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週刊READING LIFE vol.155

人を恨む気持ちから救ってくれた一冊《週刊READING LIFE Vol.155 人生の分岐点》


2022/1/31/公開
記事:佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「妬ましいなぁ、妬ましいなぁ~、死んでくれねえかなぁ~」
 
これは人気漫画「鬼滅の刃」に登場する鬼が呟いた一言である。
生まれてからずっと貧民街で暮らし、貧しさと迫害を受け続けた。そして金持ちを恨み、自分をこんな状況に追いやった社会を恨み、その憎悪の気持ちを持ったまま鬼となったキャラクターが主人公たちに発した言葉である。しかし、このシーンを見た時に私は自分が大学生の時に同じことを考えていたことを思い出した。
 
「若いうちの苦労は買ってでもせよ」という諺がある。
 
これは若い時にする苦労は貴重な経験となるから、自ら進んで、面倒だったり大変と思われる選択をしましょうという意味で使われる言葉だ。
自分で言うのもなんだが、私も10代後半から20代はそれなりの苦労をしていたと思う。
 
小さなころから勉強が苦手で、地方の三流高校にしか入れなかった自分が、大学受験を目指して浪人を始めたが、英語は主語と動詞の意味すら分からず、数学は算数からやり直さないといけないほどのレベルからのスタートだった。結局大学に受かるまでに3年間浪人してようやく中堅の私立大学に滑り込むことが出来た。
同級生で3浪したのは自分だけ。入学早々いきなり自分が最年長で既に負い目を感じた。
加えて大学2年生の時には父親が事業の失敗から自己破産してしまい、突然大学の学費を払えなくなり、大学を除籍になってしまった。それから自分で周囲の人からお金を借り、何とか復学できたものの、そこからは常にお金がない生活となった。
昼間は大学に行き、空いている朝と夜の時間は全てアルバイトに時間を費やした。平日の睡眠時間は3~4時間程度、土日もすべてアルバイトにつぎ込まなければ暮らしていけなかった。多い時には5つのアルバイトを掛け持ちしていたが、それでも翌年の学費と、毎月の生活費を捻出するので精一杯の状態だった。最後は月6万円の家賃を払うこともきつくなり、親戚のうちに助けを乞うて居候させてもらって何とか生活をしていた。
 
そのためおよそ楽しいキャンパスライフとは無縁の生活だった。
通っていた大学が、金持ちが通う大学だったこともあり、周囲を見渡せばサークル活動や遊びに時間もお金も使うことが出来る学生がたくさんいて、否が応でも自分との差を見せつけられた。
中でも一番きつかったのは、ひそかに自分が思いを寄せていた女性が自分と同じ学部の男性と付き合っているのが分かったときだった。その男子学生はテニスサークルに入っていて彼の周りには常に女性が集まっていた。見た目もスタイリッシュで金持ちがどうかは分からないが、アルバイトをして日銭を稼ぐような姿は一切見たことが無かった。もともと彼のことをそんなに好きでもなかったが、ある日その男と彼女が付き合っているという話しを聞いたときには心底「妬ましい、妬ましい、死んでくれ~」と願ったことを覚えている。
 
毎日がそんな暮らしだったから、正直「なんで俺だけがこんな人生なんだ」と思わずにはいられなかった。
そんな自分に「若いうちの苦労は買ってでもしたほうが良いぞ」とアドバイスをしてくる大人がいたが、そんな言葉は当時耳に入らなかった。
「だったらあんたは俺みたいな苦労してきたのか?」と心の中では、高みの見物で上から目線でモノを言ってくる大人に反発していた。
 
しかし他人を嫉み、羨む気持ちは大きなエネルギーを生み、自分を突き動かしていたことも事実あった。
毎日アルバイトをしながらも、そんな生活から抜け出そうと、私は本をよく読むようになった。
とはいえお金がなかったので古本屋で一冊100円で売っている本を買ってはアルバイトに向かう電車の中や、夜間の警備員の仕事をしている空き時間を見つけては読み漁っていた。
そして大学3年生の就活中に一冊の本に出合った。
 
「サラリーマンサバイバル」
 
これは経営コンサルタントの大前研一さんが若いサラリーマンに向けて書いた啓蒙書である。
この一冊が私の人生を大きく変えることになった。
 
大前研一さんと言えば現在の40代以上のビジネスパーソンには多大な影響を与えた人物の一人だろう。コンサルティングファーム「マッキンゼー」で30代の若さで日本支社長となり、日本のトップコンサルタントに君臨し、退職後も経営や政治、経済に対して様々な活動と書籍を発表し「経営のグル(師・指導者)」と呼ばれていた。
 
