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週刊READING LIFE vol.184

「負けるが勝ち」から操ってみよう《週刊READING LIFE Vol.184 「諦め」の技術》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/09/05/公開
記事:青野まみこ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
来てほしくはなかったメールがとうとう来た。
予告通りだ。
 
「……前もってお知らせしていた通り、今日付けの人事異動で私は他部署に行くことになりました。まだ着任日まで日にちがありますから引き継ぎなどでお世話になりますので皆様よろしくお願いします……」
 
上司が異動になる……。
 
そのこと自体は10日程前に内示を受けた上司から直接聞いてはいたけど、こうして公になると、いよいよ行ってしまうのだなと感じる。
 
今回異動になる上司は、実は私を採用してくれた人だ。
採用面接の面接官として彼女はそこにいた。
もし彼女が面接官でなかったら、私は今の職場には就職していなかったであろう。
 
就活時に、今の職場の面接に至るまでの事務的なやりとりを通じて、正直「この組織って大丈夫なのだろうか」と思っていた。あまりにも前近代的というか、感覚的なことも含めていろいろなものが古そうだなと、メールの文面から予想できてしまっていた。
とりあえず面接には呼ばれたけど、もしも合わなかったら辞退するかもな……、そこまで思っていた。
 
面接が始まり、お決まりの質問にいくつか答えたあと、さらに追加で質問が出たときの話だ。
「あなたはこの組織についてどう思っていますか?」
「古くから歴史があって、建物も揃っているのに、知名度があまりなく非常にもったいないという印象を持っています。多くの人に知ってもらえるように働きかけをしていってはどうでしょうか」
将来に向けてのプランも提示しつつ、無難な感じに答えられたかな。そう思ったあとに面接官は私の言葉を引き取ってこう続けた。
「そうですね。そうかもしれません。私たちの組織は昔からのお客さまも多いから、新しいことがなかなかすぐには進められないかもしれないけど、今に沿った組織になることは大事なことですよね」
この組織に、こんな風に発展的に考えてくれる人がいたのかと、ちょっとだけ明るい未来が見えてくるような気がした。こういう考えの人がいてくれるのなら、大丈夫かもしれない。採用の連絡を受けて「ここに入職しよう」と思えたのは、面接官のその一言だった。
 
ところが実際に勤務してみると危惧していた「古い体質」はあちこちに存在していた。
最初に配属された部署ではあからさまな新人いじめもあった。皆で過去の私がわからない頃の話ばかりをする、社員食堂に一緒に食事に行ったはずなのにいつの間にか他の人はどこかに行ってしまい一人ぼっちで食事をしたなど、まるで女子小学生みたいなこともされた。「これは~~ですか?」と質問しただけなのに「新人のくせに生意気だ」と回り回ってコメントが耳に入ったこともあった。
 
そんなことのあれこれが割とバカバカしいと思っていた。配属されてから8か月間経ってもきちんとした仕事は与えられず、「一体私はなんのためにここに採用されたんだろう」と自問自答する日々が続いた。上層部に訴えても何の改善もされなかったし、面接のときに力強い言葉をくれた人は違う部署だったため相談も全くできなかった。
 
この八方ふさがりの状態が採用から1年間続くなら退職するしかないと思っていた矢先、私が部署を異動になった。
異動先は、あの面接官が上司だった。
(今度はもしかしたら、いいかもしれない)
密かにそう思った。
 
新しい部署は仕事が山積みだった。業務量がかなり多かったけど、そのどれもが誰かに「ありがとう」と言ってもらえるような内容だ。対外的にイベントもするし、営業や企画もする。コーディネートしないといけないことも多いから大変なことは大変だけど、やりがいはあった。次から次へと仕事がやってきて息つく暇もなくなったが、仕事がなくてただ時間が過ぎるのを死んだように待っている前の部署よりははるかにましだ。誰かに何かを言われることも少なくなったし、前にいた部署みたいに紙とPCをにらめっこするだけの仕事よりはよっぽど動きがあって面白い。
 
