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週刊READING LIFE vol.189

子育てだってなんだって想定外のことばかり《週刊READING LIFE Vol.189 10年後、もし文章がいらなくなったとしたら》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/10/10/公開
記事:塚本よしこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「わたし、歌いたくない」
私はびっくりした。
今日は私の誕生日。目の前にはホールケーキが用意されている。
ショートケーキとは違う、ホールケーキだ。
自分の誕生日だから、本当はホールケーキでなくてよかった。
それぞれが好きな小さなケーキを買えばよかったのだ。モンブランでもショートケーキでもプリンでも何でもよかった。
でも娘が喜ぶだろうとホールケーキを買ってきた。誕生日は絶対に丸いケーキ! と今朝言っていたからだ。
この夏はシャインマスカットを何度も買ってしまった。紫色の葡萄と比べたら2、3倍の値段がする。本来私の中ではシーズン中、1度か2度食べられたら満足なものだった。
しかし、娘は見かける度にシャインマスカットを食べたいという。
そして買った時は、いつも本当に嬉しそうに食べていた。
「今日は買わないよ」そう言う時もあったが、毎回駄目だと言うのもかわいそうに思った。体調を崩した時は、元気になって欲しくて買ったりもした。もともとエンゲル係数が高めな我が家だが、この夏はより食費がかかった。
そんなこともあり、ホールケーキでなくてよかったのだ。
 
ケーキにローソクを立て、火をつけた。
さあ、バースデーソングを歌おう! と、その時だった。
「わたしは歌わない」
娘が言う。
え? こんなに盛り上げ、楽しい場面で、何で?
ご機嫌に今日という誕生日を終えたい私にとって、
え? はー?
という言葉しか出ない。
 
私と兄弟、私と親も全く違う性格だった。
けれども、こんな場面で歌わない! という言葉は聞いたことがない。
この場面では、歌うもの、何の疑問もなかった。歌いたかったし、歌ったら楽しかった。
そんな経験しかない私にとって、歌わない! という発言が理解できなかった。
少し腹立たしく思ってしまった。誕生日を祝う気持ちはないのだろうか?
妙に、難しい子だとも感じてしまった。
 
いや、この話を聞いて、その子の気持ち、もの凄くよく分かる! という人もいるだろう。
私もそういうタイプだったという方もみえるかもしれない。
歌うのにあまり深い理由がないように、歌いたくないのにもそんなに深い意味はないのかもしれない。ただ歌いたくないだけなのかもしれない。
しかし今までに聞いたことのない言葉だったので私は混乱した。
「なんでそういうこと言うの?」
突っかかってしまった。
大の大人が自分の誕生日に、歌を歌わないという子どもに怒る。
恥ずかしい限りである。
結局、もやっとしながらケーキを食べた。何なんだ歌わないって……。
 
数日経ち、ふとそのことを思い出した。
歌いたくないのは分かったが、結局その理由はよく分からなかった。
歌いたくないとだけ言っていた。
難しい子なのだろうか? 頑固なのだろうか?
この歌にトラウマでもあることにしておこうか? そうしたら仕方ないと思えるだろうか? 色々考えたけれど、しっくりこない。
 
そして、その時あることを思った。
もし将来AIに文章を書いてもらうとする。
例えば、今日の様子を書いてもらうとしよう。
ケーキが出てきて、ローソクも立てて……そこまで書いたので、それ以降をお願いする。
そしたら、AIはその続きを「皆でバースデーソングを歌いました」というようにしか書かないのではないだろうか? まさか、「歌いたくないので私は歌いませんでした」とは書かないだろう。
この次はこうなるだろうと誰もが疑わないようなシーンで、実際はこんな思ってもみないことが起こる。
こんな時、AIは使えないのではないだろうか?
自分が話した内容を正確に文章にしてくれる機能であれば使えるだろう。でも実際に起こった出来事を書いて欲しいとなれば、細かい指示が必要になりそうだ。
 
今まで子育てしてきた中で、可笑しかったことを思い返してみた。
そういえば娘は小さい頃、洗濯かごの中によく入っていた。
クリスマスにはプレゼントよりその包装紙を喜んだ。私は、え、そっち? と驚いたものだ。
でもAIは「洗濯かごがあったので、その中に入りました」とか、「クリスマスプレゼントより包装紙が嬉しかった」とは書かないだろう。
でも実際の日常はそんなものだ。このような内容を書いてもらうには細かい指示が必要そうだ。それなら自分で書いた方が早いような気がしてしまう。
 
先日も面白いことがあった。
子どもが体調不良で学校を休んでいる時だった。
ピンポーン! チャイムが鳴る。
「〇〇ちゃんあそべる?」
近所の子が誘いにきた。
え? 今日学校休んだのは知っているよね? 心の中で思った。
 
朝一緒に学校に行っていないので、休んだのは分かっている。
遊べないことを告げると、残念そうに帰って行った。
欠席しているから遊べないとは思わないのかな? と少し思ったが、ま、そんなこともあるかと気にせずにいた。
 
次の日も娘は体調が戻らず学校を休んでいた。
ピンポーン! また夕方にチャイムが鳴った。
誰だろう? 宅急便? なんとまた昨日のお友達だった。
結局5日間学校を休んでいる間に、3日同じお友達がやって来た。
もちろん我が子が不登校で、呼びに来たというのではない。
もうそろそろ遊べるかな? と日々来てくれたのだろうか。
なんだか不思議だな……私の感覚がおかしいのだろうか? 友人に聞いてみた。
すると友人もその行動は謎だという。やっぱり大人は不思議に思うようだ。
娘に聞いてみる。
「友達が学校を休んでいたら、その子とは遊べないと思わない?」
すると
「思わない」
と言う。え、そうなの?! これは低学年に限ったことかもしれないが、遊べるかどうかは聞いてみないと分からないようだ。
遊びたい気持ちがまさるのか? 家にいるみたいだから聞いてみようと思うのか?
いずれにしても、特に深い理由はないのかもしれない。遊びたいから、来てくれたのだろう。
 
こんな想像もしない出来事が日常にはいろいろある。
AIには、このような日常を描くのは難しいのではないだろうか?
 
