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週刊READING LIFE vol.154

永遠の初心者クラブに飛び込んでみたら、新しい世界が見えた!《週刊READING LIFE Vol.154 人生、一度きり》


2022/1/10/公開
記事:田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
2021年の夏、初めて身体障害者手帳を手にした。
 
私は「視覚障害者」である。
物心ついた時からよく躓いたり、ふと横から出てきた人に気づかず、ぶつかってしまうことが多かった。また、夜盲といって鳥目の症状もあり、暗いところでは物の形も人の顔もわからない。
だから、友人たちが「あっ、目が少しずつ暗闇に慣れてきた!」ということがさっぱりわからなかった。
えーっ? ずっと暗いまんまやん。
ぽつん、と私だけが一人取り残されたような気分になるのである。
 
体育の授業では、その障害が顕著に表れるようになった。
特に球技がクセモノである。
ボールがフッと見えなくなる瞬間があるのだ。決して、相手が消える魔球を投げるような技術を持っているわけではなく、ただ普通にドッジボールを投げたり、バレーボールでアタックを打ってきたりするのに見えなくなることが不思議だった。
人間、そんな思いを重ねてきたらいい加減わかりそうなものなのに、私は大学時代にまたもや失敗をする。
体育の選択授業で「卓球」を選んでしまったのだ。
よりによって球技の中で一番小さいであろう、しかも速く動くピンポン玉を追うというスポーツを。
私自身がもともと運動音痴なのも否めない事実ではあるものの、あまりにも玉が速くやって来るので「ん?」と思っている間に、試合が人よりも短時間で終わり、ダブルスを組んでいた友人から、
「チカコ、何やってんのよー!」
とイラつかれて以来、卓球はお蔵入りとなってしまった。
 
 
それから、一切スポーツをすることはなかったのだが、密かにやってみたいことがあった。
「マラソン」である。
なぜなら、体育の授業の中で短距離よりも少し長めの距離のほうが、唯一周りよりもいい結果を出せることが多かったことと、家族で毎年正月に見る「箱根駅伝」や地元で行われる「福岡国際マラソン」は、なぜか食い入るように見てしまうからだった。
どうしてそんなに惹かれるのか初めはわからなかったのだが、
「自身の限界に挑戦する。今までの自分の記録を超える」
ということに黙々と挑戦する姿が胸を打つということに気がついた。
しかも、地元で同じ年齢の視覚障害者ランナーが活躍していることにも勇気づけられていたのである。
パラリンピック日本代表でもある道下美里選手が底抜けに明るく、その走る姿と笑顔が周りを照らすような灯のように感じられたのだ。
 
いつか私も走ってみたい!
という感情が2018年5月ごろムクムクと湧き上がってきたのである。
そして、なんとまだ走る練習もしていないのに毎年11月に行われている「福岡マラソン(5.2キロの部)」にいきなりエントリーしてしまった。無謀である。本当に無謀である。
さて、そこからが問題だった。
やる! と言ったもののちゃんと走るにはどうしたらいいのかわからなかった。
やみくもに一人で練習と言っても、準備運動や何キロずつ走ったらいいものか、皆目見当がつかない。
そこで、インターネットでランナーのサークルを見つけることにした。
「毎週土日に大濠公園を走っています」
「平日夕方、仕事帰りにランニングしませんか」
検索すると、あまりにも多くのランナーサークルが出てくるので、いったいどうやって選んだらいいんだろうと走る前から頭を抱えてしまった。
福岡にはランナーが集まる名所・大濠公園というものがあり、平日・休日問わず、たくさんの老若男女が公園内を走っている。
しかし、いきなりそんなバリバリのサークルに入ってしまう勇気はなかった。
 
そんな中、あるサークルが目に留まった。
「ちょこラン部」
なになに? そのかわいらしいネーミング、気になる。説明文には、
「このクラブは初心者の方のためのクラブです。決して無理をせず「永遠の初心者」を合言葉に、みんなで笑顔で走ります」
とあるではないか。
しかも、メンバーになる条件は一切なく、経験不問らしい。
「自由参加ですので、出欠も取りません」とも書いてあった。
入部希望の方は直接、集合場所へお越しください、とのこと。
 
これだ!! と私のアンテナが動いた。
早速、その代表の方に連絡を取ると、快く「ぜひ気軽にいらしてください」とメッセージをいただき、当日の朝7時30分、10名程度のメンバーの方が温かく迎えてくださった。
みんなでランニング前にストレッチをして、体をほぐす。
「はじめまして! よろしくね」
「そんな私は3ヶ月ぶりなのよ」
「チカコさん、どうしてここに入ろうと思ったの?」
と新入りの私に、きさくに話しかけてくれた。
「あの……、実は、11月の福岡マラソンに一度出て見たくて。それで、インターネットを見て、こちらにたどり着きました」
「じゃあ、一緒に走れますね」
一人で頑張らなくていいんだ、ここで皆さんの力を借りよう、と私はその時思った。
 
