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週刊READING LIFE vol.155

人生の境目に作品がある幸福が絶滅危惧種に《週刊READING LIFE Vol.155 人生の分岐点》


2022/1/31/公開
記事:村人F (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
振り返ると、人生の境目にはいくつかの作品があった。
 
1つは『出口汪のメキメキ力がつく現代文』
予備校講師、出口汪先生の授業を記した本だ。
 
僕は本書に出会うまで現代文が何を聞いている科目かさっぱりわからなかった。
大体の人は同じ印象を持っているのではないか。
「作者の気持ちを答えろと言われてもどうすりゃいいんだ」はみんなの通るツッコミだろう。
正しい選択肢の理由もわからないから点数は問題との相性次第。
こんな印象だった。
 
本書は高1の僕に、県トップの進学校に通っていた友達が勧めてくれた1冊だった。
人生初の受験参考書だったけれど、全6巻もあるシリーズを1ヶ月で読み終えてしまったことを覚えている。
 
出口さんの声が聞こえてくるような熱量を持つ文章。
現代文の真の姿が明確になっていくカタルシス。
世の歪みを刺激的かつ的確に指摘する問題文。
 
勉強ってこんなに面白かったって初めて実感した。
いい学校に入るために嫌々やるもんだと思いこんでいたけど、そうじゃないんだ。
遊びみたいな楽しいことなんだ。
これを教えてくれた出口先生は大恩師と断言できる。
 
そして本書との出会いから、僕の頭の構造も変わった。
以前は直感のみで行動し、人の気持ちを察するという発想すらなかった。
周りからいじめられていても全く気が付かないほどの鈍感さだった。
 
それが本書をキッカケにガラリと変化した。
多くの社会人が求めてやまない論理的思考力。
現代文の講義を通じてこれがインストールされたからだ。
おかげで物事の流れをしっかり考えるようになり、行動全てが洗練されていった。
僕はここから本当の人間になったと思う。
 
これが1番の転機になった作品だが、他にもターニングポイントとなった作品がある。
Sound Horizonの『StarDust』をカラオケで聞いた時。
そこから彼らを追っかけて、日本全国だけでなく香港まで飛んでいくことになるなんて思わなかった。
何より、音楽がこんなに深くじっくり味わえるものだなんて知らなかった。
彼らが鑑賞の楽しさを教えてくれた。
 
他にも『ドラゴンクエストⅤ』、『シュタインズ・ゲート』、X JAPANの『紅』
いっぱい挙げられる。
いずれも出会いがなかったらどんな人生になっていたか、想像すると怖くなるものだ。
これほどの強度を持つ作品をいくつも持っている僕は幸せかもしれない。
 
しかし、最近思うのだ。
これからの人生、同じような出会いが再びできるのかと。
あのイントロを聞いた瞬間、世界が音に支配される感覚。
これを味わうことが金輪際ないのではないか。
そういう恐怖感が年々大きくなっているのである。
 
年齢が理由の1つなのは言うまでもない。
これは人の宿命だから。
 
それ以上にネックになっているのは、作品が多すぎることだ。
社会人になってお金が増えた僕は、費やす金額がメチャクチャ増えていた。
年間100曲は買うし、マンガや本は月に1万円以上購入している。
それ自体は出会いの機会が増えるからいいことなのだろう。
 
だが僕の場合は致命的な影響を受けている。
購入した作品たちと触れ合う時間が少なすぎるからだ。
 
1日3時間あれば贅沢な自由時間は、たくさんの作品に比べてあまりにも短すぎる。
やりたいことをやるには全然足りていない。
この中で無理矢理詰め込もうとすると、各々に触れ合う密度は少なくなってしまう。
 
曲も本も1回で満足してしまい、暗記するまで繰り返すなんてする気も起きない。
作者がどういう意図でこの音を選んだか考察しようとは思うわけもない。
とにかく消化することを第一に作品と向き合っている印象がどうしても拭えないのだ。
 
忙しい現代なんだからそれも仕方ない、という声もあるだろう。
だが僕は恐れている。
今のスタンスでは人生を変える出会いは決して訪れないのではないかと。
 
理由は巡り合う条件に「集中」があると考えているからだ。
聞いた時、その一文に出会った時、世界から作品以外のものが消える。
それくらい真剣に向き合えるかが鍵だと思っている。
 
現代文だったら電車の音すら意識から消えるくらい読み込んでいた。
Sound Horizonなら高いヘッドホンを付け、曲以外の情報を遮断して聞いていた。
この集中状態を生み出したからこそ、人生を変えるほどの影響を享受できたのだ。
 
しかし、最近はどうだろう。
多すぎる作品を前に、読んだという事実で満足し感想すら考えない。
どんどん雑になっている。
こんな失礼な態度ではいい出会いなんて訪れるわけがない。
だから恐れを抱いているのだ。
 
しかし、それ以上に危惧していることがある。
周りと比べたら、遥かにマシな状況ではないかと思えてしまうことだ。

 

 

 

今はサブスクリプション全盛期だから、1ヶ月1000円で数十万点以上の作品と触れ合える時代だ。
そして動画も充実しているから、理解に時間のかかる本を読まなくても遊べる。
しかもMr. Childrenが無料配信するくらいだから、金をかける必要すらない。
多くの人はこの時代をよいと言うのだろう。
 
