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週刊READING LIFE vol.184

諦めた末にできることがあるとしたら《週刊READING LIFE Vol.184 「諦め」の技術》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/09/05/公開
記事:塚本よしこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「僕は死にましぇん! あなたが好きだから」
これは1991年に放送されたいわゆるトレンディドラマ「101回目のプロポーズ」の有名なセリフだ。武田鉄矢演じる星野達郎が、浅野温子演じるチェリスト矢吹薫に恋心を寄せ、何度もアタックする。矢吹薫は婚約者を事故で失っており、「また恋人をなくすことが怖い」と達郎に告げた。すると達郎が走るダンプカーの前に飛び出て、ダンプカーがギリギリ止まったところで「僕は死にましぇん……」と言うのだ。
このセリフは、その年の流行語大賞にもなった。薫の前には失った婚約者そっくりな男性が現れ心惹かれるが、最後は達郎を選ぶというハッピーエンドの物語だった。
美女と野獣のように、最初は脈もない関係だったが、最終的には真心が通じて成就する。諦めずに最後まで思いを伝え続ければ願いは叶う。100回断られても諦めなければ101回目に叶うこともある、そんな話だった。
 
もっと古くなるが、1983年にはスチュワーデス物語というTVドラマがあった。堀ちえみ演じる松本千秋がスチュワーデスになるまでの過程が描かれていた人気ドラマだ。千秋は「ドジでのろまな亀」と自分のことを言うくらい落ちこぼれていたが、最後まで諦めずに皆について行く。
このように「諦めてはいけない」「諦めなければ願いは叶う」そんな風に私が育った頃はずっといわれてきたように思う。
 
部活でバスケットボールをやっていた時はボールを取られても、諦めずに追いかけた。試合で負けていても最後まで諦めない。これは鉄則だった。
監督はよく
「諦めるな! どうしてそこで諦めるんだ!」
なんて怒鳴っていたように思う。
 
学校であった持久走大会やマラソン大会もそうだ。
諦めて途中で歩いたりせず、最後まで走り抜くように言われていた。そして、途中で諦めてペースを落としたり、気を抜いてしまうより、最後まで頑張った時の方が爽快感があった。頑張った自分を誇らしく感じた。だから、やっぱり諦めないで頑張ることは、素晴らしいことだと感じた。
 
学力テストなんかもそうだ。途中で諦めることなく、何度か見直したり、分からなくても何かは書こうと頑張った。
今でもよく覚えているのは、大学入試センター試験の時、数学を受けた時点で、あまり解けなくて、諦めてもう帰りたくなった。でも、諦めてはいけないと、気持ちを切り変えて他の教科も最後までやりきった。
若い頃の自分にとって「諦めない」ということはかなり有用に作用していた。それに、諦めなければ願いは叶うんだと普通に思えた。
 
しかし、大人になるにつれ、諦めないといけないことに遭遇するようになってきた。
まず、どうにもならないこともあると感じたのは就職活動の時だった。私は家の事情で、ほぼ就職活動をすることができなかった。そのために、新卒でどこかに就職することは諦めた。新卒で就職できるのは一生に1回しかない。新卒の就職はとても価値のあることだと聞いていたので、大きなチャンスを逃してしまうようだった。でも仕方がなかった。これは受け入れるしかなかった。
 
また、就職活動をしても採用されるとは限らない。自分の行きたい会社に就職できる人がいるのだろうかと思うほど、その頃は周りも苦戦していた。就職氷河期と言われていたので、就職できるだけでありがたく、内定をもらったところに行く。自分の行きたい会社に行けないなら就職しないなんて話は聞いたこともなかった。行きたい会社に行けるのは夢の話のようだった。
 
また、恋愛についても同様だ。好きな人ができても、脈がなければ諦めなくてはならない。武田鉄矢のように何度もアタックすることは現実的にはできないし、諦めなければ叶うとも思えなかった。
 