「さぁ、それじゃ出発しましょうか!」
と代表が笑顔で軽快に走り出す。
天神中央公園を出発し、博多区呉服町方面を目指してゆっくりと話ができるペースで。
朝の光と、少しひんやりとした空気を感じながら走る。
途中、繁華街の中洲を抜けるのだが、出勤途中のサラリーマンや夜勤明けの水商売風の方に、
「おお、朝から走ってるよ」
なんて言われながら、老若男女混合チームで走り抜けていく。
走るって、気持ちいい!
心からそう感じた。
呉服町周辺はお寺が多くあるエリアで、裏道を走ってみたり、メンバーが疲れた頃合いを見計らって、途中で少しだけウォーキングに切り替えてみたりする。
福岡に長く住んでいても、入ったことがないお寺もあるので新鮮だった。
そして、約5キロのコースを終え、軽く息切れしながら最後にランニング後のストレッチをして終了。心地よい汗をかいた。
こうして月1回のちょこラン部で走る基礎を教えてもらい、それ以外の休日には一人で近所を走るということを続けてみた。
代表は私と同じ年齢の男性でランニングを10年以上続けている。それだけでなく、メンバーの皆から質問されることが増えたため、一念発起して資格も取得したという努力家でもある。
「ジョギングインストラクター2級」がその資格である。
内容を調べてみると、まったくの初心者にどのように教えるか歩き方、走り方の動作を習得し、適切にわかりやすく伝えることをマスターし、実際に指導のシミュレーションをしてから試験に合格した人が初心者に正しく教えられるのだという。
費用は7万円以上と、趣味でやるとはいってもお金のかかる資格である。
その賜物であろう。代表の教え方は本当にわかりやすく、私ってやればできるじゃない! と思わせてくれる魅力があった。
しかし、いざ一人で練習するとなると、5キロどころか3キロ走るだけでもう息が上がってしまって、翌日軽い筋肉痛なんてこともしばらく続いた。
そんなことも経験しながら、少しずつちょこラン部にも走ることにも慣れてきて、半年後の「福岡マラソン」の本番を迎えることとなった。
 
当日、朝6時台の電車は軒並みカラフルなランニングウェアの方ばかりが乗っており、通勤客が不思議そうにキョロキョロと周りを見渡す姿がなんだか面白かった。
「ランニングを始めてなかったら、こんな光景見られなかったな」
なんて思いながら、ちょこラン部の集合場所へ急いだ。
「おはようございまーす!」
「おはようございます! わぁ、そのウェア素敵ですね!」
そう挨拶を交わしながら、笑顔でスタート前のちょっとした緊張を味わう。
「皆さん、僕についてきてくださいね! 楽しみましょう!」
代表の笑顔は今日も爽やかだ。
走る前にストレッチをして、円陣を組む。
「みんなで楽しむぞ! おーっ!」
それは、今までに味わったことのない高揚感だった。
 
パーーーン!
先にフルマラソンの人たちがスタートする号砲が鳴った。
私たちファンラン(5.2キロ)組は、芋の子を洗うように押し合いへし合いしながら、少しずつ前に前に歩きながら進んでいき、やがてスロージョギングくらいのペースで走り出す。
そして少しずつペースを上げていく。
でも速すぎず、遅すぎず。永遠の初心者集団は走る間もずっと笑顔だ。
普段は西鉄バスと車の往来が激しい天神のど真ん中を占拠して、走るってなんて気持ちいいんだろう! と思った。
沿道からは、いろんな会社のチーム応援団が旗を振ったり、近くの住民の方がニコニコと応援してくれる。
なかには、散歩中の愛犬を抱き上げてハイタッチをさせてくれる飼い主さんや、幼稚園児が両手をちぎれんばかりに振って
「ガンバレー! みんな、ガンバレ!」とまるで家族を応援するような光景も見られた。
不思議なことに、練習では一度も5.2キロをまともに(歩くことなしで)走れなかった私が、本番では仲間と一緒に足取り軽く完走できてしまった。
ゴール地点に到着したとき、
「え、もうゴールなの? 早くない?」と思うほどだった。
フルマラソンの方には怒られるかもしれないが、初めての完走で、私は軽いランナーズハイを経験したのかもしれない。
 
初・福岡マラソンは、とにかく楽しい時間だった。
「完走証明書」を手にして撮った写真は、今まで運動音痴だった私とは思えないほど、喜びと自信にあふれた顔をしていた。
その写真を自宅で待つ家族にLINEで送ったところ、
「やったね! おめでとう」
「本当に5.2キロ走りきったんやね。すごいじゃない」
とうれしいコメントがすぐに返ってきた。
 
あの時、躊躇してやっぱり走るなんてやめておこう、と引き返していたら、こんな達成感は味わえなかっただろう。決断して、動いてみてよかったと今でもしみじみと思う。
そして、新しい世界を見せてくれた、ちょこラン部のメンバーに感謝している。一人ではきっとここまで出来なかったからだ。その夜に食べた焼き肉の美味しさは一生忘れない。
その後、2年連続でファンランを完走することができた。
残念ながら2019年以降、コロナ禍と家族の看病等により、現在は練習からも遠ざかってしまっているが、落ち着いてきたらまた再開したい。
永遠の初心者として、また「福岡マラソン」に参加したいと思っている。
 
人生、一度きり。
障害があることは不幸なのではなく、それを乗り越える熱量と行動力があれば、障害ですら自分を動かす力の源になるのである。
今後もやってみたいと思ったことは、まずやってみてから死んでやろうと意気込んでいる。
さて2022年、何に挑戦するか。自分でも今から楽しみである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

長崎県生まれ。福岡県在住。
西南学院大学文学部卒。
ライティング・ゼミを受講後、READING LIFE編集部ライターズ俱楽部に参加。
主に人材サービス業に携わる中で自身の経験を通して、読んだ方が共感できる文章を発信したく執筆の日々を送る。

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2022-01-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.154

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