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週刊READING LIFE vol.162

この想いは墓場まで持っていく《週刊READING LIFE Vol.162 誰にも言えない恋》


2022/03/21/公開
記事:川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
会社に仲の良い先輩がいる。
私が現在勤めている会社に中途採用で入社したときに、教育係としてついてくれた人だ。
3つ年上で、先輩は当時入社3年目だったと思う。
 
第一印象は、あまりよくなかった。
人見知りなのか、無愛想なのか、私を冷たくあしらうことが多かった。
「仕事教えてください」と言っても、「その本読んどいてください」と言われ、放置されることがほとんどだった。
「本は家帰って読むので、今しかできない仕事教えてください」とつっかかると、ものすごく困った顔をして仕方なく名刺の整理を依頼してくれた。
 
お願いされた名刺整理をしていると、「あみ」やら「りんこ」やらと書いてあるピンクの名刺が出てきた。絶対仕事のやつじゃないやん。
「……あの、これどうしたらいいですか」と聞くと、ものすごい勢いで「あみ」と「りんこ」を破り捨てて「先輩の威厳が……」とへこんでいた。あの無愛想さは、威厳を保ちたかったがゆえだったらしい。
 
入社から半年以上経ち、「飲みに行こっか」と誘われ、飲みに連れて行ってもらった。以降は定期的に仕事終わりに居酒屋か焼肉屋に行き、昼休みにはスタバに行ってフラペチーノを飲んでいた。
 
居酒屋では好きなものを好きなだけオーダーさせてくれるし、焼肉屋は私がお店を選ぶと安い食べ放題のところしか見つけてこないので、先輩自らお高めのコースがあるお店を探して連れて行ってくれるし、スタバはケーキも食べていいよと一緒に注文してくれる。
 
先輩が北海道の出張に行くと聞けば「じゃがポックルが食べたいなー」と言い、仙台に行くときは「スタバのご当地タンブラー集めてるんですよねー」と言い、誕生日前には「スマブラが欲しいなー」と言う。我ながら結構なワガママな気もするが、もちろんすべて冗談半分で言っている。ましてやスマブラなんて、後輩の誕生日プレゼントとしてあげるにはちょっと額が高いような気がする。でも、先輩は全部「はい、どうぞ」と言って私に渡してきた。
スマブラが出てきたときは、さすがに周りの上司や同僚たちは引いていた。自分で言っておきながら、私も引いていた。
 
年齢的にはお兄ちゃんのような存在と言うべきかもしれないが、その甘やかし具合からお父さんみたいな存在と言った方がしっくりくるような気がしていた。
お父さんみたいな存在と言いながらも、歳は3つ上なだけだし、見た目も悪くない。嵐の二宮くんの目をちょっと切れ長にした感じだ。体格もガッチリしていて男性らしいし、仕事もできるし、話していて楽しいし、めちゃくちゃ甘やかしてくれるし、普通に考えて好意は持ってしまうよね、と思う。
 
少女漫画やドラマの設定でも、ありがちではあるがよく見かける設定じゃないか。
新しい会社で働くことになって教育係についてくれた先輩が、最初は無愛想で感じ悪かったけれど、だんだん心を開いてくれて仲良くなって、みたいな。そういう設定、よくあるじゃないか。
 
でも私と先輩は、絶対にそうはならない。
私は絶対に、先輩を異性として好きにはならない。
というか、好きになってはいけない。
それはなぜか。先輩が既婚者だからだ。
 
先輩は学生の時に結婚していて、奥さんと3人の子どもがいる。
なんだかんだ言いながらも家庭仲は良好なのだなぁと、話を聞いていて思う。
だからいくら私とご飯に行っているからと言っても、めちゃくちゃ甘やかしていると言っても、変な空気になったことはないし、超えてはいけない一線を越えたことは一切ない。
 
2021年初冬、私と先輩は仕事終わりに飲みに行った。
3時間ほど飲んで、そろそろお店の閉店時間が迫っていた。私たちも帰りましょうか、と席を立とうとしたその時だった。
 
「この店出たら、ハグしません?」
 
……は?
何を言い出すんだこの人は。
 
「いや、無理です。絶対嫌です」
「いや、無理じゃないし嫌じゃない。ハグしよう」
「いやだから、嫌ですってば、しつこいな」
 
「……すみません、そろそろ閉店時間なので……」と、アルバイトらしき女の子が、気まずそうに声をかけてくる。私たちは店を出て、駅まで歩きだした。
 
交番の前になると、先輩は足を止めて「交番の前だから変なことしませんよ。だからハグしよ」と両手を広げてしつこく言ってきた。「いや、しつこいなぁ」と思わず口から出てしまった。
 
そこから交番の前で押し問答が続き、道行く居酒屋帰りのサラリーマンたちに冷ややかな目で見られる。ああ、いま私たちは、傍から見たら「いまここでハグをするかしないか」と言い争っているバカップルにでも見えているんだろうか……と思うと、少し悲しくなった。と同時に、もうハグしてしまった方が早く帰れるんじゃないか? との思いも出てきた。
 