他にも、鰻が食べたくてもお財布にお金がなければ諦めないといけないし、いい服や靴があっても値段を見て諦めることもある。
小さなことも含めて、大人になると諦めることが増え、また諦めが上手になっていく。
子どもがオモチャを買ってもらえなくて、駄々をこねるようなことを大人はできない。叶わない願望はそれが強くなる前に、静かにデリートされるようになる。
 
保健体育の授業で「適応規制」というのを習ったのを覚えているだろうか?
欲求が満たされなかったときに、人はどういった行動をとるのか? どんな風に状況に対応し、心のバランスを取るのかというものだ。
例えば適応規制の1つに「合理化」がある。これは自分の行動にもっともらしい理由や説明をつけて、自分の立場を正当化することだ。イソップ物語でキツネがブドウを取れず「あのブドウは、すっぱいに違いない」と理屈をつけて納得するという話がある、まさにあれがそうだ。
このような適応規制について、どんなものがあったか、もう少し思い出してみる。
 
「同一化」は、他の人が持つ能力や功績をあたかも自分が持っているように感じて満足することだ。憧れている人、映画などの主人公に自分を重ね合わせ、自分の価値が高いと思いこむ。例えば「ロッキー」の映画を見た人は、両手でジャブを打つ真似をして映画館から出てきたなんて話を聞いたことがある。自分も強くなったように思うのだ。
 
「退行」は、欲求が満たされなくて、幼い子どもの段階に逆戻りしてしまうことだ。幼児のような行動をとることで、安全で負担のかからない状態に自分を置こうとする。
 
「逃避」は、欲求が満たされないとき、問題を解決しようとしないで、他のことに逃げることを指す。空想にふけったり、現実と関係のないゲームに夢中になったりすることだ。
 
「投影」は、自分の中の認めたくない感情を相手に重ね合わせ、相手がそのような感情を持っていると思いこむことだ。自分が相手を嫌いなのに、相手が自分を敵視していると思って攻撃を正当化したりする。
 
「反動形成」は、嫌だと思っている相手に過剰に親切にして、自分が持っている敵対心や攻撃性を抑えたり、好きなのに逆の嫌いな態度を取るようなものだ。また、臆病な人が逆に強がったりすることをいう。
 
「補償」は、ある欲求が満たされないとき、似た代わりのもので欲求を満たすことだ。ペットを飼ってもらえない子が、代わりにぬいぐるみをかわいがったり、自分の持つ欠点に劣等感を持つ人が、他の方面で才能を伸ばすことなどである。例えば病弱で運動ができない人が、学問の分野で成果をあげることなどがこれに当たる。
 
「昇華」は、性的欲求や攻撃欲求などの本能的衝動を、社会的に認められる別の高次な目標に形を変えて自己実現を図ろうとすることだ。失恋した苦しみの体験をもとに本を書いたり、仕事上のストレスをマラソンで発散するなどがこれに当たる。
 
以上のような適応規制を、みんな普段の生活の中で意識せずに使っているわけだ。
そして、この中でも、「補償」や「昇華」が、健全な適応規制のように教わった記憶がある。
けれど、私が大人になって出会った、メンタルが強いなと思う人たちは「補償」や「昇華」をしていたわけではない。面白いことを考えたり、思わぬことを言う人たちだった。
例えば、好きな人に手紙を出したのに返事が来ないということに対しては、「手紙が相手に届いてない、きっとどこかに行ってしまった」と言っていた。
他にも、何かの役に立候補しても当選しなかったときは、「みんな見る目がないな」と言うのだ。
自分だったら、私は好かれてないんだと落ち込んでしまいそうな状況だ。でもそんな風には考えないというのだ。いや、一瞬そう思ったのかもしれないが、それを考えても面白くない場合は採用しないのかもしれない。
こんな風に、そのことに囚われ過ぎず、自分を過度に下げることも落ち込ませることもない。1つの出来事に対する解釈や受け取り方のバリエーションが多い。すごいなと感心してしまった。
 
