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週刊READING LIFE vol.195

日本一の山は、時空の迷路だった《週刊READING LIFE Vol.195 人生で一番長かった日》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/28/公開
記事:西條みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
街の灯が、肉眼で、こんなに小さく見えることがあるだろうか。
暗闇の中、はるかはるか下方にきらめく光を見おろしながら思った。
光が遠すぎて、空恐ろしい気すらしてくる。見てはいけないものを見てしまっているような心地だ。
しかし、信じられないことに、これは肉眼で、現実なのだ。
 
 
「富士山に登らないか」
という、唐突かつ酔狂な提案に、二つ返事で
「いいよ!」
と答えたのは、もはや今となっては、若く前のめりな血がそう言わせたとしか言いようがなかった。
大学を卒業してすぐに就職した会社の、同期の男の子の提案だった。
当時、社会にIT化ネット化の波が押し寄せていた時代であり、ITコンサルタントを自称する我が社は、連日激務が続いていた。平日は毎日、終電まで仕事。時には土日も仕事をする。新入社員だからといって、手加減はされない。むしろ要領の悪い我ら新人は、同じ仕事をするにも余分な時間がかかり、激務に自ら拍車をかけていた。
そんな環境が数ヶ月続いた、7月の頭。同期のSが「富士山に登りたい」などと言い出したのは、溜まりに溜まったストレスが大爆発を起こしたに違いなかった。爆発の内訳は、「なんかどっか行きたい!」という超前のめりと、「もうどっかに行ってやる!!」という逃亡願望の二つが主成分であったと思われた。
乱心していたのはSだけではなく、あれよあれよという間に、私を含む6名の賛同者が現れた。前のめり成分と逃亡成分のどちらが多いかは人によって異なれど、総勢7名、Sを中心にあっという間に話はまとまった。山開きの翌日にあたる土曜日に、富士登山の決行が決まったのである。
 
 
夕方16時、新宿駅のバス乗り場に集まった。
口には出さねど、全員、多かれ少なかれ仕事をしてきていた気配を感じる。
私は、実はちょっと終わらなかった仕事が頭をかすめたが、一旦、脳内から追い払うことにした。これからバスで、山梨県まで向かうのだ。バスを降りたら、そこは富士山5合目である。入社してからこっち、仕事仕事でほとんど遠出をしていなかった。地方から上京してきた私は、そもそも富士山をあまり見たことがない。
これから一体、どんな体験になるのだろう。
「行く!」と手をあげた時は明らかに「逃亡」9割だったが、わくわくとバスの発車を待ちながら、私は心の中が高揚感で満たされるのを感じていた。
 
 
バスが止まったのは、19時を過ぎた頃だった。
すでに日は沈んでおり、あたりは薄暗い。標高2300mの富士山5合目は、都内のうだるような暑さと違い、半袖だとむしろ肌寒いくらいだ。
道中、仮眠を取ろうと思っていたが、あまり眠れなかった。昔から乗り物に乗ると景色を見てキョロキョロしてしまい、眠気が訪れないのである。今日は、はしゃぎっぷりは抑えて欲しかったなぁ、私よ、と自分の身体に話しかけながら、バスに預けていた荷物を受け取った。
 
売店で軽く軽食を取り、登山用の服に着替える。
にわかではあるが、皆、それなりに装備をかき集めてきている。私はスキーで使っていた下着類と上着に、一番上は釣り用の雨ガッパの上下という妙ないでたちだったが、それなりに山に登りそうな見た目にはなった。
夜21時、いよいよ出発だ。
スタート記念に集合写真を撮ってから、意気揚々と歩き始めた。真っ暗ではあるが登山者は多く、ライトの光に周りの木々が照らし出される。
山に登るなんて久しぶりだ。もともと、私は自然が大好きなのだ。小学校の頃はよく、父親と近所の山に登ったり、渓流釣りのお供をしたりしたものである。東京に来てから、仕事仕事ですっかり忘れていた。
「いやー、この道、なんか、ホントに頂上まで行くのかなって感じだねぇ」
緑の豊かな山道を歩きつつ、同期の1人がのんびりと言った。
冗談みたいだね、と言いながら、私は山の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 
が、ホントだったことはすぐにわかった。山道は冗談など言っていなかった。
あっという間に、森林限界を迎えたのである。
木々は姿を消し、高山植物すらいなくなった山道は、岩と砂と砂利のゴツゴツ道と化した。落ち葉や草のクッションがない道は、土や岩の硬さがダイレクトに足に伝わる。砂利は滑りやすく、うっかりズルっといってしまわないよう、努めて足を踏ん張らなければならない。
木が無くなって寂しいなぁ、など考えていた私は、今さらながら、こりゃ、結構大変なことになってきたぞ……という気配を感じ始めていた。
 