私がこの本を手にした時に、正直「大前研一」という名前はかろうじて聞いたことがある程度で、実際に本を読んだことは一度も無かった。たまたま古本屋でその本を見つけた時に「サバイバル」という言葉が気になり手に取ってみた。そして第一章を読んだときに私はその本を手放せなくなってしまった。
 
そこには「挫折を経験していない人間は、何もチャレンジをしていない人間だ」「今のエリートと呼ばれる人間は失敗を恐れてチャレンジをしていない」「失敗を恐れる人間は思い切ったことにチャレンジできない」と書かれていた。その言葉を読んだときに私は「ドクン」と心臓が鼓動し、心の底から熱いものが込み上げてくるものを感じた。
 
「自分はこれまで何度も挫折を味わってきた。でもこの経験が自分が将来本気でチャレンジするときに役立つのかもしれない」
 
そう思った瞬間にこれまで他人を嫉み、嫉妬し、社会を恨む気持ちが薄れ、急に自分が実はツイている人間かのようにすら感じ始めた。この年齢でこのことに気が付くことが出来た自分は幸運だったのではないかと感じた。そしてそこから自分の将来についてポジティブに考えられるようになった。
 
サラリーマンサバイバルには「知的ブルーカラー」「知的ホワイトカラー」という言葉が頻繁に出てきた。
一般的には、工場などで働く作業員をブルーカラー、オフィスで働く人をホワイトカラーと呼んでいる。しかし、この本ではさらにそれを分解して説明していた。
 
例えば工場やファーストフードの仕事のように「単純労働集約型」の仕事がある。この仕事は構造的に賃金に限界があり、時給で言えば1,000円~2,000円が上限になってしまう。これが従来で言うブルーカラーである。
 
次のカテゴリーが知的付加価値を時間で測られる「知的労働集約型」の層である。これが「知的ブルーカラー」だ。例えば単に言われたことだけプログラミングしているエンジニアや、言われたものを売るだけの営業、法律だけ知っている弁護士などもこの層にあたる。知的作業は伴うものの、基本的には自分の時間を切り売りしているため、「知的ブルーカラー」と呼ぶ。この層はおおよそ時給で2,000円~5,000円前後となる。
 
そして最後が知的付加価値を成果で評価される仕事を行う「知的ホワイトカラー」になる。
この層は自分の仕事の価値を「時間」ではなく「成果」で評価されることが特徴だ。
新しい価値を生み出すイノベーターや経営者、新しい発見をすることが出来る研究者など、自分の頭を使ってより大きな付加価値を生み出す仕事である。
この層は時間でお金をもらうわけではないため、時給に換算することが出来ない。天井はないため、自分でいくらでも稼ぐことが出来る層なのである。
 
そして大前研一さんは「日本はこれから『知的ホワイトカラー』を大量に生産しなければ必ず世界から取り残される」と言っていたのである。
 
私はこの内容を見た時に、私も「知的ホワイトカラー」になりたいと思った。
当時私は就職活動しているときに理系だったこともあり、システムエンジニアの職で仕事を探していた。特になりたかったわけではないが、研究とアルバイトが忙しく、正直まずは就職出来れば何でもいいと考えていた。そこで周りのみんなが受けているから自分もエンジニアになろうという程度の浅はかなものだった。
 
しかし、サラリーマンサバイバルを読んでその考えが変わった。自分が本当にやりたいことは何か、向いている仕事は何かを真剣に考えるようになった。正直自分の強みがプログラマーとして生きると思えなかった。また研究職も自分には向いていないことは大学生活で明らかだった。
理系だから実験をしなければいけなかったが、コツコツとデータを取り続ける仕事は自分に向いていないと感じた。それよりは人と直接コミュニケーションを取り、相手に影響を及ぼすことのほうが自分には向いていると考えた。
 
そう思ったらいてもたってもいられず、アルバイトも単なる時間の切り売りをする仕事ではなく、成果で評価される仕事をやらなければと思い、知り合いの会社でADSL回線を売る営業の仕事を成果報酬型でやり始めた。この時に自分には営業の仕事が向いているのではないかと思い、まずは営業職に就こうと考えた。
 
さらにサラリーマンサバイバルには「就職ランキングで上位に来るような大手企業には行ってはいけない」「就職した会社では将来起業できるぐらいの経験をして、自分の実力を高めろ」と書いてあった。
そこで私はそれまで受けていた大手企業の応募を全て止めて、ベンチャー企業に照準を絞って就職活動を始めた。そしてある人材ベンチャー企業から内定をもらい、そこに行くことを決めた。
 