私は子どもと接する中で、相手に諦めてもらわないといけない場面に多く遭遇する。
すると、諦めが上手でない私もだんだんと鍛えられていった。子どもは大人と違いそう簡単に諦めてはくれない。簡単に、はい分かりました! とはならないのだ。そうすると色んな引き出しを用意しないといけない。
 
例えば、遊園地で乗り物に乗りたくて仕方ないが、120センチ身長がないと乗れない。そんな時は「まだ危ないからね」「向こうに乗れるのあるね」「来年になれば乗れるね」と言ったり、「アイス食べようか」と気をそらしたりする。
子どもはとにかく、おもちゃが欲しい! 行きたくない! それは着たくない! などと次から次に欲求をぶつけてくる。全部は叶えられないので、諦めてもらわないといけない場面はいくらでもやってくる。そんな時は、まずそうだねと受け入れ、代案を出したり、気をそらしたり、諭したり、あれやこれやとしなくてはいけない。お笑い芸人がアドリブに強いと楽しいように、バリエーションが増えると自分も楽になってくる。
そして、子どもに諦めさせる中で、自分のものの見方も少しは広がったように思う。
 
さて、今まで見てきたのは比較的日常にあるような諦める場面だが、今までの人生の中で最も大きな「諦め」は何だったか考えてみた。
すると、約10年前の出来事が思い出された。
私は小さい頃から何か大きな病気をすることもなく、手術や入院もしたことがなかった。
就職したときに同僚が自己紹介で「私は健康おたくです」というと、え、健康おたく? 何だそれは? と驚いたくらいだ。全く健康を意識したことがなかったからだ。体の心配はなく、好きなものを好きなように食べていた。
しかし、それから何年後かに職場の健康診断でちょっとした病気が見つかり、結局は手術をすることになってしまった。
全身麻酔をするために、同意書にサインをしなくてはならなかった。今となっては細かい数字は覚えていないが、そこには何万人かに何人かは麻酔が原因で亡くなることもあると書かれていた。麻酔によって亡くなる人があることを知らなかった。
初めての全身麻酔で意識がなくなることも、手術も怖くて仕方なかった。
テレビドラマでしか見たことのない手術室に通され、あの丸い照明を目の当たりにした瞬間、恐怖がマックスになり目を閉じた。
しかも、確率は低くありえないとしても、亡くなっても文句は言いませんとサインをしたようなものだ。手術もどうなるか分からない。もう諦めるしかなかった。
もしかしたら、起きたら天国かもしれないんだなとも思った。
 
そして怖くて心が崩壊するのを防ぐために、これは夢だと思うことにした。
「これは夢、これは夢……」
そして、あの時私にあったのは祈りだけだった。
全てを諦め、最後に残るのは祈りだった。
「どうか、無事に……」
これが、私にとって最大の「諦め」とサレンダーした瞬間だ。
 
日常の小さな諦めはいくらでも上手になっていく。大人になるにつれ、生きやすくなっていくだろう。しかし、もう本当に自分ではどうしようもないとき、人は祈ることしかできない。
諦め、降参したとき最後にできる術は「祈り」だ。
 
災害にあったときや悲しい現実を目の当たりにしたとき、何かを諦めないといけないことがあるかもしれない。また、遠くに住む人に自分は何もしてやれないと諦めてしまうこともあるだろう。でも、最後にできることがあるとしたら、それは祈ることだ。
そして、その祈りには力があると信じたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
塚本よしこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

奈良女子大学卒業。
一般企業をはじめ、小・中・高校・特別支援学校での勤務経験を持つ。
興味のあることは何でもやってみたい、一児の母。
2022年2月ライティング・ゼミに参加。
2022年7月にREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。

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2022-08-31 | Posted in 週刊READING LIFE vol.184

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