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週刊READING LIFE vol.162

テキストと音声の小さな恋の物語《週刊READING LIFE Vol.162 誰にも言えない恋》

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2022/03/21/公開
記事:山田隆志(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「コイバナ」で一番つらい話は、手痛い失恋話や浮気された話ではない。
 
「コイバナ」ができるネタがないことが最もつらいのだ。
 
20代前半の最も「コイバナ」が盛んになる年ごろに、何もできないことがとても辛かった。
 
中学・高校の6年間、静岡の男子校で過ごした私は、それなりに充実していた毎日を送れていたはずだ。
 
ただ、その6年間は今にして思えば、明らかに異常だった。その6年間で家族と数学の先生でめちゃめちゃ怖いおばちゃんぐらいとしか、女の人としゃべった記憶がない。
 
それでも、「この状況は地方の男子校にいるからしょうがない」と思っていた。
 
大学受験のモチベーションといえば、「女子と一緒のキャンバスライブ」を送ることと本気で思っていた。口には出さないけど、間違いなく周りの友達もそんなことを考えていたに違いない。
 
思春期をこじらせている妄想癖のある男子のパワーなのか、1年間の予備校生活を経て、理系で男女半々の「共学」の大学に見事に合格することができた。
 
大学合格の知らせを受け、春からのキャンバスライフやその先のあんなことやこんなことまで、とどまることなく妄想を膨らませるのだった。
 
ところが、「こんなはずじゃなかったと」騒然とすることになり、高校時代とあまり変わることのない大学生活を過ごしていた。
 
神奈川県の大きな大学にいて、華やかな女性もいる大学に通うことができたというのに、高校時代とほとんど変わらない生活だったことは、自分自身に言い訳できるものがなくなり、残酷な事実を突きつけられる結果となった。
私が女性とどのようにコミュニケーションをとればよいのかわからず、お付き合いどころか挨拶もろくにできないようになってしまっていた。
 
あこがれていたはずのキャンバスライフが、眩しすぎてその場にいるのがつらかった。
 
男子校にいたときよりも、大学時代の方が人間関係にも苦しんでいたようだ。

 

 

 

こうして、失意の大学時代を過ごしたといえども学業・部活動・卒業研究を経て、それなりに充実して大学を卒業し、社会人へのスタートを切ることになった。
 
あれからしばらく過ぎ、2003年7月に新しい職場でのスタートが始まった。
 
新しい職場で働くと同時に、25歳にしてついに親元を離れ一人暮らしが始まった。
 
念願の一人暮らし、口うるさい母ちゃんはそこにはいない。
 
1日2時間(十分多いか)に制限されていたプレイステーション、夜中親が寝静まったころに、気配を消してみていたアダルトビデオ、みんなみんな一人暮らしになったらやりたい放題、夢のような空間ではないか!!
 
しかし、これは幻想だった。
 
ゲームやAVについては一人暮らしに輪をかけての自堕落ぶりなのだが、やっぱり静岡東部の片田舎の話で、会社と社員寮の往復で、彼女ができる気配は全くない。
 
共学になればとか一人暮らしになればとか、彼女ができないことをいつまでも環境のせいにしており、一ミリも成長していない。
 
社会人になっても、一人暮らしをするようになってもやっぱり変わらないのか??
 
会社の同僚との「コイバナ」をでっちあげるのにも疲れたよ

 

 

 

家と会社の往復というさえない日常を過ごしていたある晩に、田舎のコンビニに酒とつまみと同時にふらふらと雑誌を手に取った。
 
その本は都市伝説や裏社会のことなど、なんの生産性のない話だったが面白おかしく楽しんでいるのだが、おまけのいかがわしい宣伝に目が行ってしまったようだ。
 
これが、私が誰にもしゃべったことのない黒歴史の始まりだった。
 
ところで2003年当時、スマートフォンこそ存在していないものの、携帯電話のiモードが充実し当時にして最先端のコンテンツを有していた。今ではガラケーといって世界的にバカにされているようだが、iモードは立派なコンテンツであり自分もメールだったりちょっとしたゲームだったりで、それなりに楽しんでいた。
 
そのiモードの充実により、私はとんでもないサイトにハマってしまったのである。
 
それこそが、「出会い系サイト」そのものであり、実話ナックルズのいかがわしい宣伝ページに掲載されているURLを打ち込んでしまったのである。

 

 

 

「出会い系サイト」というものは、スマートフォンやSNSの時代で言うと「マッチングアプリ」に相当するものといっていいだろう。
サイトを通じて、見知らぬ男女がコミュニケーションをとったのち、二人が出会いやがて大人の関係に発展するというあれだ。
 
