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週刊READING LIFE vol.153

王者の“威厳”と“覚悟”を求めて、僕らは上野駅公園口に降り立つ《週刊READING LIFE Vol.153 虎視眈々》

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2021/12/27/公開
記事:石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
改札を出ると、日差しが思っていたよりも眩しい。
冷房が効きすぎた山手線のドアを一歩であると、顔面に熱波が押し寄せてきた。すっかり冷房で冷やされた汗が一瞬で元の熱を取り戻していく。
タオルも持った、水分も十分に持った。念の為にと持ってきた熱中症対策の塩飴もカバンに入っている。大丈夫だ。
もう何日連続で猛暑日を記録したか、わからなかった。
少し前は、猛暑日が続くということ自体がなんだか特別感を持って報道されてたのに、最近ではさも当然のこととして受け入れられている。誰も驚いていない。
そんな夏真っ盛りの日に、僕は動物園に行くことになっていた。
しかも目的は、レジャーではない。
これも演技の勉強なのだ。

 

 

 

「来週は、アニマルエクササイズに取り組んでいきましょう」
はつらつと言い放つ養成所の担当講師の前には、今向けられた言葉の内容がわからず少しキョロキョロと周りを伺う、さながら小動物の群れのような生徒たちが並んでいた。
アニマルエクササイズというのは、演技のトレーニング方法の一つである。
動物の挙動や姿勢、その佇まいや雰囲気なんかを役作りの参考にしていく技術で、日本の俳優教育では取り上げられることは少ない。だが僕が入っていたこの養成所ではアメリカ式のトレーニングを推奨していた。
このエクササイズは、元はアメリカのアクターズスタジオという俳優訓練機関の推奨したトレーニングの一つで、このスタジオには多くのハリウッド俳優がトレーニングに訪れていたと言われている。
映画『ゴッド・ファーザー』で有名なマーロン・ブランドや、ダスティン・ホフマン、マリリン・モンローもこのスタジオで訓練をした俳優たちだ。
例えば、マーロン・ブランドは『ゴッド・ファーザー』で組のボスを演じる際に、ゴリラの動きや仕草を参考し、その重厚さや役としてのドンと構えた雰囲気を表現したと言われている。
そのエクササイズを僕らも体験してみよう、というのである。
その手順はこうだ。それぞれ課題の脚本の役柄に対して、参考になりそうな動物を決める。そしてその動物をじっくりと観察する。その動きや挙動を次回、自分の身体を使って表現してみる。それらを行なった上で、最後に課題の役のどんなところにその動物らしい表現が活かせるか、探っていくというものである。
そういう顛末で、養成所の同期数人と、貴重な休みを利用して上野動物園の門をくぐったのである。
 
 
「あれ、動物なんだっけ?」
「俺、馬」
「ライオンだよ」
「リスぅ」
「猿かなぁ」
「じゃあ、ここで別れよう。では、二時間後に」
大の大人が何人も連れ立って「俺、馬」とか言っている光景は、周りから見ればかなり滑稽だったと思うが、当の僕らにはそんな外野の目線に構っている余裕はない。皆それぞれ、園内の地図で自分の動物を確認すると、お目当ての動物に向かって傍目も振らずに歩いて行った。まだ入り口付近、周りの一般客の子供達も、入り口付近の動物たちもキョトンとしていたことだろう。
 
僕の通っていた養成所は、珍しく年齢制限を設けていなかった。
若くて、これからの活躍が大いに期待される10代や20代前半の生徒を欲しがるのは、養成所としては当然のことだろう。だが、この養成所では年齢制限を設けていないため、30代も40代も50代の生徒もいる。(ちなみに一期下の後輩には60代の方がいた)
皆、ある程度年齢を重ねてから俳優の世界に挑戦しようとしてきた方ばかりで、その目には若手にはないエネルギーがある。はつらつとしたキラキラなエネルギーではなく、なんとも必死な、目が血走るようなエネルギーだが、そこには悲壮感はなく、自分の将来は不安だがそれを乗り越えるパワーを秘めた、そんな仲間たちだった。
お目当ての動物をめがけて、必死で直進していく様は、まさに猪突猛進という言葉そのままだった。

 

 

 

僕が課題として取り組む役柄は、王様だった。
それもただの王様ではない。イギリスの劇作家・シェイクスピア作の喜劇『夏の夜の夢』の妖精王オーベロンである。妻であるタイターニアの浮気を疑い、部下の妖精パックを使ってイタズラを仕掛ける役だ。
その王としての威厳や堂々とした振る舞い、肉食ならではの目が持つ雰囲気を参考にしたくて、僕は動物を熊に決めていた。熊の檻は比較的奥の方だ。一緒にきた仲間たちの様子を伺いつつ、熊の檻を目指そう。
既にTシャツは汗でびしょびしょだった。
 
