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週刊READING LIFE vol.162

きれいなだけじゃだめですか。《週刊READING LIFE Vol.162 誰にも言えない恋》


2022/03/21/公開
記事:いむはた(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
花言葉は「優美」「愛らしい」そして「官能的」という言葉さえ……
 
その香りをかぐたび、私には思い出さずにいられない一人の女性がいるのです。長い髪にすらりとした手足、絶やすことのない優しくて涼しげな笑顔。そして、その姿からは想像もできない甘美な、濃厚な香りさえ感じさせるあの声。あぁ、彼女はまさに、あの白い花。可憐な姿からは思いも及ばない妖艶な、同時に爽快な香りを放つあの白い花。そう、彼女の名は、ジャスミン。灰色の日々を送っていた私の日々に、生きる意味を教えてくれたのは彼女だったのです。
 
それは、いまから、もう10年以上前の話、私がフランス系企業の東京支店で働いていた頃の話です。
 
C’est très bien (セ・トレビヤン フランス語 意味 – すばらしい) 会社に着き、最初に開いたメールはこの言葉で始まっていました。メールは、私の上司、フランス人経理部長から送られたものでした。「素晴らしい仕事だったよ。君なら絶対やれると思っていた。私は君の才能をずっと信じていたからね」メールはそう続いていました。
 
あて先は、東京支店全員。それに加えてパリ本店のお偉方も入っています。送信時間は昨日の夜。なるほど、この時間に送れば東京だけでなく、パリ本店の人たちも、朝一番でこのメールを開くことになるだろう。ここまでやるのがフランス流か。これですっかり有名人だな。
 
「いつかまた、君と一緒にパリで仕事が出きたら、私は最高に幸せだ」最後は、こんな風に締めくくられていました。ここまで書いてもらえたなら、読んでいる方も幸せです。
 
よほどの仕事したのでしょうね。いやいや、あなたの自慢話など結構です。そんな声が聞こえてきそうですね。でも、違うのです。このメール、私宛に書かれたわけではないのです。私は東京支店のワンオブゼム、その他大勢のうちの一人。「彼女」の功績を見せつけられている一人にすぎないのです。私はと言えば、そんな彼女の活躍を苦々しい思いで眺めているだけでした。地方の会計事務所から転職してきたのはいいものの、私は自分の居場所を見つけられないままでした。
 
そんな私の羨望のまなざしの先にいる「彼女」というのが、上海出身のジャスミンでした。その容姿は、170センチの長身にすらりと長い手足、腰まである真っ黒なストレートヘアーに、切れ長の涼しげな目元。まさに欧米人好みのアジア人といった姿で、数々の浮名をほしいままにしていました。真偽のほどはわかりませんが、妻子ある人と、人には言えないような関係になることもあったとか、なかったとか。
 
ただ、このジャスミン、感心するのは、その容姿だけではありません。彼女の本当の凄みは、人によって使い分けるその態度。相手に応じたその豹変ぶり。こいつは、自分の役に立つ、自分の力になってくれるやつだとみなせば、甘い声で「わたし、これ、わからない。あなたの力が必要なの」 頼られた欧米人は、一発でノックアウト、好きにならずにはいられないという有様なのです。
 
私のフランス人上司も彼女の虜になってしまったうちの一人。今朝のメールも、大好きでたまらないジャスミンの功績を、日本支店だけでは物足りない、パリ本店にまで知らしめるためにと送ったものなのです。
 
まったく男というものは、悲しい生き物です。ジャスミンに手玉に取られて、かわいい声とて、自分だけに向けられたものではないと知っていながら、どこかでワンチャンあるのでは、きっとそんな思いが切り捨てられず、なんてまったく情けない限りです。
 
それに、このジャスミンとて、決して褒められたものではありません。人に認められたいのなら、出世をしたいのなら、猫なで声など使わずに、きちんと仕事で成果をあげろと言いたくもなってしまいます。それを自分の魅力を使って、自分のことを気に入りそうな上司に取り入って、どんどんと偉くなってなど、小賢しいというのか、卑怯というのかと思った時に、ハタと考えさせられたのです。彼女のやり方は、本当に卑怯なのだろうかと。
 