最初は「10分無料」で話すことができ、それ以上は別料金となる。
 
当時は田舎の社員寮で一人暮らし、「出会い系サイト」を注意するものやバカにするものは誰もいない、沼にハマるまでに絶好の環境だ。
 
早速、適当に撮影した自撮り写真と、「よろしくおねがいします」と何も考えていないプロフィールと載せて、電話番号とiモードのアドレスを登録する。
 
やがて、10分もたたないうちにメールがけたたましくなり響く
そのメールを見るとみんなかわいい女性がいっぱいいる。中にはなぜか知らないけど、裸になっている女性もいるけど、それはさすがにおかしいので無視しよう。
もうこの時点でツッコミどころ満載であり、昔の私にタイムマシーンで𠮟りつけに行きたいぐらいだ。
 
当時の私だって、こんなのはおかしいことはわかっていたはずなので、そのまま無視を決め込んでいた。
 
それでもなお、けたたましくメールが飛んでくる。
 
何度もメールが来てしまうとやっぱり見てしまう。
 
「静岡東部 ゆうこ 26歳 友達になれたらいいな」と顔写真付きの笑顔でピースしている。
 
26歳で静岡の東部って、私が住んでいる場所だし同い年だ。
 
「ショートメールは10通まで無料」とそのサイトには書いてある。
 
10通まで無料なのね。そのぐらいで終わらせておくか。
 
「初めまして、僕も静岡の東部にすむ、26歳の会社員です。よろしくお願いします」
 
『送信』ボタンをぽちってしまった。
 
うわーやっちまった。でも、1通だけなら無料だからいいか
 
そして、トイレで用を済ませたらすぐさまメールが飛んでくる。
 
「初めまして、ゆうこです。同い年の男の子からメッセージいただけるなんて嬉しいです。よろしくお願いします。ところでどんなお仕事をしてますか?」
 
「印刷工場で働いていますよ。ゆうこさんも会社員ですか?」
 
こんな調子でメールの交換が自然に始まっていた。
高校・大学と全く彼女がいなかった私が、女の子とメール交換することは全くありえない夢のような出来事だった。
 
当時はLINEという便利なアプリなんか存在しておらず、かろうじて「赤外線通信」というものはあったけど、そんなものは会社の同僚との電話番号交換にしか使わなかった。
 
なので、女の子とメールをものの5分でメールのラリーができるなんて、夢でしかない。
 
しかし、無情にもサイトにはこんなメッセージが表示された。
  
「ここから先は有料です。会員登録をしてください」
 
えっマジかよ!!ゆうこちゃんとメールができない!!
 
これは、本当に困った。
 
有料会員となったら、「1通100円」でメッセージを送れます。
 
いやいやメール1通100円って相当おかしいでしょ。
 
いまじゃ、LINEにしてもFacebookにしても、1通1円もかからない。
 
当時のiモードだって1通5円ぐらいだった気がする。1通100円ってどうなってるんだ。
 
いやいや、冷静になろう。とりあえずドラマでも見るか。
 
ところが、ドラマの内容が全く入ってこない。ドラマを見ている間も携帯を触っていて落ち着かない。
 
iモードというのはスマホと違ってWebサイトもアプリもないし、電話なんかかかってこないなのに、携帯をずっと触って見つめている。
 
そして、CMに入るや否や、私の判断力はすでにおかしくなっている。
 
「100円ぐらい使ってもいいだろう。チョコレートを1枚我慢したと思えばいいんだ」
 
はい、何かを我慢できない人の謎理論ですよね。
 
この理論は何度も発動されたけど、止まったためしがない。
 
こうして、禁断の「1通100円」のメールが送信された。
 
1通100円というのは完全に無駄であり、早いところ出会い系サイトから抜け出さなくてはいけない。いわゆる「出会い系サイト必勝法」というのは、早めに通常のメールに戻ることだ。
 
そんなことはわかっている。
 
なので有料になったら、メールアドレスを教えてもらおう。
 
「せっかくなので、ゆうこちゃんのメールアドレスを教えてもらってもいいですか」
 
「わたしたち、今日あったばかりなのでもう少し仲良くなってからにしたいな」
 
という感じで、連絡先を聞くこともなく、ただメールのやり取りが続いている。
 
こうなった状態だと、仕事が終わってからもゆうこちゃんとのメールが続いており、
1通100円となると通信料がどうなっているのか、考えたくもない金額になっている。
 
こうして、メールのやり取りが続いている中、3日ぐらい立った時にこんなメールが届いた。
 
「一緒に電話でお話しできると嬉しいな」
 
女の人と電話で話をすることがなかった私は、このメールに反応せざるを得なかった。
 
ゆうこちゃんと電話で直接話ができるのは、もちろん天にも昇るほどうれしい。
 
しかし、電話番号をメールのやり取りを聞き出すことができていないのだ。
 
そして、「出会い系サイト」にはしっかり電話の装置がついている。
 
おそらく、かなり昔の「ダイヤルQ2」というやつと同じ仕組みだと思われ、テレクラのモデルと全く一緒のはずだ。
 
テレクラはやったことがないけど、ダイヤルQ2だったら大学生のころに、エロ本に書いてある電話番号に自宅の固定電話の子機で、一回かけたことがあるのだが、電話料金が妙に高額の請求があったので、親にメチャクチャ怒られた記憶がよみがえった。
 