 
「……どうしよう」
順路を進み、肉食動物が多いエリアにやってきた。僕の熊もすぐそばだ。しかしライオンの檻の前で、養成所の同期の一人が、檻の前の手すりを握りしめて悔しそうにしている。
「どうしたの? なんかあった?」
彼女も僕と同じく相当汗をかいている。熱中症にでもなったら大変だし、演技トレーニングどころの話ではない。心配して声をかけると彼女は半分涙ぐみながら、檻の中を指差した。
「さっきからずっと見てるんだけど、ずっと寝てるのよ」
正直、吹き出すのをこらえるのに必死だった。
考えてみれば当然だ。ライオンはネコ科の動物だから夜行性。昼間はあまり活動的ではない。動物園のライオンは昼間でも動き回ると聞いたこともあったが、今日はそんな忖度はしてくれないらしい。彼女の方が、まるで肉食獣のように血走った目をしていた。
当のライオンをよく見てみると、ほとんど寝ているが全く動いていないという訳でもないらしい。
なんとか参考になりそうなポイントを一緒に探す。アドバイスをしている間、にやける顔を見られないように、同じくライオンの方を見つめていた。

 

 

 

やっとこさライオンの檻の前から抜け出して、お目当ての熊の檻までやってきた。ここに来るまでに持ってきた飲み物はほとんど残っていなかったし、タオルも汗でびしょびしょだった。
熊の檻の前にたどり着いた時、思わず声が出た。
「嘘だろ……」
 
俳優が演じるのは、リアルな設定世界の人物だけではない。時代設定が違えば、侍や中世の騎士を演じることもある。宇宙を股に掛ける賞金稼ぎを演じることだってあるし、今回のようにファンタジーの妖精の王を演じることもある。
そのために、演技に大切なのは、準備なのだ。
その役が何を食べ、どこに暮らし、何を愛しているか。
フィクションのキャラクターをリアルな実感を持って演じるため、俳優は準備をする。もちろんそこには“セリフを覚える”という作業も含まれるが、当然それだけではない。
例えば、今回の妖精王の役でいえば、どうして妻の浮気を疑うに至ったのか、そこに至るまでに何を聞き、何を見たのか。それらを具体的に自分に落とし込んでいかなければならない。
セリフを喋る、行動をする“動機”を納得いくものにするために。それが観客に伝わるように考え準備する。
このアニマルエクササイズも、その一つと言っていい。
 
しかし、である。
僕が王の威厳を求めた“森の王者・熊”は、意外なほど小さかった。
推定1メートルもない。どうやら最近、大きい熊は亡くなってしまったらしく、まだまだ大人とはいえない“少年ぐま”が檻の中にいた。その若者はなんとも楽しそうに、黄色いボールを弾いたり踏んだりして遊んでいる。
どっしりとした王の威厳も肉食獣らしいどう猛な目つきもそこにはなく、新しく買い与えられたおもちゃで遊ぶ、やんちゃな小学生みたいなやつが目の前にいる。
あぁきっと、ライオンの檻の前で必死に笑いをこらえた罰なのだ。
なぜあの時笑ってしまったのか、今度は完全の違うタイプの、乾いた笑いが出ていた。
「こういう時、本当に人は笑うんだなぁ」と頭の端で冷静に受け止めている自分も居るが、飾ってある生前の大きな“大人ぐま”の写真を眺めることしか、僕にはその時出来なかった。

 

 

 

「では、みんなの“準備”を見てみましょうか!」
いつになく女性の講師はハキハキして見える。それに反して生徒はというと、皆どこか挙動不審だ。まるで皆、動物園でリスの動きをインストールしてきたようである。
僕は当然、自信がなかった。
頼みの“熊”は空振りに終わり、なんとか動画サイトで調べられるだけ調べたが、やはり生で得られる雰囲気や空気感には及ばない。上手くできるだろうか。不安しかない。王の威厳など、創り出せそうにない。
あぁ最初の三人が呼ばれた。
僕の順番はまだ先らしく、前に出て自分の動物を披露する生徒以外は少し離れて、しゃがんでその様子を見ていた。
 
その時、ふと横を見た。
皆、必死に最初の三人のパフォーマンスを喰い入るように見つめている。
まるでこれから食べてしまおうかという餌が目の前にあるかのように、皆それぞれ目を見開いている。
ピチピチとした若さはない、派手なエネルギーではない。だがその多くが社会人を一度経験してから、俳優に挑戦しようとしてこの養成所の門を叩いた、覚悟の出来た大人である。
「得られるものは全部吸収してやろう、無駄にしている時間はない」
それぞれの目がそう語っていた。
こんなに近くに、最も参考にすべき“目”があったじゃないか。
みんなのその目を見たら、こちらも火がつかないわけにはいかなかった。
今後に対する期待も不安もあるだろう。しかし、そんなことはもうすべて覚悟の上なのだ。
己れの未来に対する、血走るほどの眼差し。本当の“虎視眈々”を見た気がした。
僕だって、こいつらに、負けてはいられない。
 
さぁ、名前が呼ばれる。
足取りは、不安よりも覚悟のエネルギーで満ちていた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1989年生まれ、横浜生まれ横浜育ち。明治大学文学部演劇学専攻、同大学院修士課程修了。
舞台俳優として活動する傍ら、演出・ワークショップなどを行う。
人間同士のドラマ、心の葛藤などを“書く”ことで表現することに興味を持ち、ライティングを始める。2021年10月よりライターズ倶楽部へ参加。

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2021-12-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.153

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