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週刊READING LIFE vol.173

浜昼顔の笑顔《週刊READING LIFE Vol.173 日常で出会った優しい風景》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/06/13/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
高樹雅也はいらついていた。
 
あいつ、今日もいないじゃん。
浜辺に咲いている朝顔のような花が、しぼみかけていた。
 
「マサ、俺らあっち行ってくるわー」
 
という同級生に生返事をして、ピンクのゴミ袋を持ったまま、目線を泳がせている。
 
金井さんは今日も来てない。

 

 

 

「ねえねえ、この写真、めっちゃバエる!」
 
「やっば! マジいいじゃん!」
 
島の外から遊びに生きているのだろうか、見慣れない女子大生風の一団が自撮り棒で写真を撮ってはバエる、バエルると大騒ぎしている。
 
その画面から外れた景色はゴミだらけなのに、その現実には誰も見向きもしない。小さな四角の画面に切り取られたキレイなところだけが全てにされる……真実の姿はもっと残酷なのに。本当は、みんなにキレイなところも、キタナイところもあるのに、キタナイところに蓋をして美しい所、都合のいい所だけを見て生きている。
 
でも、中2の時にクラスメイトだった金井優希はちょっと違う。この場に彼女がいたら、誰が騒ごうと、その横で淡々と海岸のゴミを拾っている。ちゃんとバエた景色の外の現実と向き合っているヤツだ。
 
彼女が海岸でゴミ拾いを始めたきっかけは、裸足で海辺を歩いていた時にガラスで足を切って腹が立ったかららしい。それからずっと、ゴミを拾い続けてきたと言っていた。

昨年、海岸でゴミを拾って歩く優希を見かけて以来、一緒にゴミ拾いをするようになった。彼女は人を寄せ付けないようなところがあって、最初はとても迷惑そうだった。それでも、何度も押しかけて一緒にゴミを拾っているうちに、少しずつ話もしてくれるようになった。なのに……。優希の姿に共感して始めた海岸清掃だったから、彼女がいない今、楽しさは半減なのだ。中3になって、クラスが分かれて会う機会も減って、このまま疎遠になってしまいそうで、なんだか不本意だった。
 
海岸の横に『中瀬マリンスポーツ』というマリンレジャーのレンタルショップがある。オーナーが俺たちの活動を応援してくれるようになった。ゴミ拾いをする時は、ここに寄って店の横の清掃道具や海外清掃のボランティア用のゴミ袋を受け取り、終わったら道具を返してゴミを置いて帰る。それが海岸清掃をする日の流れだった。今日、店を見ると、既に2袋のゴミが置かれていた。あれは、金井優希が拾ったものなのか、それとも、店の人達が清掃をしたのだろうか。
 
「あの女の子、最近見かけないな。けれど、横に積んであるゴミはうちで拾ったものではないから、来てるんじゃないかね」
 
中瀬マリンスポーツの店主も首をかしげた。
 
金井さんが、時間をずらしたのだとしたら、なんで、わざわざ別の時間にゴミ拾いをするのか納得がいかなかった。なんか気に入らないことがあったのか?
 
なんだよ、あいつ、俺たちと一緒じゃ嫌なのかよ。
 
まさか、俺が嫌なわけじゃないよな……。
別に金井さんとどうしても一緒じゃないと嫌だ、ってワケではないけどな! と誰かに言い訳するような打ち消しをしてふいに恥ずかしくなる。
 
何だよ、俺、おかしくないか?
 
一人で赤くなったり青くなったりするのがとても恥ずかしくて、そのまま海に向かって走った。裾がびしょびしょに濡れて「何やってんだ、マサ」と周りに笑われた。
 
太陽はゆっくりと、水平線を目指している。

 

 

 

部活も引退したのに、土曜日の朝早くに目が覚めてしまうと損した気がするな。かといって、朝から受験勉強する気にもなれないし、身体がなまっている気がするから、たまには走ろうか。玄関で靴ひもを結んでいると、
 
「雅也、どこかいくの?」
 
母に声をかけられる。
 
「海岸まで走ってくる」
 
そう叫んで、ドアをあけると、6時半だというのに、明るい光がキラキラとあたってまぶしい。暑い一日になりそうな予感がした。涼しいうちに走ったほうがいい。海岸まで、自転車だと10分ほどの距離だけど、走ったら、30分近くかかる。往復1時間は、走るにはちょうどいい距離だ。最初はゆっくり歩いて、身体が温まってからゆっくりと走り出す。
 