岩と砂利しかない道を、ジグザグと進む。数百メートル、斜めに登りながら進むと、ターンしてまた反対方向に数百メートル登る。この繰り返しである。人がたくさんいるので迷うことはなく、前の人に続いて歩けば良いのだが、それは逆に言うと、前の人に続いて進まないと後ろが詰まってしまうのだ。私はゼハゼハと息を切らしながら、必死で足を動かした。
「あ、6合、6合目だよ」
先頭を歩くSの声がした。
6合?! これだけ登って?!! 嘘でしょ?!!!
ぐはぁ、と心の中で声にならない声をあげながら、私は素早く頭を動かした。今ので6合目ということは、単純計算で1/5だ。ということは、あと4回、同じ道のりを登らなければならない。
これは……本当に、大変なことになってきた……。
というのも、少し前から、左足の調子がおかしいのだ。太ももの付け根あたりが、少し引きつるような感じがする。どうやら、段差のある岩を登り、細かな砂利に足を取られているうちに、変な方向に捻ってしまったらしい。
今はまだ大丈夫だが、あと4倍、耐え切れるだろうか。登山が恐ろしいのは、途中でバテたり怪我をしたりしても、自分の身体を自分で運ぶしかないところだ。よっぽどの事態ならヘリが呼ばれるが、大抵の場合、せいぜい友人に荷物を手伝ってもらうくらいで、自分の身体は自分で運ばなければならない。
どうにか……どうにか頂上までは持たせなければ……。
段々と蓄積してくる疲労を感じながら、私の心はドキドキし始めた。
 
左足に負荷をかけすぎないよう、真っ直ぐに足を運ぶ。必然的に右足に頼りがちになるため、左足を庇いすぎないよう、気をつける。
どうにか登っていけはしたが、登っても登っても次の合は現れず、ちっとも進んでいるように思えなかった。木々がないので景色も変わらず、同じジグザグの繰り返しである。
疲労で徐々に重くなる身体に、背中のザックがずっしりとのしかかる。
「コロコロ、正解だったなぁ……」
私は、今回のメンツの1人のNちゃんが、新宿駅に現れた時のことを思い出していた。他の全員がザックやバックパックを背負っていたのに対し、Nちゃんは、街に買い物にでも出かけるような格好で、キャスター付きスーツケース、通称コロコロを引いて現れたのである。
「何か、1人だけ、行き先違わない?! 大丈夫?!!」
主催者Sをはじめ、皆が大爆笑した。が、Nちゃんは登山前に、コロコロを5合目の荷物預かりに預け、身軽な格好で登山を開始したのである。確かに、登山後のお風呂セットや着替えは、登山中は不要だ。登山といえばザック!! と思っていた私は、なるほどなーと感心したのであった。
それにしても、重い。
行けども行けども道のりは変わらず、進んでいる気配がない。
時間の流れ方と距離の進み方がおかしくなってしまったのではなかろうか、と思っていた時に、声がかかった。
「あ、みね子さん、上に、8合目の宿場街が見えるよ」
私は顔を上げて、先を仰ぎ見た。確かに光が集まっている場所が見える。が、同時に気が遠くなった。光の場所が、とんでもなく「上」で、とんでもなく「垂直」の位置に見えたからである。
あ、あそこまで登るのか……。しかもあそこが8合ということは、そこから更に2合分登るということだ……。
果てしなさに、今度こそ意識が遠のいた。
 
おかしい……。富士山といえば、小学生も登るし、年配の両親を連れて登るという人も多い認識だ。年配の人は途中で一泊して、翌朝に続きを登ると聞くが、その場合でも、今、仰ぎ見た8合目の宿場街までは登っているはずだ。
自分の疲労困ぱい具合は、左足のせいなのか、単に私がヘタレなのか……。
朦朧としながら宿場街に辿り着いた時には、口から魂が抜けかけていた。
 
