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週刊READING LIFE vol.187

獅子丸くんが繋いだまるちゃんとの出会い《週刊READING LIFE Vol.187 最近のほっこりエピソード》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/09/26/公開
記事:飯髙裕子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
事務所の扉を開けた友達が声を上げた。
「あー、獅子丸くんが小さくなっちゃったー」「えっ!」
私は慌てて中をのぞく。そこには、獅子丸くんを二回りほど小さくした丸い目の子がしっぽを振っていた。
 
夏に最近訪れる小さなダイビングショップ。そこの事務所に獅子丸くんはいた。
ケージというよりは檻というほどの大きな柵の中で、エアコンの冷気にうとうととしている。
最初、事務所の中に入って私は驚きと同時に、わくわくした。
こんな大きな犬を身近で見られるなんて……。
シベリアンハスキーの大きな体がふわふわとした毛でさらに大きく見える。
グレーの背中を覆う色合いとは裏腹にお腹と足の毛の白さがくっきりと際立ち、ハスキーらしからぬ優しい顔立ちが人なつこさを醸し出している。
 
「かわいいー」思わず口に出た言葉に、オーナーさんが目を細める。
「なんていうお名前ですか?」「獅子丸くんっていうんだ」
 
「こんにちは。はじめまして。よろしくね」
私の言葉がわかるのか、じっと私の顔を見つめてしっぽをブンっと大きく振る。
 
賢いなぁ。と思いながらダイビングに出かける私たちを見送ると、檻の中で静かに座り込んだ。
 
シベリアアンハスキーは、エスキモー犬の一種、いわゆる寒冷地で活躍した大型犬の種類である。犬ぞりを力強く引く姿は誰しも見たことがあるかもしれないが、南極大陸の探検隊に同行しての活躍などで、一躍有名になった。
日本では、有名な漫画の主人公として一気に知名度が上がり、ハスキー犬ブームが巻き起こった時期もあった。多頭飼育で問題になり、最近では以前ほどのブームはないようだが、大型犬が好きな人には人気の犬種である。
人に対して、友好的なので、一般家庭でも飼われることが多くなったようだ。
 
寒冷地での環境に適しているため、日本の湿気の多い暑い夏は苦手なようで、獅子丸くんも事務所の中から自分で出てくることはないのだが、オーナーさんは、事務所に戻ると、ほんの短い時間も獅子丸くんを外に連れ出し、周りをくるくると歩くお散歩をさせていた。
おそらく、ハスキー犬は、一日に1時間とか2時間の長時間の運動をさせることが必要なため、暇を見つけては、それをこなすための気遣いなのかなという気がした。
成犬となれば、4,50キロもある大型犬だから、散歩させるのもなかなか大変な体力がいることは明らかだ。けれど、都合のいいことにここのオーナーは、獅子丸くんを軽々と抱え上げるほどの身長と体重を持ち合わせている。
上手くできているものだと感心する。
 
ダイビングが終わって帰ってくると、私たちの姿を見てむっくりと起き上がり、しっぽを振る。
なかなか優秀な看板犬である。もこもこの毛が気持ちよく檻に近づくと、前足を檻のふちにかけて立ち上がる。
もうその時点で私と同じ身長になる。目線が同じ高さなのだ。大型犬らしい太い足がなんだかかわいらしくてつい話しかけてしまう。それをまたじっと聞いているかのような動作がなんともかわいい。
 
そんな獅子丸くんが、今年はいなかった。
どうしたのかと訝しげに顔を見合わせる私たちの心を見透かしたかのように、オーナーさんが「獅子丸くんは天国に行っちゃったんだ」と、さらりと、告げる。
 
そうだったんだ……。まだそんな歳ではなかったはずなのに……。
 
私は、「何歳だったんですか?」と聞いてみた。
「まだ5歳だったんだけど、病気でね……。手術もしたけど結局ダメだった……」
少し寂しそうな声だった。
 
それを打ち消そうとするかのように、「この子はね、獅子丸くんの兄弟の子供なんだよ」
という。「まだ3か月で、女の子なんだけどさ、4キロくらいはあるかな」
 
確かに、獅子丸くんに似た毛色と優しげな眼もと、ハスキーらしからぬ風貌はよく似ている。
 
3か月といえど、太い足を檻のふちにかけると私の首あたりまで来る大きさは、さすがに大型犬の貫禄だなぁと感心する。
何しろ人間の子供と一緒で、人を見たら遊んでほしくて仕方がないようにしっぽをぶんぶん振って檻のふちに飛び上がって足をかける。
 
おもちゃをくわえて、渡そうとするのだが、気持ちが焦りすぎて、下に落としてしまう。
 
「あー、落ちちゃったよ。ほら、下下」そう言うと急いで、また下からおもちゃをくわえようと探している。やっぱり言ってることをちゃんと理解してるんだ。すごいなぁ。
「この子はなんていう名前なんですか?」
「まるちゃんだよ」
 
オーナーさんは、ダイビング客を連れて海から帰ってくると、必ずまるちゃんに声をかける。
「ただいま、いい子にしてた?」
 
まるで小さな子に話しかけるような優しい口調だ。そして、やはり必ず、外に連れ出して周りをくるくると歩き散歩をさせる。
この子のことをすごく大切にしてるんだなというのが見て取れる。
 