走ると頭の片隅にこびりついた無駄な感情がすっと流れて出ていく気がして心地がよかった。高校受験を意識して、勉強しなければと重苦しくなる空気が、走って頭の中を空っぽにするとリセットできた気がする。自分も含めて、みんな見て見ぬふりをしているけれど、どうなるのか不安なんだ。中学を卒業したら、島の外の高校に行かなければならないから。嫌でも大きく変わるだろう生活が少しずつ迫っていた。
 
下り坂を降りると、まがった景色の先から少しずつ海が見えてくる。自転車に乗っている時もこの風景が好きだ。毎朝、変わることなく海が自分を待っているような気になる。
 
下り坂をおりきった先に『中瀬マリンスポーツ』が見える。登校する平日の朝は、閉まっていることが多いけど、今日は島外から沢山お客さんが来るのだろうか、店のシャッターが半分あいて、店主がほうきで、外を掃いていた。
 
「おはようございます」
 
声をかけると、
 
「おはよう。君の彼女、ゴミ袋を取りに来ていたよ。5分くらい前のことだから、海岸に行けば見つかるんじゃない?」
 
店主はいたずらっぽく笑った。
 
「か、彼女じゃないですよ」
 
金井さんが聞いたら、しかめっ面をして、舌打ちまでしそうだ。目の前でそれをされたら、ちょっと傷つくかもしれないけど、今は、金井さんがいるというのを聞いて、いてもたってもいられなくなった。ピンクのゴミ袋をもらいながら、気持ちと目線は既に砂浜に駆けて行った。
 
夕方だとしぼんでいる浜辺の花は満開だった。葉の先に蕾をたくさんつけながら、咲き誇っていた。
 
遠くには、カラフルなテントやタープを張る一団が見える。天気のいい一日をバーベキューなどして過ごすのだろう。
 
手前に大きな犬が走っている。飼い主の近くに来ると、スピードを落として、グルグルと足元にじゃれついている。よく見たら、ペットボトルをくわえている。飼い主がそれを受け取って、ピンクの袋に入れ、犬を優しくなでた。
 
「ルナ、Go!」
 
その掛け声に、ルナと呼ばれた犬は駆け出して行く。
 
その後で、また彼女は、ゆっくりとかがみこんで何かを拾っては、ピンクの袋に入れた。
海を静かに掃除する優しい人の姿が、あった。
 
俺が、この砂浜にいてほしい人が、ようやく見つかった。
 
「金井さん! おーい、金井さーん!」
 
思ったよりも声が出なかった。うわずる気持ちが声に乗らなかった。
久々に会えた。学校で見かけることはあるけど、全く違うんだ。この砂浜を歩いているのが、金井優希の日常
の姿なんじゃないかとまで思うくらい、しっくりと来る。
 
不意に名前を呼ばれてびっくりしたように顔を上げた彼女が、こちらを向いて、ふわっと笑った。
 
あまりにも突然で息が止まりそうになる。
 
初めて見る、彼女の笑顔だった。

 

 

 

夏が、木々の中で少しずつ育って、自分の出番を待っているようだ。朝早く遊びに来た親子連れが水際で遊んでいるのが見えた。今日は暑くなりそうだから、昼間は、にぎやかになりそうだ。あと2か月後には、海水浴客も押し寄せるだろう。
 
「なんだ、ゴミ拾うのを朝の犬の散歩の時間帯に変えたなら、一言、声かけてくれればよかったのに」
 
「なんで?」
 
先ほどの笑顔が幻だったかのように、いつも通りの愛想のない返事が、優希らしくて、なんだかホッとした。特に嫌われたとか避けられているとか、そういうことではないらしい。
 
「私は、タカギ達が時々、ゴミ拾っているのを知っているよ」
 
「うん、毎日は無理だけど、行けるメンバーで一緒に行っているよ。最初のメンバーだけじゃなくて、新しくやってくれるやつも増えたし」
 
「うん、タカギはすごいよね。私1人だったら、ずっと1人だったと思う。タカギが沢山の人を連れてきてくれるから、前よりもゴミが少なくなったよね」
 
まだまだだけどね、と付け加えられなければ、照れるところだったけど、実際、彼女の言う通りなのだ。何度、掃除したってゴミはなくならない。
 
潮の満ち引きと共に、今日も沢山のゴミがやってくる。
 
先ほど、水際で遊んでいた子供が沢山の巻き貝を両手に山のように載せてこちらに向かって歩いていた。後ろから母親がついてくる。子供が不意に下に落ちているペットボトルを拾い上げた。蓋をあけて中の水を出し、その中に巻き貝をひとつひとつ入れ始めた。
 
