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週刊READING LIFE vol.195

「青い果実」的どたばたアメリカ帰省旅《週刊READING LIFE Vol.195 人生で一番長かった日》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/28/公開
記事:ロビンソン 安代(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
今年の冬、約10年ぶりくらいに夫の実家アメリカ・テキサス州に帰省する。
コロナに関する英文ワクチン証明書を自治体に発行してもらったり、有効期限が切れそうな子どもたちのパスポートを更新しに行ったり、少しずつ準備中だ。
 
国際結婚をしていると、片方の実家への帰省が大変になることがある。
子どもが小さい時期はそれが顕著だ。
 
私は約15年前のある日の事を思い出していた。長い長い一日だった。

 

 

 

ある冬の朝、夫と私は自宅近くのバス停までの坂道を走っていた。
健康を意識したジョギングではない。
全力&本気で、焦って走っていた。
夫はリュックを背負い、右手に3歳の息子、左手にスーツケース。
私は大きなトートバッグを左肩にかけ、1歳2か月の娘を抱っこ紐で抱っこしながら、右手にベビーカーを持って……。
 
 
坂の上のバス停で、あと数分で到着する市バスに乗れないと、
30分後に大きな駅から出る成田空港行きのバスに乗り遅れる。
空港行きのバスに乗り遅れると、
アメリカ行きの国際線飛行機に乗り遅れる可能性が出てくる。
そうするとアメリカでの乗り継ぎ国内線飛行機にも乗れなくなり……
 
大変なことになる。それはまずいのだ。
非常に面倒な事になる。
 
だから、私たちは無我夢中で走っていた。
無邪気な我が子たち:息子(夫に抱きかかえられている) と、娘(私の胸に密着) は、
必死な私たちとは対称的にキャッキャッと大笑いしてそれぞれ上下揺れながら運ばれていた。
 
 
結果から言えば、
鬼の形相で走った甲斐あってか、私たちは何とか市バスに滑り込みセーフで乗車できた。
大きな駅での空港行きバスにも、
遠くから大声で乗務員さんに声をかけて走り(この際、恥は置いてきた)
少し待っていてもらい、ギリギリ滑り込み乗車した。
冬なのに汗だくで心身の消耗が大きく、車内で吐くかと思った。
 
小さな子どもがいると、予定通りに物事は進まない。
そんなの当然だ。分かったつもりでいた。しかし、脇が甘かった。そう、私は詰めが甘い。
今朝もそうだった。まさか出がけに玄関で1歳の娘が大きい方をもようすとは……うかつだった。私は母としてまだまだだと思った。洋服まで着替えさせないといけないことになり、大幅な時間ロスとなったのだ。こんな事になるのなら、朝、余裕をかまして台所の掃除なんかしなければよかった。なんて思ったが、思ったところで意味はない。
 
さて、
空港行きのバスに乗ったは良いが、子ども達はここで寝てほしくなかった。なぜなら、飛行機の中でできるだけ長く寝てほしいからだ。ちびっこを連れた旅において、彼らの体力配分は重要事項である。慎重に計画的にコントロールしなくてはいけない。しかし、私も夫も朝の「障害物競走的全力走り」でぐったりしていたため、うかつにも二人してバス内、うとうとしてしまった。結果、息子と娘も同様に入眠、からの爆睡。千葉県に入り目覚めて、慌てて子ども達を起こそうと試みたが、全然起きなかった。
 
「トラベルはトラブル」
そんな珍道中が既に始まっていた。
 
 
空港内では大急ぎで移動だ。とにかく搭乗ゲートを目指す。
搭乗口まで行けばあとは何とかなる!
私の頭の中では『ミッション:インポッシブル』のテーマソングが鳴り響く。気分はトム・クルーズだ。
ちょろちょろ動くリスク要因、3歳息子&1歳娘に常に注意を払いながらの移動劇。
免税店の香水の香りに心惹かれるも、自分を律して歩き続ける。
 
何とか無事搭乗口に到着、そして飛行機にも搭乗。
いいぞ、良い感じだ。
だがやはり……
子ども達は空港行きのバスで充電が完了している。機内で元気モリモリだ。
座席は、1歳娘は私の膝の上。その右隣に夫と息子が並んだ。
息子は予想外に「無害な元気さ」だった。成長を感じた。夫と一緒に映画を見て楽しんでくれていた。
 