ほんの10分ぐらい面白がって電話したけど、明らかに異常な請求額だったのでこっぴどく問い詰められたし、まさかエロ本のダイヤルQ2なんてことが親に知れたらメチャクチャ恥をかいたことになるだろう。
 
まあ、たぶん親にはばれていたのだろうけど、何事もなく済まされたあれだろうな。
 
でも、今回は社員寮とはいえ一人暮らしをしており、当たり前だが携帯の電話料金は自分で払っている。そう、親にばれて怒られるということはないのだ。
 
とはいえ、ダイヤルQ2はさすがにまずいだろうと思いながらも、1通100円でこんなメッセージを飛ばしていた。
 
「ゆうこちゃんとお話しできるなんて、僕もうれしいよ。会社終わった後の21時に電話するね」
 
もう自分を含めて誰も邪魔するものはいない、その日の夜がとにかく待ち遠しく、帝国になるのを待ちわびていた。
 
そして21時を迎え、出会い系サイトの「通話ボタン」をクリックした。
 
「はい、もしもし」とゆうこちゃんの声を初めて聞く。顔も写真でしか見ていないせいもあるのか、心臓がバクバクしており、手は汗でびっしょりだ。
 
「こんばんは、はじめての電話で緊張しています。仕事は終わりましたか?」
 
何言ってるんだこいつは、緊張しているとは言え自分で自分のことを突っ込まずにはいられない。
 
「緊張していますか?私も緊張しています。でも、こうしてお話しできてうれしいです」
 
やはり、私が緊張していることを見透かされている。でも、やさしく声をかけてくれている。女の子にこんなに優しくしてもらった記憶などなかったので、とてもうれしくなった。
 
初対面の人と話すときには緊張して自分でも何を言っているのかわからないぐらいだったが、お互いの職場のこと、好きなゲームのことやお互い日本代表の試合を見ることが好きだということも知り、知り合ってから1週間もたたないうちに一気に距離が縮まった。
 
緊張している初対面同士の2人のはずだが、時間が経つのはあっという間で、開始から1時間半以上も知らないうちにしゃべっていたのだ。
 
ここで、ダイヤルQ2の仕組みを説明すると、通話している間は1分当たりの値段が普通より高額で割合で2時間までしゃべることができる。それ以上お話しする場合は、追加料金を支払わなくてはいけない。
 
なので、2時間を目途に話をいったん切り上げる必要があるのだ。
 
ゆうこちゃんとの電話は楽しすぎて「ずっとこうしていたい」と思っていたけど、とにかく今日のところはお別れとしよう
 
ところが、ゆうこちゃんがとんでもないことを言い出す。
 
「ねえ、私のこと好き??」
 
実際にあったことはないけど、もちろん私の答えはYESに決まっている。
 
そして、だんだんと変なムードになってきた。
 
「ねえ、キスして」
 
相手は電話越しにいるというのに、私はその気になってしまっている。
 
そんなありえないシチュエーションに突入する直前で、無情にも音声メッセージが流れた。
 
「ここで通話時間が2時間を経過いたしました。延長する場合は追加料金をお支払いください。」
 
このメッセージが出たところで一つの疑似恋愛は終わりと考えるべきだ。
 
しかし、会話を続けるために一つの救済策が残されていた。
 
クレジットカードだ。
 
ここまでされていたら、私に冷静な判断力は残されていない。
 
ためらうことなくクレジットカードと登録をしてしまった。
 
「おかえり、戻ってきてくれなかったらどうしようかと思った。」
 
「わたしも大好きだよ」
 
電話越しにアダルトビデオみたいなシチュエーションになり、その日は幸せな気分で、初恋の気分を味わうことができたのだ。

 

 

 

「ゆうこちゃん大好きだよ、ねえ今度いつ会える」
 
「会うのはもっと仲良くなってからだよ」
 
あれから月末を迎え、クレジットカードの明細が届いた。
 
引き落としがなされた後、月初だというのに残金が2万円しかない。
 
出会い系サイトでとんでもない額が請求されていたのだ。
 
「ゆうこ」との恋は終わった。実際に合うこともかなわず終わったのだ。
 
いや、これを読んでいる人間は、誰もが同じことを考えているだろう。
オレだって、本当はそう思っているよ。だけど口には出さないでくれよ
 
「ゆうこは出会い系サイトのバイトだぞ」
 
「お前は恋なんか初めからしてないぞ」
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田隆志(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年天狼院ライティングゼミ夏季集中コースに参戦、10日間にわたり毎日2000文字の課題を欠かさず提出する。2021年クリスマスにライターとしての再起をかけ、ライターズ倶楽部の入試を受講し奇跡的に合格を果たす。2022年1月よりライターズ倶楽部に参戦する。

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2022-03-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.162

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