母親がその子供に追いついた時に、
 
「しょうちゃん、やめなさい! 汚い!!」
 
と叫んだ。しょうちゃん、と呼ばれた子供は、ビクッと肩を震わせた。
 
「そんなの、誰が使ったか分からないのだから、触っちゃダメ! すぐ、捨てなさい!」
 
母親のあまりの剣幕に驚いた子どもは、その場にペットボトルを放り出して、半泣きで母親にしがみついた。
 
親子を見送ってから、優希がそのペットボトルに近づいて、拾い、その場にしゃがんで、ペットボトルを振り始めた。容器に残っていた水分と巻き貝が地面に落ちた。水分は海辺の白い砂にすっと染み込んで、海岸の砂に勢い余った巻き貝がコロコロと転がる。
 
「巻き貝、かわいそう」
 
「なんだ、あの親。ペットボトルが汚いって、ゴミ箱まで持っていけばいいのに」
 
「知っている? そういうの、『同じ穴のムジナ』って言うんだって」
 
「オナジアナノムジナ? 呪文みたいだな」
 
「要は、私達もあの親子と大して変わらないってこと。私だって、いつでもゴミを拾うわけじゃない。たまたま、ゴミ拾いもするけど、ずっと正しい人ではいられないもの」
 
優希は淡々という。
 
「そんなこと言ったら、俺たちがやっていることなんて、虚しいだけじゃん」
 
「そうよ、私達が一生懸命ゴミを拾ったことで、世の中が平和になるわけじゃないし、ほとんど何の役にも立たないと思う」
 
犬が拾ってきたゴミをつめて優希はゆっくりと、ピンクのゴミ袋の口を縛った。
 
「でもね、この子、ルナって言うんだけど、最初は、海岸で遊ばせている間に私がゴミを拾っていたのね。そのうち、ルナもゴミを拾ってくるようになったの。すごくびっくりした。タカギもそう。私がゴミを拾っているのをこんなに関心を持ってくれて、しかも友達に広げてくれて、本当にびっくりしているの」
 
そんな風に優希から言われたことがなかったから、なんだかくすぐったい気分になる。
 
「私がやっていることは微力だけど、無力じゃないんだよね。それにね、元々は自分が裸足で歩きたいだけだったけど、今では、ルナやタカギやみんなが裸足で海岸を走り回れたらいいなって思うようになった……うわ、やば、キモイこと言ったかも」
 
どこに目線をやっていいかわからなかった。でも、今の優希の表情が見たい、そう思って顔を上げた。優希は、うつむいて、群生している朝顔のような花を触っていて、顔は見えなかった。
 
「この花、知ってる? 私、知らなくて、ネットで調べたの。浜昼顔って言うんだって。朝顔かと思ったけど違った。浜昼顔は、砂地の条件の悪いところでも地下で茎を張り巡らして育って、沢山の花を咲かせるらしいんだ」
 
優希がずっとやってきたことも、浜昼顔の茎のように少しずつ張って、ちゃんと花を咲かせている。海岸で優希がゴミ拾いをしているのを初めて見た時、季節外れのサンタクロースのように大きな袋を抱えてゆらゆらと歩く姿は頼りなく儚い感じがしたけど、朝の陽の光の中に立つ姿は凛としていた。
 
私、好きだよ。
 
優希が顔をあげてこちらを向いた。どぎまぎして、目線が定まらなかった。
 
「浜昼顔、派手じゃないけど、私、好きなんだ」
 
浜昼顔かよ! 脱力して腰が抜けそうになった。
 
ピンクのゴミ袋を抱えた季節外れのサンタクロースは、「またね」と言うと、トナカイの代わりに犬を従えて、帰っていった。
 
拾ったゴミ袋を持って、中瀬スポーツによると、シャッターは完全に空いていた。
 
「おう、彼女先に帰ったぞ」
 
「会いましたよ、知ってます」
 
「なんだか嬉しそうだったぞ。私が、ゴミ拾いの時間を変えたからって誰も興味がないと思っていたけど、怒られたって。また、午後にも行こうかな、だってよ」
 
背中がむずむずした。顔が赤くなっているのを気づかれないように「じゃあ! ありがとうございました」と礼をして、家に向かって走り出した。
 
家に戻って、浜昼顔を調べてみると、花言葉は「交誼」と書いてあった。
交誼とは、親しく心を通わすこと。
 
金井優希の笑顔と浜昼顔が重なった気がした。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2022年は“背中を押す人”やっています。人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、自分らしい経済の在り方を追究している。2020年8月より天狼院で文章修行を開始。腹の底から湧き上がる黒い想いと泣き方と美味しいご飯の描写にこだわっている。人生のガーターにハマった人がふっと緩むようなエッセイと小説を目指しています。月1で『マンションの1室で簡単にできる! 1時間で仕込む保存食作り』を連載中。

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2022-06-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.173

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