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週刊READING LIFE vol.180

記憶の中の大榎《週刊READING LIFE Vol.180 変わること・変わらないこと》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/08/08/公開
記事:青木文子(天狼院公認ライター)
 
 
金華山からなだらかに続く森。
その森の最後が橿森神社の境内だ。
 
金華山は街中の真ん中に突然そびえ立つ山だ。標高は329m。どのくらいの高さか近いものを探すと、大阪のあべのハルカスの展望台がちょうど標高300mだ。
 
先日あべのハルカスの展望台に行く機会があった。ガラスのギリギリに立ってみると遙か下に町並みが見えている。自動車がまるで小さな虫のように行列して動いていくのが見える。
 
金華山の麓の岐阜公園の標高は19mで、同じようにあべのハルカスの地面の標高は15mだ。だから高低差もほぼ同じ。あべのハルカスを見上げる感じで金華山はある。その金華山からなだらかな山裾の最後が橿森神社になっている。
 
岐阜市内、まっすぐな若宮通りを道路を運転していると、道の向こうにこんもりとした橿森神社の森がみえる。
 
この道路をはじめて車で走った時にハッとした。岐阜に引っ越してきた頃なので、もう20年以上前のことだ。森の直前で道が90度に曲がっているので、道の真正面に森が鎮座している具合になっている。道路がそのまま森に溶け込んでいくようにみえる。
 
まっすぐ道の向こうに森が迎え入れてくれる風景。この風景が好きすぎて、事務所を探すときにこの近辺で事務所を探したほどだ。実際、12年前に自分の事務所を移転した時に、この風景の近くで物件を探した。
 
物件を探しに、この近辺を歩き回っている時に、存在に気がついたのが大榎だった。
 
橿森神社の創建は景行天皇の御代というからかなり古い神社だ。神社に入る手前、赤い鳥居から目の前の細い道路を挟んで向かい側に大きな榎(えのき)の大木がある。
 
見上げると枝の間から青い空が見える。一抱え以上ある幹をもつ大木。樹齢は170年になるという。織田信長は楽市・楽座を開いたさい、市神をこの榎の元に祭ったのが由来だという。大榎の脇にある立て看板の文言を少し長いが転載してみよう。
 
「この榎は、楽市場(上加納村御薗)に市神としてあったものである。ルイス=フロイスは、著書「日本史」のなかで、岐阜の賑わいをバビロンのごとしと讃えたが、この木は、その繁栄を代々、見すえてきたものである。
榎は、嘉永5年(1852)に枯木となり植えなおされ、明治初年の道路改修工事に際して、橿森神社大門へ移植された。これが現在の若宮町1丁目の榎である」
 
このあたりでぜひ事務所をと探し回った結果、幸いよい物件との出会いがあり、今はこの橿森神社から徒歩3分ほどの雑居ビルの2階に事務所を構えている。
 
橿森神社は赤い鳥居の向こうにお社がみえる。すこし石段を登ると森をバックにしてお社がある。石段の手前は開けた芝生になっていて、ときおり早朝太極拳をしているグループを見かけたりする。毎月1日になると朝ご近所さんが三々五々朔日詣りにあつまってくる。私も朔日詣りをしている。
 
朔日詣りにいく度に必ず大榎に立ち寄るようになっていた。織田信長の楽市楽座の由来を持った大榎。大学の卒論が『樹木信仰』であるので大きな木をみかけると、挨拶をしなくてはいけない気持ちになる。いつからか、橿森神社への朔日詣りと楽市楽座の大榎に挨拶するのが私の毎月の恒例になっていた。
 
遠方の方が岐阜を訪れると、あちこちアテンドをして岐阜を案内する機会がある。私にとってアテンドする時に欠かせないのが橿森神社でありこの大榎だった。ちょうど7月にも東京からのお客人を橿森神社と大榎に案内した。自分が好きな場所を案内するというのは晴れがましいようなすこしくすぐったいような気持ちになる。
 
先月、客人を案内したその翌々日のことだ。
 
なにげなくスマホをみていると
「信長ゆかりの「御薗の榎」腐食で幹折れ、大部分伐採」
という文字が目に飛び込んできた。
 
息が止まる気がした。慌ててクリックをして読んでみた。
 
大榎から大きな枝が2本落ちているという市民からの通報が警察署にあり、調べてみると幹が腐食して空洞しているため、地面から1メートルを残して伐採を終えたと書いてある。
 
あの大榎が?
あの樹齢100年を越える大榎が?
 
翌朝、事務所の駐車場に車をとめるとももどかしく、大榎まで行ってみた。途中でつい小走りになった。祈るような気持ちで、まさかという気持ちともう間に合わないという気持ちで心臓はドキドキしていた。
 
角を曲がるといつもなら大榎の緑陰がみえる。遠目に見てもその空間にぽっかりと空白があいていた。大きな木陰はもうどこにもなかった。近くまで行くと、切られた切り株に日が当たっていた。大榎説明の立て看板だけが所在なげに立っていた。
 
変わることと変わらないこと。
 
織田信長が楽市楽座を開いたのは永禄11年と言うから1568年だ。
もしその時に市神を祭ったという榎木があったとすれば、2代目に植えなおされた嘉永5年の1852年には樹齢284年。そこから2代目が今年2022年でちょうど樹齢170年だ。
 
また榎は植え直されるのだろうか。そうして3代目としてまた育っていくのだろうか。2代目の榎と3代目の榎は同じ榎ではない。でももし3代目の榎がうえられたとしたら、楽市楽座をつたえる榎として育っていくのだろう。
 
代々の神社もそうだ。日本の家屋は木造であるため、欧州のように100年前の建築がそのまま残ることは少ない。逆に積極的に建て替えていくこともある。伊勢神宮が20年おきに遷宮として建て替えられるように。遷宮して建て替えられた社は同じ社ではなく、でも伊勢神宮として祭られる同じ社である。
 
思い返してみれば私たちの肉体も、7年かけてまったく新しい細胞に入れ替わるという(こちらは諸説あるらしいが)。
 
そこにある物体として別のものに変わることと、そこに付与された意味として変わらないこと。
 
昨日も橿森神社へ行った。そして大榎が「かつてあった」場所を通った。そこには大榎はなかった。また歴史の中で新しいクスノキが育っていくのだろうか。ここからまた100年後の誰かが大クスの木を見上げるのだろうか。
 
私の記憶の中で、大榎が風で揺すれる音がした。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青木文子(あおきあやこ)

愛知県生まれ、岐阜県在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学時代は民俗学を専攻。民俗学の学びの中でフィールドワークの基礎を身に付ける。子どもを二人出産してから司法書士試験に挑戦。法学部出身でなく、下の子が0歳の時から4年の受験勉強を経て2008年司法書士試験合格。
人前で話すこと、伝えることが身上。「人が物語を語ること」の可能性を信じている。貫くテーマは「あなたの物語」。
天狼院書店ライティングゼミの受講をきっかけにライターになる。天狼院メディアグランプリ23rd season、28th season及び30th season総合優勝。雑誌『READING LIFE』公認ライター、天狼院公認ライター。

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2022-08-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.180

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