ジャスミンが東京にやってきたのは、私が転職してから1年も過ぎた頃だったでしょうか。海外で多くの経験を積みたいと、上海支店からの異動を希望したところ、配属されたのが東京支店の経理部いうことでした。初めて会った時の印象は、笑顔が涼しげな女性だなといった程度、その後、私が思いを寄せることになるなどと、思うようなタイプではありませんでした。
 
ただ、その後のジャスミンが強烈でした。というのも、東京に来たばかりの頃の彼女は、全くと言っていいほど仕事ができなかったのです。それは、上海では一体なにをしていたの、と言いたくなるほど。彼女との仕事は勘弁してほしい、そんな声があちこちで聞こえてきました。
 
私もそのうちの一人だったことは言うまでもないでしょう。彼女に説明したところで時間無駄。どうせ理解できないのだからと、なるべく関わりを持たないように、避けるように仕事をしていました。そして、そんな社内の雰囲気が、ジャスミンに伝わらないはずはありません。次第に彼女の表情が曇っていきました。
 
ただ、同時に私は、こんな風に思っていたのも事実です。ジャスミン、この子は相当タフだな、と。
 
というのは、彼女、とにかくめげない、諦めないのです。どんなに周囲の人にあきれられても、笑顔を絶やさず、質問を重ね続けていたのです。質問内容は、本当に基本的なことばかり、あまりの的外れな質問に、お前、こんなことをも知らないのか、と露骨に嫌な顔をされることもしばしば。中には、ジャスミンが話しかけても、完全に無視をする人もいたほどです。
 
それでも、諦めずに、しつこく、どんなに冷たくあしらわれても、笑顔を浮かべ、教えてくださいと質問を繰り返していると、少しずつですけど、ジャスミンの質問に答えてくれる人が出てきました。とは言え、ジャスミンの理解力が一気に上がるはずもありません。彼女の質問に対する回答が増えた分だけ、全くかみ合わないやり取りも。その分増え、相手のため息が聞こえていることも、という日々が続きました。ただ、それでも、諦めないのがジャスミンです。今日は、わからなくて、ごめんなさい。考えて、明日、また戻ってきますと、笑顔で去っていくのです。
 
そんな風にして過ごしているうちに、次第に彼女と彼女の周りに変化が起きてきたのです。ジャスミンの質問がだんだんと的を射たものになっていったのです。そして、空回りしていた相手のとのやり取りも、お互いが同じ場所を見て話をしている、君の意見はそうなんだ、でも、私の意見はそうじゃない、といった議論ができるようになっていったのです。彼女の中で、断片的だった情報が、まさに点と点がつながって、線になっていったのです。それと歩調を合わせるように、彼女と周囲を人間をつなぐ線もはっきりとしたものになっていきました。
 
すると輝いてきたのは彼女のその容姿。すらっとした立ち姿、切れ長の目は、自信をつけ始めてきた彼女の姿を、より一層際立たせました。かと言って、威圧感はありません。涼しげな笑顔が安心感を与えくれるのです。そして、そこから発せられるのが、あの甘い声。でも、そこには媚びるような匂いはありません。私にはわからないことがある。だから、あなたの力を必要としてるの、あくまで率直に、そして誠実に訴えてくるのです。
 
そんな態度をみれば、当然ながら、彼女のサポートをする人は、ますます増えていくばかり。粘り強くて、率直で、誠実、それだけでも充分、魅力的なうえに、容姿は抜群となれば、誰だって、たとえ男でなくなって、支えてあげたい、一緒に仕事して成長させてあげたいと思うのは、全く自然の流れだったのです。
 
そうなのです。ジャスミンは、決して卑怯なことをしていたわけでないのです。それどころか、自分が持っていないものを素直に認め、その上で、それを補うために、自分の持っているものを最大限に生かそうとしていただけなのです。それは、私の周りにいた人たちと何も変わることのない姿でした。
 
社歴30年、難しいことは全然わからないけれど、海外への送金となれば、どこの銀行の誰に頼ればいいのか、おれは全部知っているから任せておけと、そのスキルだけで生きているおっさんもいました。そうかと思えば、英語ネイティブでも聞き取るのに苦労するインド人英語に抜群の強みを発揮するおばさん。たとえ仕事はできなくても、インド人との会議となれば、誰もが彼女を頼らざるをえませんでした。
 