雨が降っても傘をさない人もいるし、雨が降っても洗濯を入れない人もいる。
けれどAIの場合は、雨が降ってきたので傘をさした、雨が降ってきたので洗濯を入れた、と当たり前の展開しか書かないのではないだろうか?
 
それでは実際に、AIが文章を書くとどんな感じになるのか? 試してみることにした。
キーワードや最初の100字程度入力すると、その続きをAIが書いてくれるというサイトがあった。
先日の誕生日の出来事をAIだとどのように展開させるのだろう?
私は誕生日にホールケーキを用意したこと、ローソクに火をつけたことなど、歌を歌う直前までを入力した。
そして、続きができあがるのを楽しみに待った。
すぐできるかと思ったら、思ったよりは時間がかかった。
10分近く経ち、続きの文章が表れた。
 
皆でバースデーソングを歌うシーンが出てくるかと思いきや、そのようなシーンはどこにもなかった。ケーキを食べる描写もない。
驚いたのが、誕生日が「最後の誕生日」に変換されていた。
まるで自分の先日の誕生日が最後の誕生日だったかのようで、縁起でもないというか、嫌な感じがしてしまった。
また、会話文の語尾が「〇〇なのだ」と不自然で、まさにロボットのようだった。
なにより文章全体から「違和感」がにじみ出ており、率直な感想は「気持ち悪い」だった。
 
AIだと当たり前の展開しか書かないわけではなかった。
想像もしない内容が綴られていた。
誕生日を「最後の誕生日」としたことはAIの考えた意外性だったのかもしれない。
しかしその意外性は気持ちのよい意外性ではなかった。
あとは、とにかく文章が心に入ってこなかった。
 
乳牛が人に乳を絞られるのと、機械に絞られるとでは、どんな違いがあるのか? 牛側の気持ちを私は分からない。
しかし、機械に絞られるのは、最初気持ちの悪いものだったのではなかろうか?
いつも同じ力で一方的に搾ってくるからだ。
「今日は〇さん元気がいいな」「今日は○さん力がないな」そんな風に、世話をしてくれる人を牛も感じ取っていたのではないだろうか?
そして、お世話をする人も牛に触れながら、「今日はいつもより冷たい気がする」「今日は体調良さそうだ」というようなことを感じていたに違いない。
私がAIの文章を読んだ時に感じたものは、なんだか「一方的だな」ということだった。
それは乳牛が、機械で乳をしぼられ、何もそこに間合いや強弱がない時に感じるだろう気持ち悪さや怖さみたいなものと同じではないかと思った。
 
「心が通う」という言葉があるが、両方から熱が出ていないと、何だか気持ち悪い。片方だけからだと人形やぬいぐるみに向かって大人が話しかけているようなものだ。
AIの文章を読んだ時、こちらに「期待」や「理解しよう」という熱があっても、向こうからは「伝えたい」という熱を感じなかった。何を言いたいのかよく分からなかった。
やはりお互いから熱が出ていないと、どこかしっくりこないのだ。
 
今後、もっとAI技術が発達し、この時感じた違和感は徐々になくなっていくのかもしれない。学術書など、ある知識を統合して作る場合、またはビジネス定型文であれば、AIが無駄なく完璧な文を作ってくれることが役立つだろう。
しかし、エッセイや小説などは、私は人の手で書かれたものを読みたい。
そこには作者の熱、温度があるからだ。
 
AIがこんな小説書きました! とネットに載っていた。
けれど私は読みたいと思わなかった。
もし読んで素晴らしい文章だったとしても、「すごいな!」なんて心は動かなかったと思う。それはバッティングセンターで、毎回同じスピードの球が飛んできても「すごい!」と感動しないのと同じようなものである。
 
人の場合、考え方も、文体も、語り口も違う。それだからこそ面白いし、自分とは違うものに触れることが、自分を知るきっかけになったりする。
それに人は完璧でないのもいい。AIがいつも完璧で優秀な作品を作り、俳句大会で毎回優勝していても何も嬉しくない。プロ野球選手だって、毎回打つことはできないし、全く打てない日もある。人は完璧でないから味があり、応援したくなるものだ。
このようなことから、10年後AIが台頭してきても、私は人の書いた文章が読みたいし、自分も自分で文章を書けたらと思う。
 
「2032年、AI技術が発達し、自動で正しく、読みやすい文章が作成できる時代になった。それでもなお、書き続けたいですか?」この質問に対して今回考えたことは、「AIってなんだ?」ということより、「人間って何だ?」を考える機会になった。
そうしたら、人間は予想できないことをするから面白い、完璧でないから面白い、いつも同じでないからいい……と次々に浮かんできた。
そして、人間って愛おしいなと改めて思えた。
 
すると、あの腹立たしく感じた「わたしは歌わない」という出来事に対しても、「人間だからそれぞれか……」ま、いっか! なんて思えている自分がいた。
 
「人間だから……」この思いが、私の今後の子育ての力になるのかは分からない。
それでも、色んな状況に際して少しでも心に余裕ができるよう、頭の片隅に入れておきたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
塚本よしこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

奈良女子大学卒業。
一般企業をはじめ、小・中・高校・特別支援学校での勤務経験を持つ。
2022年2月ライティング・ゼミに参加。
2022年7月にREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。

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2022-10-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.189

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