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週刊READING LIFE vol.156

私が本当に戦わないといけない相手は、あなただった~私は皆のロッキー~《週刊READING LIFE Vol.156 「自己肯定感」の扱い方》

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2022/02/08/公開
記事:大村沙織(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「戦わねばならない奴がいる」―ボクシング映画の金字塔「ロッキー」シリーズのスピンオフ「クリード 炎の宿敵」のキャッチコピー。主人公のアドニスと、アドニスの父を死に追いやったイワンの息子ヴィクターとの因縁の対決がストーリーの主軸です。アドニスはヴィクターのパンチに苦しめられ、肋骨を折られる大けがを負いながらも、何度もヴィクターに立ち向かっていきます。映画を観たのは30歳になったばかりの頃のことでした。その不屈の精神やトレーニングのシーンに感銘を受けながらも、正直私はどこか冷めていたのだと思います。
「現実でこんなに必死の思いで戦うことなど、そうそうないだろう」
しばらくは余韻に浸れましたが、それもほんの束の間。自分は映画の主人公ではないし、ドラマチックな戦いとは無縁と、そう考えていました。
あれから数年。今ではこの映画のキャッチコピーを身に沁みて感じています。私には日々、戦わねばならぬ相手がいるのです―。

 

 

 

「またやっちゃったなあ……」
深い溜息と共に、心の中で先程の上司とのやり取りを反芻します。
「甘い、甘すぎる」
見積り書を片手に、上司は言い放ちました。隣の席からかかる圧に、私は下を向くしかありません。
「このメーカー、この手のミスをするの何回目? その上納期が遅れそうとかほざいてるって? そこまでやらかしてる相手に対しての処置が『対策案を出させる』だけじゃあ甘すぎるでしょ!」
私が担当する部材のメーカーで作業ミスが起き、その対応策を上司と練っていた中で出た発言でした。「今後同じようなミスが出ないように対策させる」という私の提案に対して、厳しい口調で上司は更に言葉を被せてきます。
「会社の予算を使うんだから、相手には品質の高いものをきちっと出してもらわないと困る」
「もっと厳しい対応をして、相手にもこの部材の重要性を分からせないとだめだ」
「メーカーも甘いし、大村さんの見通しも甘い」
てっきりメーカーに対する愚痴だと思っていましたが、私に対する𠮟責でもありました。飛び火した感じを覚えましたが、私がビジネスの感覚を掴めていなかったのも事実です。謝罪をした上で、担当メーカーとは引き続き納期の交渉と、追加で価格の値下げの提案をすることで、上司とは話をつけました。相手メーカーの営業担当へのメール文面を考えながら、私は失敗を引きずり倒していました。今月に入って上司の叱責を受けたのは一度や二度では済まず、その回数は他の社員の群を抜いて多い気がするのも、きっと気のせいではないからです。私のミスが原因ですから、叱られるのは仕方のないことです。それ以上に私が落ち込む理由は、別のところにありました。私の背後の席に座るTくん。彼も先程のやり取りを聞いていたはずです。
「何も彼の前で言わなくても……」
それが私の本心でした。彼の前で恰好の悪いところを見せてしまったというのが、私の落ち込みの一番の原因でした。

 

 

 

Tくんが私の下についたのは昨年の11月のこと。私の直属の上司だった人が転勤することになり、私がこれまでその上司がやっていた業務を引き継ぐことになりました。彼は顧客対応と評価技術の開発の両方を担当していました。私も元々両方サポートをしていたので、引継ぎそのものはスムーズに進みました。
しかし顧客対応はスピード勝負で、そちらばかり対応していると技術開発が進まないという課題が見えてきました。これまで二人でやってきたものを私一人で回せるはずはなく、新しい上司が部下としてつけてくれたのがTくんでした。Tくんは私の会社生活で初めてできた直属の部下です。これまで後輩ができたことはありましたが、直接指示出しができる部下はTくんが初めてでした。Tくんは私達の部署に来て半年と日は浅く、それまでは材料の開発を担当していました。同じ部署にいながら彼とはあまり絡みがなかったのですが、Tくんの開発した材料を評価したことはありました。短期間でどのようなコンセプトでその材料を作ったかを理論的に説明できており、頭の良い子なんだなとは思っていました。
 