宿場街で遂に「左足が痛い」と打ち明けた私に、同期の1人がテーピングをしてくれた。彼は学生時代にサッカーをやっており、手慣れた手つきで処置を施してくれた。筋肉の方向にテープを貼るだけでこんなに負担が減るなんて、生まれて初めて知った。
足は少し楽になったが、この辺りからは、疲労に加えて、寒さと空気の薄さがのしかかってくる。特に、寒さが辛い。失敗した。ダウンも持ってくるべきだった。よくよく考えたら、つい先日まで登山道を閉じていたほどなのだ。地上は夏でも、ここはむしろ冬の終わりだ。寒くて当たり前なのだ。
気温の低さで、目に涙が滲む。足元ばかり見ていた視線をふと、山裾に向けると、とんでもなく下の方に、街の灯が見える。
なんだこれは……。肉眼で、こんなに高いところから街の灯を見下ろすことが、現実にあるなんて。光が遠すぎて、感覚がおかしくなりそうだ。ここは飛行機の中ではないのだ。私の足で立ち、私の目で見ているのだ……。
 
ジグザグを2つ終えるごとに「休憩!!」と叫ぶ以外は、足を前に運ぶことだけを考えた。
一体、今、何時なんだろう。
夜中には間違いないが、遅いのか早いのか全く感覚がわからない。
わかるのは今日が、とんでもなく長い1日だということだ。そりゃそうだ。布団に入るまでを「1日」と定義するならば、今日の1日は物理的に24時間以上なのだ。長いどころではない。終わる兆しもない。一体、今、何時なのか……。
頭の中で終わらない問答を繰り返しながら、9合目を過ぎた時だった。
「この、斜面を登ったら、頂上だから! あと、ほんの少しだよ!」
知らないおじさんに励まされながら、あと少し、の言葉をドーパミンのごとく脳内に充満させていた、その時だ。
すでに大分、空が赤くなっていた。
チカリ、と光が差した。
「あっ」
雲海の一点が光る。
「やばい。急げ!!」
そう言われても、今は最後の急登である。出し切れる力はとうに出し尽くしていた。
「ま、待って……。待って〜〜〜!」
……叫びもむなしく、太陽はしずしずと上られたのであった。
急な斜面にへばりついてご来光を眺める我々は、寒さにブルブル震える雀のヒナのようであった。身体は疲労困ぱいで、顔には涙と鼻水が滲んでいる。
それでも、ご来光は美しかった。眼下の景色は遥か彼方まで広がり、間違いなく自分が、どの山よりも高い場所にいた。
やがて、空全体に、美しい朝焼けが広がった。
 
おじさんの言った通り、最後の斜面を登ったらそこは頂上であった。
タッチの差で太陽に上られてしまったが、我々は満足していた。
日が昇ってしまえばぐんぐん気温は上がり、山頂も暖かくなった。雲よりも高い場所にいるのだ。晴天、どころではなく直射日光がさんさんと降りそそいだ。頂上をひとしきり楽しんだ後、下りの道に向かう。時空の迷路に迷い込んだかと思えた上りと異なり、下りは一瞬であった。
懐かしい5合目に戻る。ここを離れてから12時間も経っていないのに、5合目は既に懐かしかった。この山の頂上まで行って戻って来たなんて、夢だったのではなかろうか。
 
帰りのバスに乗り込むと、私は今度こそ、目を閉じた。
「1日」の定義を布団に入るまでとしたら、(布団はないが)ようやく私の1日が終わるのだ。
「今日は1日が、40時間くらい、あったな……」
物理的に40時間だとしたら、体感的には100時間くらい
眠りながら、私はバスに乗る前の会話を思い出していた。
「俺、1年に1回くらいは、登っても良いかも、って思った」
そうのたまうSに、
「嘘でしょ! 人生で、こんなに、消耗し切ったことはないよ……! 一生に1回で良いよ!!」
と宣言したのだった。
 
「でも、20年後とか、30年後とかなら、も一度、考えても良いかもしれないな……」
眠りに落ちる寸前に、思った。20年後に考えよう……。今はただ、この長い1日を終わらせるのだ……。私は深い眠りの中に、ゆっくりと落ちていった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
西條みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

小学校時代に「永谷園」のふりかけに入っていた「浮世絵カード」を集め始め、渋い趣味の子供として子供時代を過ごす。
大人になってから日本趣味が加速。マンションの住宅をなんとか、日本建築に近づけられないか奮闘中。
趣味は盆栽。会社員です。

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2022-11-23 | Posted in 週刊READING LIFE vol.195

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