だが僕はサブスクリプションに入ることなく、わざわざ1曲に250円も払っている。
金の無駄だと思われるかもしれない。
それでも僕が購入をやめないのは恐怖心からだ。
 
ただでさえ1つの作品に向き合う時間が減っているのだ。
それなのにお金すらかけない。
これはとても恐ろしい事態に見える。
 
なぜなら集中する環境を構築するには金をある程度払うことが必須と考えているからだ。
必死こいて稼いだ身銭を切って購入した場合なら、元を取ってやる精神が働くからちゃんと聞く姿勢ができる。
 
だが、サブスクリプションの安さではどうだろう。
本気で向き合おうなんて思わないのではないだろうか。
なんとなくシャッフルで聞き流す。
その扱いが常態化するのではないか。
 
だから怖いのだ。
作品に向ける心がどんどん腐っていくような感じがするから。
この状態では人生を変える出会いなんて絶滅するのではないかとさえ思う。
 
これは現代の僕たちに突きつけられた、環境と同じくらい重要な問題だ。
エンターテイメントも取り返しのつかない状況に来ている。
だからこそしっかり作品と向き合う術を思い出さなければならない。
 
幸い、僕はこの方法に心当たりがある。
 
その1、作品を購入することだ。
今は無料で見たり聞いたりできる時代である。
それでもわざわざ金を払うのだ。
 
理由は単純。金を払うことで元を取ってやる精神を発揮させるためだ。
僕の持論に、感動料は金額に比例するというものがある。
高い金を払うことは、それだけ搾り取ってやるという意思表示だと考えているからだ。
100円のハンバーガーと5000円のステーキを比べれば、これは実感できるだろう。
同じように作品への意識も上げてくれるのだ。
 
一度、無料で聞いていた曲を購入してみてほしい。
わずか250円。コーヒー1杯より安い実験だ。
聞こえる音が研ぎ澄まされる感覚を味わえるだろう。
 
その2、紙などアナログ形式で作品と触れる。
スマホに全部ブチ込める今、わざわざ場所を取る本を買うのはなぜか。
埋もれやすいのが原因だ。コンパクトになりすぎた作品は存在もすぐに忘れ去られる。このせいで多くの本が意識の外に消えていった。
 
これが紙ならばこうはならない。
積み上がった本の塔が僕に無言の圧力をかけてくるからだ。
このパワーが作品を読む姿勢にも作用するから不思議である。
 
その3、生で作品と触れ合う。
これが1番効果の大きい方法である。
金と時間が最もかかるからだ。
 
ライブに行く場合、チケットを取るのに数千円。
現地までの交通費、宿泊費に数万円。
2日はかかる大事業である。
 
こんなに現代人にとって貴重な金と時間を費やして向き合うのだ。
その集中の度合いは尋常ではない。
しかも周りには同じ思いを持つ人がたくさんいる。
この興奮は一度体験すると病みつきになるはずだ。
それこそ人生の分岐点になる可能性を持つ体験になるだろう。
今の状況では厳しいかもしれないが、タイミングが合ったらぜひ試してほしい。
 
これらの対策は旧時代に戻るようなものだ。
安くてよいサービスがあるのに、あえて使わない。
こういう要素がある。
 
しかし、だからこそ得られることもあるのだ。
作品と触れ合うこと。
これは丁寧に向き合わなければ決して得られないことだ。
この過程を続けた先に人生を変えるほどの出会いが待っている。
それを証明してくれた作品と出会えた僕は本当に幸運だった。
そして、これはあなたにも訪れるかもしれない奇跡なのだ。

 

 

 

現代はコンテンツに溢れている。
電車の広告には様々な商品が描かれ、流れる音楽も何曲あるかさっぱりわからない。
これらは雑音にしか思えないかもしれないが、イヤホンを付ければ自分の好きな音楽でブロックできる。
 
これらを享受できる一方でそれぞれに対する扱いは雑になる。
音楽が耳栓と変わらなくなり、映画ですら電車のスキマ時間を埋める存在になりかねない状況である。これでどうやって集中できるだろうか。
 
そしてこんな環境から、素晴らしい作品が生まれてくるのだろうか。
どんどん作品の質は落ちていく一方だろう。
そのため、これは気候変動と同じくらい重大な問題になっている。
 
だから今こそ、1つ1つの作品に向き合うことが大事なのだ。
優れた作品を味わうための儀式だから。
そして、この環境づくりにかかる金額はそこまで高くない。
 
サブスクで聞いていた曲を250円で買うだけで本気モードになれるだろう。
スマホ厳禁の映画館で1100円払えば、その世界に没入できるだろう。
この時間と金の投資をすることが、よい作品鑑賞の第一歩になるのである。
 
最初のうちはもったいない精神が働きまくることだろう。
しかし問題ない。そのうち金を払わなければ気がすまなくなる。
この環境でのみ見られる作品の姿は、一度体験すると抜け出せない魅力を持っているからだ。
 
そして思い出すだろう。
これらは人生を変えるほどの衝撃を与えてくれるものなのだと。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
村人F(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

名乗る名前などございません。村人のF番目で十分でございます。
秋田出身だが、茨城、立川と数年ごとに居住地が変わり、現在は名古屋在住。
茨城大学大学院情報工学専攻卒業。
読売巨人軍とSound Horizonをこよなく愛する。
2022年1月から、天狼院書店ライターズ倶楽部所属。
資格:応用情報技術者試験・合格、カラーコーディネーター検定 2級、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。

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2022-01-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.155

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