち」のタイプ、自ら何かを発していくイメージではありません。そんな彼女が自分発で相談があるというのです。どうしたんですか、とぼくが促す間もなく彼女が語り始めた内容は驚きでした。
 
「わたし、今の仕事のやり方に納得できないんです」
 
久美さんによると、今の自分が任されるのは処理中心。ただ、そのこと自体に不満があるわけじゃない。入社歴も浅い、業界の知識も足りない、そもそも経理という仕事自体をちゃんと理解できていない。学ぶべきことは、たくさんある。ただ、わたしはもっと知りたい。もっと知って、そして、理解して仕事を進めたいんです。
 
なるほどね、その気持ちは素晴らしい。じゃあ、もっと質問してみたらいいじゃん、この書類って何に使うんですかね、とか、どうしてこんな複雑な計算をしているんですか、とか、軽く答えたぼくに、久美さんが続けます。
 
「だめなんです。質問してもだめなんです。どの返事も『前からやってるからさ。前と同じようにお願い』みんな、その質問はしてくれるな、迷惑そうな顔でそう答えるんです」いつもに比べ張り気味の声から彼女の真剣さが伝わってきました。
 
想像できました。この会社の歴史は長い。今のプロセスは、いろんな人のいろんな理由が積み重なってできたもの。なぜ、どうして、など考えなくても、その通りに処理をすれば、その通りに流れていく、それはそれで素晴らしいこと。
 
ただ、そこには決定的に欠けているものがあるような気がしました。それは、発展、改善、そして、自らの仕事に興味を持ち、深く掘り下げていったとき、初めて味わえる仕事の本質に触れる喜び、そんなものが欠けている気がしたのです。
 
「わたし、変わりたいんです」じっと手元を見つめたまま、久美さんがそうつぶやきました。今のままじゃ前職と同じただの処理屋さん。自分でなんとかしなきゃと、簿記や会計の勉強をしているけれど、理論と実際の差までは埋まらない。もっと理解して、理論と実際の間に、自分で線を引けるようになりたいんです。
 
よし、わかった。そこまで言われて応えなかったらコンサルタントの名がすたる。ちょうど、会社は業務の効率化を目指しているところ。ぼくと一緒に仕事してみますか、調べることも勉強することもたくさんありますよ、と声をかけると、はい、やってみます、と久美さん。こうしてぼくたちの業務改善プロジェクトは始まりました。
 
 
ぼくたちが手掛けたのは「在庫評価プロセスの改善」大げさな名前がついていますが、ざっくりと言ってしまえば、会社が製造した製品、作るのにかかったコストは本当はいくら?という話です。
 
これを計算するのには、材料や人件費はもちろんのこと、工場や本社の賃料や電気水道代といったすべてのコストを考える必要があります。そして、これが結構大変な作業、そのたびにいちいち情報を集めて計算していたのでは効率が悪すぎるということで、多くの会社では自動で計算できる仕組みを導入しています。
  
ただ、この「自動で」というのが曲者で、どんな処理が行われて、どんな結果が出てくるのか、誰も説明できない、いわゆる「ブラックボックス」になってしまう。そして、ぼくと久美さんに課せられたのは、この「こんなん出ましたけど」状態からの脱出。プロセス改善の前に、何が起きているのかを把握しろ、謎解きから始めなさいということでした。
 
とはいえ、歴史のある会社、手掛かりになりそうな資料はほとんど残されていません。自分たちで計算過程を解読することから始めなければなりませんでした。
 
はじめのうち、ぼくと久美さんの関係は、ぼくが「主」、久美さんが「従」まずはここを読み解こうか、こんな資料をまとめておいて、ぼくの「こうしてほしい」に久美さんは「報告」という形で答えてくれました。そして、そこはもちろん事務処理のプロの久美さん、その仕事は最高品質でした。
 
一緒に仕事をするようになり比較的すぐのことでした。ぼくは、あることに気づき始めました。それは、久美さんの「報告」がただの「報告」ではなくなってきたということです。なぜ、ここはこんな風に考えたのか、どうしてこの資料をまとめる必要があったのか、そんな質問が増えてきたのです。ぼくは、そのひとつひとつに自分なりの考えを示しました。もちろん、この変化は想像できたことでしたが。
 
しばらくすると、彼女にまた変化が起きました。今度の変化は、質問の「質」に現れました。以前の「わからないから教えてください」が「私はこう考えるのだけれど、どう思いますか」に変わってきたのです。ぼくの考えを聞き、彼女の考えを聞き、お互いに納得してから、次のぼくの「こうしてほしい」に進みました。ただこの変化もある程度予想していたこと、変わりたい、自分で線を引けるようになりたい、と言っていた彼女なら十分あり得ることです。
 