そこでは、誰もかれもが、自分の強みを発揮して、何とか生き残ろうと必死でした。営業、企画、そんな花形部署ではなくとも、自分色の花を咲かせてやると、自ら土をかき分け、顔を出し、水をかけろ、陽に当たらせろと主張をしていたのです。誰かが雑草を抜いてくれたら、誰かが肥料をくれたら、と待っている人などはいないのです。
 
ジャスミンとて、それは全く同じです。海外から単身、東京にやって来て、誰も知っている人もいない、仕事は全く分からない、そんな状況の中、自分の持っているもの、すべてを利用して、自分で自分を賄っていこうとしているだけなのです。彼女の持っている武器が、たまたま、人を惹きつける容姿や甘い声だったりしただけなのです。
 
そして、その強みを活かすためにと、彼女の取った方法が、どんなに冷たい目にあったとしても、自分から笑顔を絶やさない。諦めないで、丁寧に、素直に誠実に頼り続ける。だから、彼女の方法は決して卑怯でもなんでもないのです。ルール違反をしていたわけではないのです。その武器が、ルール違反なんじゃないかと、見た目で勝負するなんてずるいよね、と一言、言いたくなってしまうほど、強力だったというだけなのです。海外送金おじさんや、インド人英語おばさんのように、まあ、そういう生き方もあるよね、と感心してみていられないのは、嫉妬させるほど、彼女の戦略が優れていたからなのです。いま思えば、不倫しているんじゃないの、そんな心ない噂にも眉一つ動かさず、笑顔を振りまいていたジャスミンは、恐ろしいほどの胆力の持ち主なのです。
 
だから、私の上司が、トレビヤンと言いたくなるのも当然なのです。いつかまた、君と一緒にパリで仕事が出きたら、私は最高に幸せというのも、全くその通りなのです。彼女と仕事をしていたら、自分のアドバイスを素直に聞き入れてくれて、それをきちんと成果に結び付けてくれて、それでも驕らず、笑顔で感謝の気持ちを表してくれる。気持ちよくなって当然なのです。
 
そんな、したたかに生き抜く彼女の姿勢に気が付いたとき、私は自分の甘さを痛感させられたのです。自分の強みを活かす場所がわからない、誰も私を評価してくれないと、くすぶった毎日を送っていた自分を恥ずかしく思ったのです。
 
ジャスミンが教えてくれたのは、生きるということは、もっと泥臭いということでした。誰に何を言われようと、そんなことは関係ない。自分という花を咲かせるためならば、自分の持っているものを、すべて出し切って生きてやる。利用できるものは、全部利用してやるという、したたかで、たくましくて、泥臭くて、でも、それだけに、真実味のある生き方だったのです。
 
その後、ジャスミンに影響された私が選んだ道は、誰もが「やりたがらない仕事をやる」ということでした。長年、部内で放置され、ただ誰もが、いつかは手を付けないといけないと思っている資料の解明、それから、いつも喧嘩別れになるばかりの他部署へのリクエスト。そんな、できれば誰もが触れたくない仕事に手を付け始めたのです。
 
そして、少しずつ、本当に少しずつですが、成果が出るに従い、社内での私への信頼は上がっていったのです。それに、この仕事、やってみたらわかったのですが、実は、私にぴったりのものだったのです。というのも、自分でも気づいてはいなかったのですが、私の強みは、細かい資料の分析と、けっしてジャスミンにも負けることのない人当りのよさだったからなのです。
 
だから、私は思い出すのです。人生にくじけそうになったとき、下を向きそうになった時、ジャスミンのあの香りを。そして、自分自身に問いかけるのです。お前は本当に持っているものを全部出しきっているのかと。なりふりかまわず、利用できるものは、全部利用しているのかと。
 
そして、自分自身にこう語りかけながら、前を向くのです。どんなに泥臭くても、それが生きるという意味なんだと。このジャスミンの香りの先こそ、官能的にまでに魅力的で、同時に身も心も軽くしてくれるような爽快な未来が待っているんだと。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
いむはた(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

静岡県出身の48才
大手監査法人で、上場企業の監査からベンチャー企業のサポートまで幅広く経験。その後、より国際的な経験をもとめ外資系金融機関に転職。証券、銀行両部門の経理部長を務める。
約20年にわたる経理・会計分野での経験を生かし、現在はフリーランスの会計コンサルタント。目指すテーマは「より自由に働いて より顧客に寄り添って」

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2022-03-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.162

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