自分の部下となると、自ずと接する時間は増えます。そこで私はTくんの優秀さを目の当たりにすることになりました。私が半年くらいかけて覚えた装置の使い方や運用方法を、Tくんは3か月ほどで覚えてしまいました。評価技術開発の業務も、材料の開発をしていたときに身につけた知識を活かして、深い考察ができています。顧客との打ち合わせにも参画して、依頼事項にも対応しています。ゆくゆくは主担当としてお客さんとの窓口役も任されるでしょう。一言で言うと、私よりもだいぶ、いや、かなり優秀です。私がTくんに勝っているところといえば、会社にいる年数と装置運用のノウハウがあるくらいでしょうか。いつしか私は、Tくんからの下剋上を恐れるようになりました。間違いなくそこにはTくんに対する嫉妬心があり、勝手にですがTくんと戦っているような気分になっていました。Tくんもこんな頼りないのが直属の上司だなんて、嫌に違いありません。なのでTくんにはなるべく弱みや無様なところを見せたくないと、本気で思っていました。しかし現実はなかなかそうもいかず、冒頭のように情けない場面を見せることの方が(現在進行形で)多いのですが。

 

 

 

Tくんへのモヤモヤを抱えたまま、やっと迎えたある週末。週末は仕事のこと忘れて思いっきり趣味に打ち込めるので、至福の時間です。大体仕事とは関係のないセミナーの動画を観たり、本を読んだりする時間に当てています。その日も私は趣味で勉強しているライティングのセミナー動画を観ていました。そこで講師の先生のこの言葉が強く引っかかったのです。
 
「タイトルや冒頭で、読者が追いかけられるような『行き先』を示してあげましょう。普通の旅だと目的先が分かっていて、ガイドさんが旗を振って『こちらハワイ行きです』とか案内してくれるじゃないですか。でもガイドがないと、『このツアーはどこに行くんだろう?』不安になりますよね。それと同じです」
 
本来であれば自分が書く文章に対する反省をしたり、活用したりすべきなのでしょう。しかしなぜか私が思いついたのは仕事のことでした。自分がガイドとしての役割をTくんに対して果たせているのか? そんな疑問が湧いてきたのです。これまでの私はTくんに情けない姿を見せたくない、Tくんに負けたくないという気持ちで仕事をしていました。でもそれは単に自分の保身だったり、見栄やプライドを守るためだけのものではないでしょうか? Tくんのことを思った行動ができているでしょうか? Tくんのガイドとして接するのであれば、彼に対してもっとかける言葉があるはずです。たとえば今やろうとしている検討の目的を聞いたり、今の業務でもっと効率が良くなる部分がないかを聞いたりする。仕事の優先順位で何か分からないことがないかを聞く。これらの態度を通して、Tくんに対して「あなたのことを見ていますよ、気にかけていますよ」と伝えることができるはずです。私が部下の立場だったとしたら、たとえ上司が頼りなく見えていても、上司が自分に関心を寄せてくれていたら「お世話になっている上司だし、ちょっとは応援してやろうかな」と思ってしまいます。日々の信頼関係があれば、そう思ってくれるのも夢ではないかもしれません。私が戦うべきは、Tくんとではありませんでした。自分のちっぽけな自尊心や虚栄心とだったのです。

 

 

 

つい先日、Tくんと1対1で面接をする機会がありました。年度末の成績評価に向けて、これまでの彼の成果をまとめるために設けた場でした。Tくんが部下になって数ヵ月しか経っていないので、私の下についてから出した彼の成果の数はそんなに多くありません。それでも、彼がこれまで培ってきた知識が生かされているシーンは確実にありました。実際に彼が開発に関与した材料の中で、筋が良さそうなものもいくつか出てきています。そのためそれに対する感謝と、今後もその知見を活かして一緒に頑張っていこうという旨を彼に伝えました。私自身も戦う相手が自分自身だと認識してからは、Tくんのことを味方だと思えるようにもなりました。Tくんがアドニスなら、私はさながらトレーナーのロッキー。彼をサポートしてなんぼくらいの熱量を秘め、面接の中ではその想いを込めて話したつもりです。

 

 

 

Tくんが私の言葉に対してどんな感情を抱いたのかは、今の時点では定かではありません。ただ間違いなく言えるのは、私の自己肯定感が上がるのは彼を打ち負かしたときではなく、彼の成功があってこそだということです。彼の上司として私ができることは、彼を妨げることではなくサポートし、指導することです。そのことを改めて忘れないようにしたいと思います。
彼との確固たる信頼関係が築けるかどうかは、今後の私の接し方次第かなと思います。時には再びTくんの優秀さにモヤモヤする日もあるかもしれません。場合によってはTくん以外の人に嫉妬を覚えたりする可能性も否めません。それでも変なプライドが邪魔をし出したときには、自分が戦うべき相手を思い出しながら、この呪文を唱えるつもりです。
 
「私は皆のロッキー、イワンやヴィクターではない」と。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
大村沙織(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

水泳とライティングの二足の草鞋を履こうともがく、アラフォー一歩手前の会社員。

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2022-02-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.156

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