そんなある日、いつものように彼女からの「報告」がありました。ただ、その報告は今までの彼女からは想像もつかないものでした。
 
「ここまで調べてきたんですけど…… どうしても、先が知りたかったので、自分で勝手に進めてしまいました」いつもと変わらない控えめな口調と態度、でもその目だけはこちらをしっかり見つめています。
 
ちょっと見せて、と目を通すと驚かされました。そこには、彼女の考える「あるべき在庫評価プロセス」がまとめられていたのです。このプロセスはもっと簡便化できる、この情報はもっと詳細なデータを集めるべきだ、と今までの調査の結果をうけ、彼女なりの考えが展開されていました。中でもぼくが一番驚いたのは、会計のルールと会社の実情を比較し、その中で理論と実際の間の線を彼女なりに引こうとしていることでした。もちろん、そこに、これまでの経緯、調査結果がきれいに整理されていることはいうまでもありません。さすが事務処理のプロフェッショナル久美さんです。
 
いや、これ、いいよ、なんだか久美さんの「やりたい、こうしたい」が見えたような気がして、ぼくは思わずそういってしまいました。もちろん、線引きの場所はまだまだ甘い、手直し・再調査は必要です。でも、ぼくは、うれしい気持ちでいっぱいでした。今まで「受け・待ち」の姿勢だった彼女が、彼女の「こうしたい」気持ちに従って動き出した瞬間に立ち会えたのです。
 
その後、ぼくと彼女の主従関係は次第に逆転していき、ぼくの役割は、求められて助言をしたり、全体を見て軌道修正をする程度、アドバイザーになりました。ここにきて「ぼくたちの」プロジェクトは、「久美さんの」プロジェクトになったのです。でも、考えてみれば、最初からこうなることは明らかだったのかもしれません。もともと理解力も処理能力も高かった久美さんです。「作業」に費やす時間はあっという間、そこに彼女オリジナルの「こうしたい」というエネルギーが加われば、プロジェクトを自力でグイグイと引っ張っていくなんて、起こるべくして起きたこと、だったのかもしれません。
 
 
そして迎えた部長へのプレゼンの日。発表者はもちろん久美さん、目指すは、この先の本格的な業務改善のための予算、部長を納得させられるか次第です。
 
プレゼンが始まると、久美さんは相変わらずの小さな声、控えめな態度です。でも、だいじょうぶ、それが久美さんのやり方、ぼくは自分に言い聞かせました。「私からの提案は以上になります。いかがでしょうか」締めくくりの言葉が、いつもより少し張り気味なのは自信のあらわれでしょうか、その表情は晴れ晴れとしています。
 
「よし、それでやってみようか。この先もよろしく」部長のその声を聴いた瞬間、久美さんと目が合いました。そして、ぼくの中に自然と浮かんできた気持ち、それは「ありがとう」でした。なんだか不思議な気がしました。
 
久美さん、本当に成長したよね、力を引き出しましたね、隣のコンサル仲間に声をかけられました。いやいや、そんなことないですよ、もともと彼女の持っている力が発揮されただけですよ、そんな謙遜しながらも、誇らしい気持ちがあふれてきました。そして、その時、気づきました。
 
 
自分の以外の誰かが、例えば、新しい一歩を踏み出したり。例えば、その誰かが、今まで眠っていた、本人すら気づいていなかった力を発揮できたり。もしあなたが、その誰かの背中をそっと押す役を果たせたのだとしたら、どうでしょうか。自信に満ちた表情で、周囲の喝さいを浴びている姿を見たら、どうでしょうか。
 
ありがとう、久美さん。あなたのおかげで、ぼくは気づくことができました。自分以外の誰かの力になることが、こんなにも気持ちを満たしてくれることを。そして、ぼくの可能性を広げてくれることを。世界は、ぼくを幸せにしてくれる「誰か」であふれています。もう、ぼくは「ぼく」にこだわる必要はありません。ぼくが「ぼく」を幸せにする必要はありません。世界はどこまでも、広く、そして、可能性にあふれている、ぼくは今、そんな最高の気分を味わっています。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
いむはた(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

静岡県出身の48才
大手監査法人で、上場企業の監査からベンチャー企業のサポートまで幅広く経験。その後、より国際的な経験をもとめ外資系金融機関に転職。証券、銀行両部門の経理部長を務める。
約20年にわたる経理・会計分野での経験を生かし、現在はフリーランスの会計コンサルタント。目指すテーマは「より自由に働いて より顧客に寄り添って」

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2021-11-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.147

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