うんうん一人で考えていると、痺れを切らした先輩に腕を引っ張られてしまい、私はそのまま先輩の胸にダイブしてしまった。ああ、久しぶりの人肌だなぁ……じゃねーよ、私。この状況、誰かに見られたらまずいじゃないか。
 
ハグくらい海外では挨拶みたいなもんだよ、別にいいじゃない、と思う人もいうだろう。だがしかし、ここは日本だ。ハグは挨拶ではないし、挨拶みたいなもんでもない。恋人でもない異性と、そうそうするものではない。しかも、夜とはいえ、こんな道端で堂々と。
そして先輩のハグの力が強すぎる。ときめかない。もはや絞め技。そして時間も長い。体感時間で2分くらいだっただろうか。恋人でもない異性(しかも既婚者というリスクあり)に道端で2分も抱きしめられているこの状況。
 
……なんだこれは。
なんだこれは!!!!
 
体感時間2分の末、私は解放された。
正直どんな顔をすればいいのかわからなかったし、早く帰りたかったけれど「アイスが食べたい」と言う先輩に強制連行され、コンビニへ連れて行かれた。アイスを買ってもらい、サークル帰りの大学生のように、駅前の植え込みに二人並んで座り込んで、寒いけどアイスを食べた。食べながら、先輩が喋り出した。
 
「お前もさー、いつかは結婚するんよねー」
 
先輩はいつも、私の彼氏の有無や、結婚について心配してくれている。
それこそ本当の父親以上に心配している気がする。
アプリやったらいいとか、誰かに紹介してもらえないのかとか、かと思えば、バーで出会う男はあかん! と謎の制限をかけてきたりする。
 
「あー、まぁ願望はあるんで、いつかはしたいですねー」
「そっかー。……なんか、僕、お前が結婚したら、その結婚相手に負けた気になる」
 
……は?
 
「……どういうことですか?」
「だから、お前の結婚相手に負けた気になる」
「いや、それは聞こえてますが。どういう意味ですか?」
「どういう意味って……そのままですけど」
 
…………は???
 
頭がパンクしそうになったので、終電なんてまだ間に合っていたけれど、「あ、終電の時間だ~!」と無駄に明るく言い、無理やり解散した。4年間、変な空気になったことなかったのに、初めてちょっと変な空気になってしまった。その空気に耐えられなかったのと、あれ以上先輩につっこんで聞くのが怖かった。この今の関係性は、絶対に崩したくなかった。
 
それでも数日間、この数時間の出来事が頭から離れなくて、「あのハグと最後の言葉の意味はなんだったんだろうか」と考えてしまっていた。今までのこの4年間、何事もなく平和だったのに、あの数時間はなんだったんだろうか。
 
と同時に、「先輩が既婚者じゃなかったらな」とも思ってしまう。
既婚者じゃなかったら、少女漫画やドラマのように上手くはいかないかもしれないし、ハッピーエンドにもならないかもしれない。たまにデリカシーのないことや無神経なことを言ってくるけれど、いつもそのうち仲良しの先輩後輩に戻っている。波長やリズムがこんなに合う人は、大人になってから探そうにもなかなか見つからないものだ。
 
もし先輩が既婚者じゃなかったら、好きになっていたのかなぁ。
 
あれから4カ月くらい経った。
私と先輩は今も同じ会社で働ているし、たまに仕事の合間に息抜きでプリンを一緒に食べたりする。4カ月前と何も関係性は変わっていないし、特に何も起こっていない。
 
不倫というリスクを冒してまで、先輩とそういう関係になりたいとは思わない。
先輩に家族がいることは入社したときからわかっているし、それを崩壊させてまで、家族から先輩を奪ってまで、先輩のことが好きで好きでたまらないかといわれると、そんなことはない。
「不倫はダメだ!」という考えが私の根本にありすぎて、そもそもそういう対象で、本気で先輩を見たことがないからというのも大いにあると思う。
もちろん先輩としては慕っていて大好きなのに変わりはないが、それは恋愛対象としてかと言われると、なんかちょっと違う気がする。私は異性愛者なので、先輩が同性だったらそんなに悩むこともなかったかもしれないが。難しいなぁ。
 
「先輩が既婚者じゃなかったらな」
こんなことが頭に浮かぶ時点で、これは恋なのかもしれない。
いや、本当に恋なのか? そうなのか?
もはや恋ってなんだ? 好きってなんだ?
何がどうなれば「好き」ってことになるんだ?
 
考え出したらグルグルと止まらなくなってしまう。
こうして拗らせ女は作り上げられていくのかもしれない。
そしてこうして先輩についてグルグル頭を巡らせてしまっている時点で、私はなんだかんだ言っても、先輩のこと好きなんだろうなぁ、と思う。
この想いは、墓場まで持っていくのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

兵庫県生まれ。大阪府在住。
自己肯定感を上げたいと思っている、自己肯定感低めのアラサー女。大阪府内のメーカーで営業職として働く。2021年10月、天狼院書店のライティング・ゼミに参加。2022年1月からライターズ倶楽部に参加。文章を書く楽しさを知り、懐事情と相談しながらあらゆる講座に申し込む。

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2022-03-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.162

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