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週刊READING LIFE vol.155

『費用対効果』の呪縛《週刊READING LIFE Vol.155 人生の分岐点》


2022/1/31/公開
記事:河口真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
会社に入社して、17年。ずーっと悩まされ、苦しめられていることばがある。
 
『費用対効果』だ。
 
初めてこのことばを聞いたのは、新入社員時代に先輩に連れられ、お客様の打ち合わせに行ったときだった。打ち合わせの目的は、お客様のシステムをもっとこう改善しませんか? という先輩からの提案だった。
先輩の説明の後に、お客様がこう言った。
「え~、それって、“ヒヨウタイコウカ”あるんですか?」
 
ヒヨウタイコウカ? なんだそれ?
初めて聞いたそのことばが気になりすぎて、打ち合わせの内容が全く頭に入ってこなかった。私はノートに“ヒヨウタイコウカ”とメモを残し、事務所に戻ってきて、さっそくネットで検索してみた。
 
“費用対効果とは、ある施策に費やしたコスト(費用)に対して、どれくらいの効果を得られたのかを意味します。”
(出典:Chatwork 「費用対効果とは?費用対効果の意味と費用対効果が重要な理由」より)
 
なるほど。コスパってことね。
あのお客様は、自分たちが支払うシステム改修費用に対して、その金額以上の効果がちゃんと得られるんですよね? と言っていたのか……。
 
 
このことばを知ったときから、やたら私の耳に『費用対効果』が入ってくるようになった。
ことばの意味を知ってしまい、余計に意識して聞き取るようになったのもあるかもしれない。
あっ、また出てきた。あっ、ここでも出てきた。みんな使ってる。
いつしか私の中でも、『費用対効果』が標準ワードとして認識されるようになった。
 
 
時が過ぎて、気づけば私も中堅社員。
お客様の『費用対効果』を意識しながら、業務に取り組む日々を過ごしていた。
ある打ち合わせで、お客様が会話の中でポロッとこんなことを口にした。
「こういうときに、もっと簡単にチェックできる方法があると助かるんだけどなぁ」
それを聞いて、確かに自分も同じ立場だったらそう思うよなぁ。どうにかしたい!
そう思った私は、さっそく会社へ戻り、上司やチームメンバーへその話を共有し、「こんなのを作ったらどうでしょう?」と提案をした。
 
私の会社では、『費用対効果』と同様に『提案』も重宝されている。
積極的に『提案』をしなさい。そして『提案力』を身につけなさい。
目標はお客様へ『提案』を年間で〇個以上し、うち〇個は受注すること。
日頃から口を酸っぱくして、そう言われている。
 
せっかくお客様から、こんなのあったらいいなという生の声を聞くことができた。
できることならお客様の要望を満たすものを作って提案したい!
そう思って提案したのに、上司から帰ってきた言葉は、私の期待に反するものだった。
 
「うーん、まぁわからなくもないけど、そこまでやってたら利益出なくなるからねぇ……」
 
そして、この時に付け加えられたひと言が、
 
「会社だからね。ちゃんと利益を出さないといけないから」
 
実は、この『費用対効果』が出てくるのは、お客様とのやりとりだけではない。社内でも頻繁に使われる。ただ、社内の場合は少し意味合いが異なる。
 
『費用対効果(利益)』だ。
 
お客様が『費用対効果』と言って、本当に“効果”を必要としているのは理解できる。
何を買うにも金額以上の働きをしてくれるものがいいに決まっている。ごもっともな意見だ。
けれども、社内で『費用対効果』といって、利益ばかり重要視することには、ずーっと引っかかりを感じていた。
 
例えば、こんなことがあった。
私は3年ほど前から、自己啓発として、書籍、セミナーや、オンラインゼミを使って、デザインの勉強を始めた。初めてデザインのことを勉強して、デザインというものは職業に関係なく、仕事すべてに役立つということを実感した。
システムエンジニアという職業は、どうしてもシステムよりの資料を作ったり、説明も専門的になりがちだったりする。デザインをしていく過程を学び、知識をつけることによって、資料の品質も上がるし、仕事そのものの質も絶対に上がると思った。
 
私は上司にそのことを話し、会社の養成費を使って、もっと他の人もデザインを学べるようにしてほしいと、何回も何時間も説明をした。
 
「勉強することが悪いとは言わないよ。ダメとも言わない。ただ、会社のお金を使って勉強するってことは、そこに費用が発生してるってことだから、これを勉強したことによって、何かしらの利益を出さないといけないよ? これをどんな風に仕事に役立てて、お客様にどんな提案をいつして、利益がどのくらい出るのかを、ちゃんと順序だてて説明しないと、自分も上に説明ができない。そこをちゃんと作ってきて」
 
“会社だから利益を出さないとね”
言いたいことはわかる。
確かにそうかもしれない。
でも、利益ってお金じゃないといけないの?
目に見えて、数値化できるものじゃないといけないの?
デザインのスキルを身につけることは、必ず会社の財産になる。はずなのに……。
私の考えは甘いんだろうか。
ちゃんと上司を説得できない私の力不足なのだろうか。
結局、私は養成費の話を通すことができなかった。
 
いったい私は何をしてるんだろう……。何がしたかったんだろう……。
 
 
お客様に提案しようとしても、利益(お金)にならないことはやらないほうがマシ。
会社のためにやろうとしていることも、利益(お金)がでることを証明できないと、やったらダメ。
いつしか『費用対効果』は、私の大っキライなことばナンバーワンになった。
やろうと思えばもっとできるのに。別にムダなことをしたいわけじゃない。できることは、やってみたい。
もう利益(お金)とか何も考えずに、思いっきり仕事をやってみたい!
 