問題はまさかの娘だった。
 
普段は息子の方が活発で娘は大人しい。
だから私は娘に関しては、「道中問題はなかろう。大丈夫だろう」と予想していた。
 
しかし、それは大きな誤算だった。思えば、
娘は前回飛行機に乗った時、生後2か月の乳飲み子でほとんど寝ていたので、本人的には今回が飛行機初な感じ。だからか、好奇心がこれでもかと溢れ出ていた。しかも数か月前に歩けるようになった喜びも相まって、彼女は今まで見たこともない程に興奮した「動きたい怪獣」と化していた。
 
空港内でも機内でも、それはそれはやんちゃに動き回ろうとし、その意欲は本能的なもので私が簡単に止められるようなものではなかった。聞き分けなんて存在しない。
娘の分の座席を予約しなかった自分のケチを大きく悔いたのは言うまでもない。
 
私達は機内中央の列に座っていた。私の左には他の乗客の方がいる。
私の右にはいびきをかいて気持ちよく何時間も寝る夫と、静かに映画を見続けたり、良い感じにちょくちょく静かに寝る息子がいた。
私は左隣の方に迷惑をかけないよう配慮しながら、
全力で前の座席によじ登ろうと試み、
後ろの若いレディ達に向けて座席の隙間から手を出したり引っ込めたりする、
娘を制止し続け、食事やらトイレやら、通路への散歩やらを繰り返し、約10時間、静かな闘いを続けた。
 
ここでの10時間は、
永遠のように感じられた。
 
何度も何度もフライト地図をスクリーンで見ながら、
「全然動いていないじゃない? やる気あんの?」
などと意味不明な独り言を、頭の中でつぶやいたり
していた。
 
無事アメリカ大陸が見えてきた時の、感動と疲労感のごちゃまぜは、筆舌に尽くしがたいものだった。が、ここでも終わらない。
 
着陸アナウンスの前にトイレに行くか聞いた時には行かないと言っていた息子が、
着陸態勢に入ったあたりからトイレに行きたいと言い始めてしまい、トイレに連れて行こうとしたら、それは許可できないから席に戻れとCAさんから言われてしまい、息子は尿意に悩まされ号泣。こんな事もあろうかと息子にはおむつパンツを穿かせていたので、その中でして良いのだと夫も私も言い聞かせたのだが、「ビッグボーイ」を自認する3歳息子にはそれは受け入れがたい行為だったらしく断固拒否。
 
着陸に向けて降下中の、わりと静かだった機内で、
息子の発する
「トイレ行きたいのー!!」
「おしっこー! え~ん」
という大きな泣き声だけが響きわたっていたのはあまりにシュールだった。あんなに泣き止まない息子は初めてだった。
 
 
何はともあれ飛行機が無事アメリカ合衆国の地に降りた時の開放感は今でも忘れられない。
しかしここでもまだ安心はできない。次は国内線への乗り継ぎが待っている。スーツケース4個をカートに乗せ、疲れてグズる子ども達を抱っこしたり手をつないでなだめながら、入国審査、セキュリティチェックを済ませ、国内線に乗るころには、なかなかの憔悴モードだ。自分たちの姿を写真か動画に収めておくべきだった。確実に笑える良いのが撮れたはずだ。
 
そうこうするうちに、国内線への乗り継ぎも完了。
CAさんや見ず知らずの方がフレンドリーに声をかけてくれたりしたのが救いではあったものの、へとへとだ。意識もうろうとする中、目的地であるテキサス州サンアントニオの夫の実家に到着したのは出発した日の午後8時頃だった。朝8時に東京の自宅を出てからは約24時間が経っていたが、時差もあってまだこの日はあと4時間もある。
 
夫側の家族や親戚が笑顔で出迎えに来てくれ、
久々の感動対面をしたわけだが、正直言うとあの時の私の頭の中は、
「明日も会えるよ。ぜひ早く寝かせてほしい」でいっぱいだった。
 
本当に長い長い一日だった。
それはもちろん物理的な時差のせいだけではない。

 

 

 

認知神経科学者として有名な金井良太氏が実験で証明したところによると
「人は、一定の期間内に断続的に記憶に残る事件が起きると、その時間が長かったと振り返った時に感じる傾向にある」そうだ。
 
まさに、15年前のあの帰省旅は、それに当てはまるものだった。
1日のうちで記憶に残る事件があちこちで発生。満載。
しかもどきどき、ハラハラのスリル付き。
 
それまでは、
第一子の息子を丸1日かけて出産した日が「最も長かった1日」のように記憶していたが、この旅の日も晴れて同率1位に並んだ。
 
 
だが今、
あの帰省旅以降の15年間を振り返ってみた時、
私にとって一日が極端に長かったと感じる日は特段存在しなかったように思う。
 
なぜなのだろう?
 
