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週刊READING LIFE vol.160

会社を辞める前に、自分の名前を少しでも残したい《週刊READING LIFE Vol.160 まさか、こんな目にあうとは》


2022/03/07/公開
記事:河口真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
『私』を名乗るその人物は、繰り返し同じメールを5秒おきに送り続けている。
果たして、人物という表現が適しているのか……。生き物ともいえない。なんと表現すればいいのかもわからない。
それは、あまりにも意思がなく、冷たく、無機質で、機械的に、規則的に、淡々とメールを送り続けている。
みんなのメールボックスは『私』の名前で、どんどん埋まっていく。
一体何が起こっているのだろうか。
私は成すすべもなく呆然と立ち尽くし、パソコンの画面を見つめるしかなかった。

 

 

 

システム会社に勤めて、かれこれ17年になる。
私の会社では、システム開発以外にも、他社のセキュリティ管理もサービスとして行っている。そんなこともあって、社内のセキュリティは非常に厳しい。
全社員の端末はUSBなどの外部媒体を使って、情報を持ち出せないようになっていたり、セキュリティソフトによるウィルス監視、Webサイトの閲覧制限、その他、不要なソフトウェアをインストールすれば、社内の管理個所に通知が行くようになっている。
 
私もそんな会社の一員として、セキュリティには人一倍気を使ってきた。
不用意に添付ファイルを開かない。
不用意にメールに記載されているURLをクリックしない。
そもそも怪しいメールは開かない。
会社からの注意喚起を受け止めて、真面目に、ひたすら真面目にセキュリティ対策をしてきた。
 
 
そんな私に、思いもよらぬピンチが訪れた。
「カワグチさん、ちょっと」
手招きをされて、先輩の席に向かう。
「これ見て」
そう言われ、先輩のパソコンの画面をのぞきこむと、表示されているのはメールの画面。
 
FW:【依頼】〇〇の実施について
FW:【依頼】〇〇の実施について
FW:【依頼】〇〇の実施について
FW:【依頼】〇〇の実施について
FW:【依頼】〇〇の実施について
 
受信トレイの中を同じメールがどんどん埋めつくしていく。
途中で、違うメールが送られてきても、そのメールを食いつぶすように、メールボックスを侵食している。
 
 
そして信じがたいことに、そのメールを送信しているのは、なんと『私』だった。
あろうことか『私』は、所属している部の全員に向けて、ひたすらメールを送り続けている。
 
 
こんなメール送ってない!
それどころか、ついさっきまで、パソコンも触らず資料のチェックをしていた。
私は何もしていないのに、どういうこと!?
 
 
『私』からのメールは止まらない。
『私』は、これでもか! というくらい、しつこく同じメールを送り続けている。
自分の意思とは関係なく送られているそのメールに、得体のしれない恐怖を感じた。
 
「とりあえず、ネットワーク切ってみよっか」
呆然と立ちすくむ私に、先輩が声をかけてくれた。
 
私は慌てて、先輩に言われた通りにネットワークを切断した。
 
それでも『私』は、メールを送り続けている。
 
パニックになって、パソコンの電源も切った。
 
それでも『私』は、止まらない。
 
「なんで!? こわい、こわい、こわい」
 
 
私がパニックになっていたので、先輩が代わりに社内パソコンの問い合わせ窓口に電話をしてくれた。
「とりあえず、パソコンをもってこちらに来てくれますか?」
窓口の担当者に言われた通り、私はパソコンをもって、その部署まで走った。
 
移動中、私の頭の中で、様々な思考が駆け巡る。
ヤバイ、大変なことになった。みんな私のせいでメールが見れなくなってる。
もし、もし、もしこれが本当に私がやったことだったら……。
気づかないうちになにかしたことで、こんな事態になっていたら……。
ヤダヤダヤダヤダ!!! コンピュータウィルスであってくれ~!!
 
あんなに真面目にウィルス対策していたにもかかわらず、あろうことか、コンピュータウィルスに感染していたいと願っている自分がいた。
 
 
 
「パソコン落としても止まらないんですか?」
「そうなんです! 今も『私』がメールを送り続けてるんです!」
「パソコン落としても止まらないってことは、端末のOutlook(メールソフト)の問題とかじゃないんでしょうね。クラウドの方に何か設定したりしてませんか? PowerAutomateとかで何か作ったりとか」
 
窓口担当者はクラウド(インターネット上の環境)に自動でメールを送信する機能を作ってないですか? と言っている。
 
……クラウド? ちょっとだけ引っかかりを感じた。
そういえば、1か月前くらいに試しにPowerAutomateを触ったような気がしなくもない。
 
「いやいやいや、まさか。確かに試しに触ったような気もしますけど、試すにしてもわざわざ部全員にメールを送りつけるような、そんなバカな設定はしないはずです(と願いたい)!」
 
窓口担当者が、私のクラウド上にあるPowerAutomateを見てみると、1つだけプログラムが存在した。
 
おい、おい、おい、おい、なんだそれは……。なんで、そんなとこにプログラムがあるの!?
冗談でしょ!? 私なにしてくれちゃってんのーーー!!!!
 
