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週刊READING LIFE vol.196

波瀾万丈な人生を生きた母から学んだ、人生で大切なものとは《週刊READING LIFE Vol.196》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/12/05/公開
記事:牧 奈穂 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
母は、私にとって、空気のような人だ。存在していて当たり前、いつも私を思ってくれるのが当たり前の人だからだ。だが、子供の頃に、そんな母と離れて暮らさねばならなかったことが、一度だけある。当たり前の存在が、急にいなくなってしまったのだ。
 
きっかけは、私が小学2年生の頃、父の事業が失敗してしまったからだった。父は、人はいいがお金には甘かった。厳しさがなく、全てを自分で管理していたから、きっと丼勘定で経営をしていたのだろう。黒字で仕事が順調だったことは、家庭生活にも表れていた。母が料理をしたくない時は、いつもお寿司の出前やステーキだったからだ。お寿司屋さんからちらし寿司が届くのは、普通のことだったし、焼くだけで簡単だからとステーキを食べることも多かった。母が初めて車の免許を取って乗った車は、クラウンだ。昔の道路は狭く、母は運転に不慣れで側溝にクラウンのタイヤをはめてしまい、動けなくなって皆に助けられたこともある。車好きだった父は、車検の度に車を買い、いらなくなった車を母が乗っていただけのことだった。決して母の金遣いが荒かったわけではなく、父が甘かったように思える。
 
自然の流れとも言えるかもしれないが、気づくと父は多額の借金を背負うことになってしまっていた。
「今度でいいよ……」
父は、正しくはない優しさを、取引先からの支払いの場で出したのだろう。小さな甘さが大きな借金を生んだのかもしれない。倒産が決まった時、父は一時的にどこにいるのか分からなくなってしまう。きっと借金返済の目処を立てるために奔走していたのだろう。私達は、父の帰りを待つが、父からは連絡もなく、なかなか帰って来ない。途方に暮れた母は、小さな町から出て行くしか道はなかった。父が生きているのかも分からないまま、母は帰りを待つわけにはいかなかったのだ。だから、親戚に電話をかけ、相談をしていたようだ。そして、ある日、母は決意する。私達家族は、「夜逃げ」ではなく、「朝逃げ」をすることになった。朝、一番早い列車で、伯母の住む家に向かったのだ。
 
「明日、ここを出るからね……」
そう言われた時は、少しワクワクしたことを覚えている。遠足に行く前の日のような気持ちだ。
「わかったよ!」
元気に母に返事をする。どこか遠くに行けることが楽しみで、旅行気分で私はその日を迎えた。
 
当時、母方の祖父母はこの世にいなかったから、伯母達に相談するよりほかはなかったようだ。大人達の取り決めで、母は離婚をすることを決意した。
「お父さんが帰ってきたら、あのまま一緒に借金を返す道もあったけれど、あなた達を大学に行かせるお金があるならば、そのお金を返せって、将来言われるかもしれない……」
母は、後になって、決意した時の気持ちを聞かせてくれた。
 
「伯母さん達に、借金があるお父さんと離婚をするように言われたの。もし、お母さんがこの先、病気になったりでもしたら、あなたたちは伯母さん達に助けてもらわないとならない。だから、言うことを聞くしかなくて……」
それは、母の願いではなかったと、ずっと後になってから聞いた。父は、お金に甘いかもしれない。だが悪いところを全て差し引いても、それでも人間的にプラスが残る人だと、繰り返し母は話していた。
 
町を出た瞬間は、旅行気分だった私も、その後、子供ながらに失ったものがあったことに気づく。大好きだったピアノ教室の先生、大切だった親友に、別れを言うことすら許されなかったからだ。ある日突然、自分の人生が終わるという感覚を初めて経験した気がする。人は、別れをきちんと告げないと前に進めないものだ。どんな失敗でも、どんな別れでも、終わりを実感できるだけいいものだ。人は、心にしっかりと終止符を打たないと、思いが宙に浮いたままになってしまう。その後30年近く、住んでいた場所に行くことはなかったが、ずっとピアノ教室や親友が恋しく、忘れることはなかった。
 