ハスキー犬は、過酷な環境と労働に耐えうる体を持っているけれど、そのためそれに匹敵する運動量や栄養そして何より飼い主の正しい愛情が一番必要な犬種であることは言うまでもない。それは、どんな犬でもそう変わることのない原則ではあるのだが……。
 
まるちゃんは、獅子丸くんほどまだ大きくないが、多分一年もたつと、グンと体は大きくなるのだろうなと予想できる。
まだまだやんちゃな子犬なのだが、とてもそうは思えない体格だ。
 
頭をなでると、その大きな口で私の手を甘嚙みしてぺろぺろ舐める。
痛くはなくて、その温かさに思わず命のぬくもりを感じて、愛おしい気持ちになる。
私には少し遠慮気味に噛んでるのだろうか?
お客さんには、ちょっとだけ手加減するのか……。妙に納得してしまうのは、まるちゃんの様子を見ているといかにもそんな感じがしてくるせいだろう。
 
そう思ったのは、オーナーさんがまるちゃんに甘嚙みされて、「痛いよ、誰? こんなことするの」と言っていたからだ。
そう言われると、まるちゃんはなんだか少し申し訳なさそうな表情で、じっと見つめるのだ。
まるで、「痛かったの? ごめんね」とでも言っているようだ。
 
ダイビング客は、もちろん目的はダイビングをすることなのだが、私のような初心者は実は、結構緊張感も強い。
特に私は、海がちょっと怖いからなおさらだ。重い機材をきちんと準備して背負っていくことだけでもかなりの緊張感を伴うのだ。
 
まだ経験の浅いダイバーにとって、海に入る前や帰ってきたときのこんなお見送りやお出迎えはすごく心が癒されてリラックスできる。
 
海への恐怖心も一瞬忘れてしまう。
疲れて帰ってきたときにその顔を見ると、ほっとするのだ。
 
個人で少人数のダイビングのインストラクターをしているところは、こんな素敵な利点があって私は、とてもありがたいし、気に入っているのだ。
海という大きな自然を相手にするのは、実はいうほど簡単ではないことを私は身をもって体験したから、ダイビングショップの重視するところがどんなことなのかというのはとても気になるところだ。
 
ダイビングを安全に楽しくすること、多分どんなお店もそれを考えているはずだが、私は、そこのオーナーさんがどんな風に海の中や自分の周りの命に接しているのかというところを感じることで自分に合っているところかどうかわかる気がしている。
 
ライセンスを取った最初から、私はたぶんすごくいい人たちに恵まれていたと思う。
少人数でというところに私がこだわったこともあるけれど、小さな命をとても大切に扱う、そして自然の営みを壊さないようなやり方、そういうところで、いつもダイビングをさせてもらっているからだ。
 
海の中では、ほんとに小さくて見えるかどうかというようなウミウシや、産卵されたばかりの魚の卵。こういうものは、なかなか目にすることはできないし、ちゃんと育って大きくなるものの数は卵の数に比べたらほんのわずかだ。
そういうものを見つけて、ダイバーに見せてくれたあと、決してそれを摂ったりせず、元に戻すのは暗黙のルールだ。
 
一年に一回か二回ほどしか潜らない私にとって、海の中の命の不思議さと、今回のまるちゃんの存在は、心が癒されるかけがえのない経験だ。
毎日時間に追われて過ぎていく日常は、少なからず、心のゆとりを削り取っていく。
意識して、自分がいることのありがたさを感じていなければ、つい忘れてしまいそうになることもよくあることだ。
 
だから、私はいろいろな場所で出会う命に、素直に向き合いたいといつも思う。
いろんな命がこの世界で息づいていることが多分何よりも奇跡的なことなんだろうなと思えるから。そして、自分が生きていることもすごくありがたいことなんだと思えるからである。
 
まるちゃんの思わぬ歓迎は、獅子丸くんへの想いを彷彿させ、そして忘れることなくその想いをまるちゃんに引き継ぐためのプレゼントなのかもしれないという気がした。
それはまるちゃんも獅子丸くんも、そしてその前にいたワンちゃんたちもみんな家族だという繋がりのせいなのかもしれなかった。
ダイビングショップの看板犬という役割を、その名前以上に十分果たしていることは明らかだった。
 
まるちゃんに「写真撮ってもいい?」と聞くとじっとこちらを見てスマホを向けるレンズに顔を近づけてくる。
 
いやいや、近すぎるよ……。と思いながらカシャカシャとシャッターを切ると、ちょこんと、お行儀よく檻の中に姿勢よく座ってくれた。
 
この子は本当に頭のいい子だなと、改めて私は思った。
人間の言葉を理解するというよりは、心を理解すると言ったほうがいいだろうか。
一緒にいると、すっかり無防備になった私がまるちゃんを見ていることに気が付く。
この感覚は、なんだか赤ちゃんを見ている自分と同じだなと、ふと思う。
 
そうか、相手が純粋で無邪気な心を持っているから自然と、こちらもそういう気持ちになってくるのかもしれないなと気が付いた。
自分が素直な気持ちになれるこんな時間は、やっぱりすごく大切だ。
来年もまた、ここにきて、まるちゃんに癒されたいとすごく思う。
 
「まるちゃん、またね」
私は名残惜しい気持ちをぐっと飲みこみながら、来年もまた来ようと決めていた。
扉を開けると、夏の終わりの日差しがキラキラ輝いていた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
飯髙裕子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

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2022-09-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol.187

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