 
「これ、削除してみてもいいですか?」
「そんなもの抹消しちゃってください」
窓口担当者が、プログラムを削除すると、『私』は停止した。
 
 
窓口担当者とのやりとりで、少しずつ記憶がよみがえってくる。
1か月ほど前、定例的な雑用を自動化しようと、PowerAutomateを使ってみた覚えがある。
PowerAutomateは、Microsoft社のツールで、ゴリゴリにプログラミングしなくても、パズルを組み立てるように簡単にパソコン処理の自動化ができる。
「なんだ、これ、面白いじゃん!」とお遊び半分で、いろいろと試していた記憶はある。
 
「試すにしてもわざわざ部全員にメールを送りつけるような、そんなバカな設定はしないはずです!」
 
あろうことか、私は“そんなバカな設定”をしていた。
たまたまその処理に入れていた条件が合致して、今回プログラムが発動してしまったようだった。
 
「うぅ~やっぱり私が犯人だったんですか~。いやだ~事務所に戻りたくない! 事務所戻って、みんなに私が犯人でしたって言いたくないです~」
「大丈夫ですよ。頑張って自動化しようとしてたんですよね。みんな責めたりしないですよ」
原因を発見してくれた窓口担当者は、優しく励ましてくれた。
 
 
 
問題はここからだ。
停止したメールを見て、みんなは解決したことに気づいただろう。
となれば、知りたいのは原因のはず。
 
犯人は、私だった。
今から戻って、迷惑をかけたみんなに事情を説明しなければならない。
 
 
自分の事務所へ戻る途中で、いったん、トイレに逃げ込み、頭を抱える。
 
どの面下げて、私がやったことでしたって言える?
逃げ出したい!
このまま家に帰りたい!
消え去りたい!
時を戻したい!
ってか、もうメール止まったから、解決でよくない?
いやいやいやいや、だめやろ。
今までの社会人人生で送ったメールを、はるかに超える量を40分で送ってしまった。
何事もなかったように「解決しました!」では済まされんやろ。
 
いっそのこと、本当にウィルスならよかったのに……。
おっ! それだ! このままウィルスのせいだったってことにしてもバレないんじゃ?
いかん! いかん! ウィルスはだめやん!
 
頭の中で、白い天使と黒い悪魔が、口論している。
さんざん葛藤した結果、そこにあるのは、この状況から逃げられないという現実だけだった。
いつまでもトイレにこもってるわけにはいかない。
 
 
人間、ピンチになるとありとあらゆる方法で乗り切ろうとする。
 
私は自席に戻り、助けてくれた先輩に謝罪した後、部全員に対しお詫びのメールを作成し始めた。
ネットでお詫び文章のサンプルを調べ、メールの本文を作っていく。
当然ながら私のような事例はないので、参考になりそうな部分だけを切り取る。
今回の事象の原因なんて書こう……
自分が作ったポンコツプログラムの説明は、できるだけソフトにごまかしたい。
あのとき、お詫びメールの本文をライティングゼミでフィードバックしてもらえたらどれだけよかっただろうか。
「ねぇ、ちょっとこれ見てくれん?」
仕方がないので、作ったメールの本文は、隣に座っていた新入社員にレビューをお願いした。もう、先輩の威厳とか、そんなものはどうでもよかった。
 
「いいと思います!」
無事に合格できた。あとは送信するだけ。
送信ボタンを押すのが怖くてたまらない。
「んーーーー!」と息を止めながら、やっとの思いで送信する。
 
 
そして立ち上がり、広いフロアに散らばっている社員ひとりひとりに頭を下げて回った。
「びっくりしたよ~、あれなんだったの?」
「ウィルスかと思ったよ! 違っててよかったね」
「すごかったよね~笑」
幸いにも誰一人怒ったり、文句をいったりする人がいなかったので、ほっとした。
こうして事件は無事解決した。
 
 
私はもうすぐ会社を退職する。
今までたくさんのプロジェクトに参加してきて、関わっていたプロジェクトが表彰されたことは何度かあった。でも、私個人として名前を残したことは、何ひとつない。
在籍しているうちに、ひとつでも名前が残るような仕事ができれば……そんな風に思っていた。
 
私が送ったメールは、60名×480通=計28800通。
 
まさか、たった一日でこんなにも自分の名前を残すことになるとは。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
河口真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県在住。システムエンジニアとしてIT企業に17年間勤務。
夢は「おばあちゃんになってもバリバリ働いて、誰かの役に立ち続けること」
40歳で人生をリニューアルスタート(予定)。ライティングをはじめ、新しいことにチャレンジしながら夢に向かって猪突猛進中。

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2022-03-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.160

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