ところがその会社の事業内容もろくに調べずに受けてしまったため、実はその会社が既に人材業界の中では中堅クラスの規模であることに内定をもらった後に気が付いた。私は「しまった、もっと小さな会社だと思ったのに、意外と大きいじゃん」と思い、3月の入社直前になって人事宛に「すみません、内定辞退します」とメールを送ったのである。すると、メール送信からわずか1分後に「今すぐ会って話そう」と返信が返ってきたのである。
 
そして本社に呼ばれた私は、人事からどういうつもりか問い詰められた。翌月には入社するはずの新入社員が辞退するということは、人事の採用担当からすれば大変なミスだ。
しかし私も自分の考えを変える気が無かったので「自分はもっと小さな会社で、自分の実力で勝負できる会社に行きたかったので辞める」と言って啖呵を切った。
すると人事から「だったらうちに2年前に設立したばかりの小会社がある。そこだったら君の言う看板で仕事をすることが出来ないだろう。そこでやってみて、それでももしこの会社ではないと思ったら、その時うちを卒業すればいい」と言われ、私は「それだったらやります」と結局この会社に入社することを決めた。
 
今思えばずいぶん生意気で失礼なことをしたと思い反省している。
結局その会社には6年間お世話になった。入社してからもずいぶんわがままを言って上司を困らせた。しかし、ビジネスパーソンとして大事なことをたくさん教えていただき、当時の上司には本当に感謝をしている。
 
その後私はサラリーマンサバイバルに書いてあった通り起業をするために会社を退職した。
しかし起業した会社は1年で潰してしまい、そこでも私は大きな挫折を味わった。つくづく自分の人生は挫折ばかりだと悔やんだ。
 
ところがそこで出会った障害者支援の仕事が自分の人生の転換点になった。
障害のある人たちはこれまでの人生で大きな挫折を何度も味わっていた。もちろんそうではない人もいたが、多くの人がもう自分の人生に希望が持てないと感じるほどの痛みを抱えていた。それでも前に進みたいと一生懸命にもがいている姿を見て、私は自分の人生と彼らの人生がリンクしたように感じた。
 
私自身は本や人との出会いによって、自分の人生を変えることが出来た。
抱えている痛みは違えど、人生を変えたいと願っていることには変わりがない。そういった人たちに今度は自分が彼らの人生の分岐点を作ってあげたいと考え、障害者支援の仕事をやろうと決意した。
それから10年以上、この仕事を続け今もこの仕事にやりがいを感じている。
 
自分の半生を振り返ってみると、本当に紆余曲折あったと思う。
 
「若い時の苦労は買ってでもせよ」
 
この諺は、今になって思えばそうだなと思うことも出来るが、正直その当時は辛くて仕方なかった。
ただ、人生に関して言えば何が良い人生だったかなんて、死ぬ時まで分からないのだと思う。
もし自分の父親が自己破産をせず、学生時代に金銭的に苦労することなかったとして、今自分が幸せと感じているかなんてわからない。もしかしたら「若いときに苦労してこなかったから、自分の人生つまらないものになったんだ」と感じているかもしれない。同様に違う選択をしていたらもっと悪い人生だったかもしれないが、それは誰にも分からない。
 
そう考えれば、常に自分はベストな選択をして、今が一番いい状態と考えるほうが自分の人生をポジティブに捉えることが出来る。私は自分の人生を大きく変える本に出合うことで人生を転換させることが出来たが、おそらく人生はいつでも変えられるのだと思う。
 
サラリーマンサバイバルは既に発売から20年以上たっている本だが、いま読み返しても多くの示唆を与えてくれる名著だ。もしいま働いていて自分の仕事に不満を感じ、環境に満足できないのであれば一度手に取っていただくと良いかもしれない。
 
この世の中をサバイバルする(生き抜く)ためのヒントが見つかるかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)

静岡県生まれ。鎌倉市在住。
大手人材ビジネス会社でマネジメントの仕事に就いた後、独立起業。しかし大失敗し無一文に。その後友人から誘われた障害者支援の仕事をする中で、今の社会にある不平等さに疑問を持ち、自ら「日本の障害者雇用の成功モデルを作る」ために特例子会社に転職。350名以上の障害者の雇用を創出する中でマネジメント手法の開発やテクノロジーを使った仕事の創出を行う。現在は企業に対して障害者雇用のコンサルティングや講演を行いながらコーチとして個人の自己変革のためにコーチングを行っている。

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2022-01-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.155

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