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週刊READING LIFE vol.174

動かなかった相手を動かすことができた3つのポイント《週刊READING LIFE Vol.174》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/06/20/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
毎期、経費の予算計画を提出するたびに、生産部門の責任者から言われるセリフがあった。
「なんでこんなに電気代がかかるんだ。もっとコストダウンできないのか」
 
「いやいや、電気を一番使っているのは生産部門なんですけどね」
私は喉から出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。「自分たちが使うだけ使っておいて、電気代が高すぎると文句を言うなんて理不尽だ」と私はいつも思っていた。正月休みの時だって、生産装置の電源は入ったままだ。車でたとえたら、ずっとアイドリングしたまま駐車場に何日も置いているようなものである。それで「ガソリン代が高くついた」と文句を言うのって、おかしいですよね?
 
工場の省エネルギー活動を推進する立場になってから、私はいつも、生産部門で使っている電気を何とか減らしたいと思っていた。なぜなら、工場全体で使っている電気の半分以上は生産部門で使っていて、なおかつ、ほとんどメスを入れていない状態だったからだ。生産部門は、ほぼ「聖域」と化していたのだ。何しろ、工場でつくっている製品にとって温度変化やホコリは大敵で、1℃の温度変化でも精度が狂ったりするし、スギ花粉の100分の1、PM2.5の8分の1程度のごく小さなホコリですら、品質に影響を及ぼす。だから、生産部門の人たちは、「何か条件を変更することで、今上手くいっている状態が変わってしまうかもしれない」という恐れを持っていた。おまけに、生産装置は一旦停止すると、立ち上げるのに時間がかかるものが多かった。「効率重視」の中では、正月休みでもアイドリング状態で置いておき、休みが明けたらすぐに動かせるようにしておくのが常識だったのだ。
 
ご家庭に置き換えてみても同じかもしれない。電気代節約とか温暖化防止のために、「エアコンやテレビは、使わない時、コンセントから電源プラグを抜いておく方が効果がある」と言われても、なかなかできなかったりしませんか? いちいちプラグを抜いたり挿したりするのは、正直面倒くさい。冷蔵庫のように、電気をとめる訳にはいかないものもある。
 
工場も同じだった。だから、こちらがいくら正論を言ってみたところで、生産部門からは「停められません。できません」と言われるばかりで、省エネルギー活動は前に進まなかった。
 
しかし、リーマンショックを経験し、いよいよ徹底的に電気代を減らす対策が必要になった。小手先の対策では大きな効果は出ない。「聖域化」している生産部門に手をつけないと、期待されているような効果は得られないのだ。
 
「絶対ムダがあるはずだから」
私たち省エネルギー活動の担当者は、生産工程に出向き、現場をくまなく歩き、ムダ探しを始めた。
 
ある日、一人の部下が図面を持って私のところにやってきた。
「この工程、通路とか予備スペースとか、生産していない場所でも、生産しているところと同じように空調しています。ここの空調機の運転台数を半分に減らしたらいいんじゃないでしょうか」
「生産していない所だったら、やれるかもしれないね。相談に行ってみようか」
 
私は部下と二人で、その生産工程の責任者のところへ出向き、提案内容をひとしきり説明した。
 
「うーん、言いたいことは分かるんだけど。それをすることで、品質にどんな影響があるか分からないからなぁ」
生産工程の責任者の言葉を聞いて、私は「出たよ、またいつものセリフだな」と思った。これをどう説得するか……と思っていたら、隣に座っていた部下が、こう聞き返したのだ。
 
「影響って、具体的に何が分かればいいですか?」
「そうだなぁ、温度や湿度、風の向き、クリーン度とか、あとは良品率の変化かな」
「温度、湿度、風の向きやクリーン度は、こちらで計測できます。良品率の変化をそちらで見てもらうことはできますか?」
「そうだねぇ。一定の時間であればやれるかな」
 
生産工程の責任者はそう言うと、しばらく考えた後、こう言ってくれたのだ。
「じゃあ、まず通路のこの部分の空調機、1日だけ半分停めてみましょう。空調を停めていた時間帯の良品率の変化はこちらで確認するから、他の項目はそちらで確認して下さい。それでもし、普段と比較して何も変化がないなら、次は1週間やってみましょう。1週間やってみて問題なければ、そのまま続けましょう。会社もこんな状況だから、僕らもできるだけのことはしないとね」
 
動かなかった山が動いた――私はそう思った。今まで正論をかざして、「こうあるべき」と「できない」の対立構造で話をしていたから、上手く進められなかったんだなと反省した。相手の「不安」の中身をきちんと聞いて、そのためにできることを考えて、範囲や期間を決めれば、動かなかったことが動く。そこから一気に道が開けたような気持ちがした。
 
私たちは早速実験にとりかかった。まず1日空調機を停めてみて、必要なデータをとる。データをとり終えて、決めた時間になったら、停めていた空調機を動かす。
 
その後、生産部門の方で良品率の変化を確認してもらう。双方で確認したデータを持ち寄って、また話し合いをする。
 
「1日やってみた結果では、特に変化もなく、影響もなさそうですね」
「そうですね。では、次は1週間やってみましょう」
 
そしてまた、私たちは空調機を停める作業をし、必要なデータをとった。
 
こうして1週間の検証期間を終えた。
 
生産工程の責任者は
「1週間やってみて、良品率も特に変化はなく、いけそうですね」
と、ちょっと安心した様子だった。
 
「わかりました。では、この通路はこのまま半分の運転台数でいきましょう」
「次は予備スペースの部分でしたね?」
「はい、ここも同じように1日やってみて確認。次に1週間やって確認という流れでいいですね?」
「そうしましょう」
 