古い体質の職場の中で、上司はとても現代的な考えを持っていた。流行りのソフトやアプリを取り入れる、若い人の意見を訊いてみる、最も効率的な業者を採用する、一般社会ではとても当たり前のことがうちの職場ではなかなか進まないのだけど、1つの部門の中で裁量が利く範囲で上司は職場の改革を進めていた。
 
進歩的な考えの上司は仕事にはとてもストイックだった。
期日を守る、時間を守る、ルールを守る、人の気持ちを尊重する。これもまた至極当たり前だけど、意外とできていないことも多い。規則がずるずると、ルーズな人の都合のよいように
だらしなく変わっていくことを上司は嫌った。
 
人によっては「厳しすぎる」と思われるかもしれないが、世間一般で当たり前とされていることを当たり前に守りましょうという上司の姿勢が私は好きだった。当たり前のことができないならその先の仕事だってできないでしょう? と、これまた正論で話してくる。単純明快、正当な論理だし、あくまでもそこで勝負しようという上司の姿勢には見習うべきものがたくさんあった。
 
そんな上司と一緒に仕事をして3年が経った今、上司が異動になると聞いた時のショックは大きかった。
こんなに力を尽くしているのにこのタイミングで他部署に異動になってしまうなんて。しかしいつかは異動することがあるのが雇われ人の宿命でもあるから仕方がない。
 
異動する人がいるのなら、空いたポジションに誰かがやってくる。
それも内示の段階でなんとなく伝わっては来るのだけど、その人の名を聞いた部署の人たちの反応はとても微妙だった。
「ああ、あの人ね……」
そう言ったきり黙ってしまう人が大半だった。
なにかを聞いて黙り込むということは、その先あまりよろしくないことがほとんどである。私は新しく着任する人の情報を、それまでご一緒に仕事をしていた人たちからそれとなく聞き出してみた。
 
「今度ここに来る方って、どんな方ですか」
「自分でなにかをどんどん進めていくタイプではないね」
「仕事を進めないってことでしょうか?」
「進めないってことではないけど、なにかを企画するようなことが苦手な方かもね」
それはちょっと困ったなあと思った。今の部署は企画系の仕事が多めなのでどんどん仕事を進めていかないと間に合わないのに。
「あとね、自分がしたくない仕事は人にやらせているって話もある。部署を離れてどこかで誰かと喋っている時間も多い。メール書くのもなかなか取りかからないし、書かせてもめちゃくちゃ時間かかってた。もっとも彼女が動かないと仕事が進まないから見かねて周りが手を出してしまうのも悪いんだけど、誰かがやってくれて当たり前って思われてもね。だから、あなたの方から『あの話はどこまで進みましたか?』『ここが期限なのでここまでにご判断ください』って言わないとダメよ」
 
確かにそうだ。年間イベントの段取りを経験しているのは私の方だから、新しく来てわからない人に教える側の立場になるのだろう。それは仕方がないし当然のことだけど、新しい上司の評判は結構ヤバそうだ。どんどん先を見越して動いてくれる上司から、たいして動かない上司へチェンジすることになるな、これは困ったぞと思った。
 
「あの、引き継ぎってしっかりやっていただけるんでしょうか」
それまでの上司に尋ねた。
「そうしたいところなんだけど、止まってる案件がたくさんあるのでそっちを先に打ち合わせしないといけなくて、まだ数時間くらいしか引き継ぎできてないのよ。マニュアルは一応作ったからそれ読んでくださいとしか言えないかも」
「いやー、次の方ってあんまりお仕事なさらない感じって伺っているので、本当に引き継ぎお願いしたいです……」
「できる限りはやるけど、順序があるからね。でもあなたが個々の仕事をよくわかっているからといってなにもかも手を出してしまったら、あなたが大変になるから、そこはできるだけ本人に仕事をしてもらうように持っていくしかないと思うよ」
 
さすが、尊敬する上司のことだけある。誰も傷つけない的確なアドバイスは胸にしっかりと刻みこんだ。しかしどんなに相談をしても、何も変わらない。どうにかするしかないのだった。