会社から求められている姿と、自分がありたい姿が重なることはなく、私の心は苦しくなるばかりだった。
 
 
そして1年前、私はこの心の葛藤を救ってくれる1冊の本に出会った。
デザイナー前田高志さんの『勝てるデザイン』という本だ。
前田さんは、任天堂で約15年間プロモーションに携わったのち、独立し、株式会社NASUの代表取締役として、さまざまなデザインを手掛けている。
 
私はこの本を読むまで、前田さんのことは知らなかったのだが、書店で吸い寄せられるようにこの本に手を伸ばしていた。
今思えば運命だったのかもしれない。
 
この本には、デザインをするまでの過程や考え方が惜しげもなく書かれていた。デザイン系の学校に通わず、自分で試行錯誤しながら勉強をしている私にとって、デザイナーの思考やリアルな現場の話を知ることができる貴重な1冊になったことは間違いない。
 
この本から学べることは、デザインのことだけではなかった。
何よりも私の心に突き刺さった内容がある。
 
 
その内容は、岡山県立図書館のロゴコンペの賞金がたったの図書カード5000円分だったことで、大炎上したという話から始まる。
 
“しかし、僕は「え、5000円の図書カード? 逆においしいな」と思いました。
まず、燃えてきます。張り切ってデザインをたくさん提案して、図書館の方に、
「こんなにしてもらえると思ってませんでした……」
と言わせたくなりませんか?
そしてその顛末をTwitterやnoteに書いたらどうでしょう。
おそらくあなたがこの案件でつかむ報酬は5000円をはるかに超えた額になります。本書を読み進めていただいた方ならおわかりかと思いますが、「知ってもらう」ということは、ある意味お金よりも価値が高いのです。“
(出典:前田高志『勝てるデザイン』より)
 
これだ!! そうだ! そうじゃないか!
『費用対効果』の呪縛から解き放たれた瞬間だった。
 
“知ってもらうことは、お金よりも価値が高い”
 
実際に私はそれを実行している身近な人物を知っている。私の父だ。
私の⽗は⼤⼯をしているが、短気で頑固者で、THE職⼈のような人間だ。
父の元へ修行にくる若い⼤⼯さんに向けて
「⾃分の家を建ててると思って仕事せんか!」
と大きな声で怒鳴っていたのを覚えている。
要は⾃分が住む家と思ったら、雑な仕事はしないだろう! と怒っていたのだ。
父の仕事に“妥協”ということばはない。
1mmのズレも許さず、全く⼿を抜くことなく、夜中眠れないくらいに仕事のことを考えている父の姿を⾒て、この⼈に建ててもらう⼈は幸せだろうなぁと思った。
 
⽗に家を建ててもらった⼈の紹介が紹介を呼んで、たくさんの⼈から新築や修繕の依頼がきて、70歳近くなった今も、それは途絶えることがない。
休⽇も返上して働いていた⽗は、1件の家を建てるという単発で⾒てしまうと、体を酷使している割にはお⾦の利益は少ないのかもしれない。
しかし、”思い”を込めた丁寧な仕事は、お客様にとっての信頼と価値を⽣み出し、それを受け取ったお客様が、新しいお客様を運んでくれる。
 
 
『費用対効果』の効果は、目先の利益だけではなく、長い目で見たときの“信頼と価値”までを考えないといけないんじゃないだろうか?
 
そういう働き方をしようと思ったら、きっと会社にいるままでは実現することができない。
私はこれまで会社という組織の中で、利益(お金)ばかりの働き方をしてきた。
でも、もういいだろう。
そろそろ思い切って自分が納得するまでやってみてもいいだろう。
前田さんとの本の出会いは、初めてフリーランスという働き方を意識し、独立するための一歩を踏み出すきっかけになった。
 
独立したら、これまでできなかった、“信頼と価値”を大切にする働き方をしていきたい。
でも、その一方で、自分自身の力で経営をするようになって初めて、会社にさんざん言われてきた『費用対効果(利益)』の大切さを、改めて実感する時がくるのではないかとも思う。
きっと、どっちが大切ではなく、どっちも大切なんだろう。
これからフリーランスになって、自分なりの『費用対効果』を探していきたいと心に決めた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
河口真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県在住。システムエンジニアとしてIT企業に17年間勤務。
夢は「おばあちゃんになってもバリバリ働いて、誰かの役に立ち続けること」
40歳で人生をリニューアルスタート(予定)。ライティングをはじめ、新しいことにチャレンジしながら夢に向かって猪突猛進中。

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2022-01-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.155

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