あの旅以降も、私は記憶に残る事を色々経験したのに。
やることが盛りだくさんな日や、苦労の多い日もたくさん経験してきたのに。
それなのに、なぜ首位が入れ替わったりしなかったのだろう?
 
 
それは私が人として成熟し、心のキャパが広がり余裕が出て、物事に動じなくなってきたからなのか?
それとも私の人生にルーティーンな日々が増えて、刺激的な日々が少なくなってきているからか?
そもそも老化で、刺激に関する感受性が鈍ってきているからなのか?
 
それらももちろんあるだろう。だが、思うに単純に、
あの時のインパクトが強すぎたのだ。
 
「我が子との初体験+苦労」の出来事は、
これ以上ない程ビビッド且つ強力なインパクトを持つ出来事で、
第一子誕生や、今回の旅などはまさにそれの極みだったのだ。
 
そんなインパクト強めの出来事たちのおかげで、
私の人生は、親になって以来、色彩や味わいが深く広くなっているように感じる。
親でいることは実に面白い。
我が子たちは私にとって、私の両親同様、
感謝したくなる存在でもあるのはそれが理由だ。
 
 
我が子の事になると、自分の事よりも感情が大きく動きがち。
親はそんな生き物なのかもしれない。
だから、子どもと初体験した印象的な出来事は、
いつ思い出しても、大変な1日であっても、
幸せで笑顔になる感情とともに、深く刻まれたままなのだろう。
 
 
だが、実のところ、子どもに関することだけではない。
人生において大変で苦労した事というのは、
後になったらかなり良い思い出や笑い話に変化することが多い。
 
 
私は自分の人生なんかをふと考えた時、もう子どもも大きくなったのだから、
新しい事にどんどんチャレンジして刺激をたくさん受け、
あっという間に過ぎていく大人な日々、過去を思い出すことがメインの日々だけではなく、
「長く、充実している」と感じる新鮮な日々も、沢山経験したいものだという気持ちがある。
今を、未来を向いて生きていきたいと強く思っている。
同時にその一方で、過去の思い出、特に
大変でしんどかった思い出も、敢えて大切にしていきたいという気持ちも存在している。
 
どうしてか?
 
人生は楽で嬉しい事ばかりではない。思わず嘆いてしまうようなダサくてへとへとになるような事もたくさん起きる。苦しい事も結構な数、起きる。
 
でもそんな出来事こそ、
自分の感情や価値観を大きく揺さぶり、
何か新しい発見に気づかせてくれ、
後々良い味を出す「青い果実」だからだ。
 
それが起きた時には硬くて、酸っぱくて、苦くて、食べられたもんじゃないけれど、時間が経つにつれて赤く色づいて熟して甘くて美味になる。もっと経つと発酵して、別の、おいしいワインのような極上の味わいをももたらす「恵みの果実」なのだ。
実らなかった初恋も、心身が傷つき失意の果てにした退職も、大切な人との別離も、
私は「青い果実」だと思っている。長い時を経て熟成されて私の中で輝く思い出となる。
 
そんな風に生きて、
「全て良い思い出になったわ」と感じられてこの命を終えられたら、幸せだろうなと思う。
そうなることが私の理想の生き方だし、そういう風にできるものだと普通に信じている。
結局は自分の捉え方次第なのだから。
 
今年のアメリカへの帰省はどんなものになるのだろう。
楽しみにして1か月後の帰省の準備に向けて日本のお土産
を買いに家を出る。清々しい青空が広がっていた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
ロビンソン 安代(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1977年静岡県生まれ。津田塾大学卒。
アメリカ・テキサス州出身の夫、高3息子、中3娘と東京都に在住。

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2022-11-23 | Posted in 週刊READING LIFE vol.195

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