 

 

 

そしていよいよ新しい上司の着任日となった。
 
「おはようございます。よろしくお願いします」
第一声も元気よく、新しい上司が部屋に入ってきた。
「こちらこそよろしくお願いします」
とりあえず挨拶はしたけどやっぱり不安はある。そして業務が始まると早速お声がかかった。
「すみませーん、これ、どうするの? メールのどこかに入っているの?
「あ、それは、サーバーに入っていますね」
あまりにも初歩的な質問なので無言になってしまった。こちらはこちらで山のように仕事が溜まっているのであまり構っていられないんだけどな。そう思ったけど、ここで放り出してしまうと彼女は仕事をしなくなってしまうだろう。
「デスクトップの、このマークをダブルクリックしていただいて、そこにうちの部署のファイルがあるので入ってください」
「ああ、ここね、わかりました」
 
至急、新しい上司に片付けてもらわないといけない案件が幾つもあるのだ。関係各所にメールを書いてもらって進めてもらわないといけない。メール書かないって話だったけど、書いてくれるだろうか。
 
「ここをご覧いただいて、メールボックスのこの案件に回答していただきたいんです。あともう1つ、上とご相談いただきたいことがありますのでそちらもご対応お願いします」
「やってみますね」
 
大丈夫かな……。そう思ったけど私も忙しいので逐一お隣で見守ってもいられないのだ。自分の業務をこなすので精一杯だし。
 
「すみませーん、メールできたので文面確認してくれますか?」
 
新しい上司が私を呼び止めた。
なにしろ着任当日から、これから始まる海のものとも山のものともつかない部署のいろいろなことを判断しないといけないのだから骨が折れるであろう。私は新しい上司のメールをチェックした。文面は簡単だけど要点はちゃんと入っている。
 
「これで大丈夫ですよ。よろしくお願いします」
「ああ、よかった、ありがとうございます」
 
逆にお礼を言われてしまった。なんか変だけど最初は仕方がない。
そのあとしばらく離席していた新しい上司は、戻ってきたかと思うとこう言った。
 
「来週の案件だけど、もう他の部署が聞き取りをしているので、うちでは何もすることはありませんよ」
 
前の上司の時に進捗がはかばかしくなかった案件の回答を、新しい上司は早くも持ってきてくれたのだった。
 
(なんか、割と動いてくれてるのかな)
 
着任初日に無事に仕事を滑り出した感じの新しい上司に、私は改めて部署のこまごまとした説明をした。私よりも社歴は長い方なので、少し説明すればわかってはくれそうだった。
 
(もしかしたら、言われているほど深刻ではないのかもしれないかな)
 
人の評判って恐ろしいもので、自分が思うことと人が思うこととは完全には一致しない。
仮によくない評判しかない人だとしても、環境が変われば評価がかわるかもしれない。悪い評判だったとして、そこで諦めてしまってはおしまいだ。評判が悪かったとして、それを鵜呑みにして最初から悪いイメージを持つことは、よくない結果しか生まない。
 
仕事でもなんでもそうで、何かが発展していくために人はがんばるけど、思わぬところから障害が出ることなんてしょっちゅうだ。
目の前のことは結構深刻な事態かもしれないが、もしかしたらやりようによっては回避できることもあるかもしれない。勝手に相手に先入観を持つのではなく、諦めず根気よく対峙すること。自分が相手に従っているようで、相手を立ててはいるけど、実はこちらのやりやすいように操縦してしまってもいいような気もしている。要するに「操縦されている」と思われなければいいのだから。一見ピンチに見えるようなシチュエーションでもこちらが先に折れてみる、「負けるが勝ち」の法則は健在だった。最初から投げ出さずに諦めないでいれば、できることはまだまだたくさんあると思っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)

「客観的な文章が書けるようになりたくて」2019年8月天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月同ライターズ倶楽部参加。同年9月READING LIFE編集部公認ライター。
言いにくいことを書き切れる人を目指しています。

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2022-08-31 | Posted in 週刊READING LIFE vol.184

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