私たちは同じように、予備スペースの空調機を半分停めて結果を検証した。そして、この予備スペースも問題無く空調機を半分停めることができた。
 
「これだけでも結構電気の使用量が減ったんじゃないかな。ちょっと調べてみようよ」
私は部下と一緒に、電気の使用量の変化を確認した。すると、明らかに電気の使用量は以前よりも減っているのが分かった。私たちは変化の分かるグラフを作り、電気代にしていくら減らすことができたのかをまとめ、生産工程の責任者へ見せに行った。
 
「通路と予備スペースだけで、結構大きな効果が出るんだね」
生産工程の責任者はそう言うと、図面を指さして新しい提案をしてくれたのだ。
 
「この部分とこの部分もやれると思うよ。そんなに品質に対してシビアじゃない所だから」
「いいんですか?」
「うん、いいよ。同じやり方で検証して、少しずつ範囲を広げていこう。まだまだできる余地はあるよ」
 
こうして2年近くが経った頃、私たちはその生産工程のほぼ全域の空調機を半分停止することができた。ひとつ成功事例ができると、物事は進めやすくなる。別の工程の担当者からも、「こっちの工程でも同じように停められる所があると思いますよ」と提案をされるようになったのだ。
 
生産部門の人たちと一緒に現場を確認し、まずどこから手をつけるかを決める。そして、これまでと同じように1日やって検証、次に1週間やって検証するという計画を立てる。対策が終わったら効果を確認して、共有する。このやり方が、私たち省エネルギー活動の「ひな型」になった。そして、以前のような「こうあるべき」vs「できない」という対立ではなく、互いに協力して取り組めるようになっていた。絶対できないと思っていた生産部門の省エネルギー活動が、上手く回り始めたのだ。
 
なぜできるようになったのか、振り返ってみると3つのポイントがあったと思う。ひとつは、相手の持っている「漠然とした不安」に共感を示し、その「不安の中身を分解していくこと」だ。何と何と何が分かれば不安が解消するのかが分かれば、次の具体的な行動を決めることができる。二つ目のポイントは、「ルールを決めること」だ。期間を決める、範囲を決める、基準を決める。そして、まずできるところからやってみる。やってみたら、新しい事実が分かる。それが不安の解消にもつながる。そして三つ目のポイントは、「効果を見せること」だ。実際に得られた効果を見せることで、達成感を共有できる。達成感を共有すると、「仲間」になれた。
 
そしてこの3つのポイントは、実は省エネルギー活動だけでなく、「相手に動いてもらう」という場面で応用することができた。例えば、部下に新しい仕事を任せた時のことだ。年若い部下は「やったことがないから、僕にできるかどうか自信が無い」と言う。
 
そんな時、「大丈夫。あなただったら、絶対できるから」といくら言ってみたところで始まらない。部下にとっても、不安を抱えたまま「無理やりやらされた」と感じながら仕事をするのは幸せではないだろう。
 
「できるかどうか自信が無い」と相手が不安を口にした時、「大丈夫、できるから」と言うのは、「励まし」などではない。「対立」なのだ。省エネルギー活動で「できません」vs「できるでしょ」と対立構造になっていたのと変わらないのだ。そうではなく、「不安」というのは「感情」なのだから、大事なのは相手のその感情を受け止めることだった。そのうえで、「具体的に何を不安に感じているの?」と質問してみた。
 
すると例えば、
「見積のとり方が分からない」
「見積の査定をどうしたらいいか分からない」
などと、部下が不安に思っていることの中身が見えてくる。
 
「例えば見積のとり方って、こちらの要求をまとめた資料をつくる、見積を依頼する相手を決める、実際に見積依頼を出すってあるけれど、具体的にどこが分からない?」
そう聞いていくと、相手が不安に思っていることの中にも、もう既にできることとそうでないことがあるのが分かる。そうすると、何を解消したらよいのか的が絞れてくる。
 
じゃあ、そのために何をすればよいかを考えて、「どこまでだったらできそう?」と範囲を決めてやってみる。そうすることで、一気にゴールまで突き進むことはなかったけれど、確実に一歩を踏み出していくことができた。
 
人は「できない」、「やりたくない」と思う時、能力的にどうこう、物理的にどうこうというより、「不安」とか「面倒くさい」という感情に囚われていることが多いように私は思う。感情って雲みたいなもので、とらえどころがないから、そこを変えようとしても変えるのは簡単ではない。けれども、その感情の裏にあるものをひとつひとつ分解していくと、「それならできそう」ということが見つかるものだ。
 
「エアコンやテレビは、使わない時、コンセントから電源プラグを抜いておく方が省エネになるのは分かっているけれど、正直面倒くさいんだよな」という時だってそうだ。面倒くさいって、例えばエアコンだったらコンセントが高い位置にあるから、いちいち脚立を持ってくるのが面倒くさいってこともあるし、すぐエアコンを使いたい時に使えないのは嫌だという気持ちがあったりする。でも、春とか秋とか、エアコンを使わない時期だったら? エアコンを使うシーズンが終わった時に、フィルターのお掃除をしたタイミングでプラグを抜くことはできるかもしれない。どうせ脚立を持ってくるのだし。それで、シーズンが始まるまでそのままにしておけば、少しは電気代が節約できるんじゃないかな? そう思ったら、何だかできそうな気がしませんか?
 
範囲や期間を決めて、まずできるところからやってみる。やってみたら、「意外と面倒じゃなかった」、「意外とできたじゃん」というのが分かったりする。そうすると、「もうちょっとやってみようかな」という気持ちになる。それが積み重なっていった時、「動かないと思っていた山」が思いもかけなかったところまで動いているかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からはライターズ倶楽部に参加。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season、44th Season総合優勝。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人へ背中を見せ、新世界をつくる存在になることを目指している。

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2022-06-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.174

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