こうして、私達親子は新しい生活を始めることとなった。
母は、「生活が安定したら、迎えに来るからね……」と言って、兄と私を伯母の家に置いて行った。当時は携帯電話も何もない時代だ。だから、心の中で寂しい気持ちに押しつぶされそうになりながらも、ぐっと堪えて、母を待ち続けた。母に会いたくてたまらなかったが、預かってもらっている。お世話になっている……と幼いながらに、周りに遠慮があった。だから、わがままを言ってはいけない……そう思い、ずっと我慢をしていたのを覚えている。母に会えない時間は2〜3ヶ月だったのだろうか? よく覚えてはいないが、何年も会えないような気持ちがするほど、母に会いたくてたまらなかった記憶だけがある。夜、誰にも分からないようにそっと涙を流し、伯母家族に迷惑をかけないよう、幼いなりに「いい子」でいることに徹していた。
 
しばらくして、母が迎えにきてくれて、家族3人の生活が始まった。
母は、すぐに仕事を見つけたかったが、薬剤師の仕事が見つからなかったようだ。私が子供の頃は、「バツイチ」なんて言葉もなく、町からのシングルマザーへのサポートも手厚くはなかったのかもしれない。母は、私にそうだとは言わなかったが、生活の変化でそれが伝わってきた。お寿司屋さんのちらし寿司は、もうやってこなかったし、ステーキもなかった。そして、車もなくなってしまった。きっと、家計は相当苦しかったように思う。母は、すぐに働かねばならない経済状況の中で、近所のスーパーに勤め始めた。薬剤師の仕事しかしたことのない母には、スーパーでの仕事が全く分からない。
「大根は、どうやって並べるのですか?」
見ていればわかるだろう、と言いたくなるような質問ばかりを繰り返し、職場の人たちもイライラしたのだろう。
 
「大学を出たくせに、こんなこともできないのか?」
 
「何をやっているんだ。もっとテキパキ動けよ!」
 
厳しい言葉がたくさんやってきたそうだ。それでも母は、兄と私を育てねばならない。生きねばならないのだ。だから歯を食いしばって、一生懸命働いた。
 
ある日、お客さんにレジ打ちをしていた時の話を、私にしてくれた。
「こんなにレジ打ちに慣れずに時間をかけてしまうお母さんに、腹を立てずに待ってくれるお客さんがいる。その時に、本当にありがたいなって、心からそう思ったの」
母は申し訳なさと共に、お客さんに感謝の気持ちが湧いたそうだ。すると、心の底から、
「ありがとうございました」と言えたと言う。
そして、素早くないかわりに、心を込めて仕事をしたそうだ。きっとお客さんにもその気持ちが届いたのだろう。
「あなたのレジ打ちは、いつも丁寧だから、私はあなたのレジに並ぶの。ありがとう」
別な日には、そんな言葉をかけてくれるお客さんも出始めたそうだ。母は、嬉しそうに私に語ってくれた。
「心を込めて働けば、通じるのよね」
同じように私も仕事を持つ今、いつもあの時の母の言葉を思い出す。
 
慣れない土地で、慣れない仕事をする毎日……仕方がないとは言え、少しずつ母の心を疲れさせて行った。どんなに頑張って働いても、先が見えてこない。このままずっとここで耐えながら働くのだろうか……厳しい言葉をかけられる職場に、母は少しずつ疲れていった。仕事から帰ると、兄と私に夕飯を食べさせ、生活にも心にも余裕がない。
いっそこのまま、家族3人で天国に行った方がいいのではないか……
良からぬ思いが心に浮かび、孤独感を味わいながら、夜中に私達の寝顔を見たそうだ。何も知らずに、母にピッタリとくっついて、無防備に寝ている私達の顔を見るたびに、この子たちの大切な人生を奪ってはいけない……という気持ちになったと言う。母は、誰にも話せずに一人で耐えていたのだろう。
 
合わない仕事を続けながら、もうこれ以上我慢ができないと思ったある日、母は仕事を辞める決意をした。もう、食べられなくてもいい。もう、お金が底をついてもいい。もう、ここで働くことはできない。心が限界に達したところで、母は仕事を辞めることにした。
すると、その直後、仕事が少ない田舎町に、偶然、薬剤師の求人が出たらしい。親戚が話を持ってきてくれた。辞めたばかりの母に、助け舟がやってきたのだ。
 
かなりの苦労をした母は、私にいつも言う。
「もうこれ以上は我慢ができない……そう思うところまで耐えて、耐えて、耐え抜くと、新しい道が必ず与えられるのよ。だから、人生は必ず道が開けるから大丈夫」
これが、母の口癖だ。
 
私が大きくなるにつれて、母は、父のことも話してくれた。
「お父さんは、ずるいのよ。いつも仕事だと言って、囲碁をしに行ったり、飲みに行ったりして帰ってこないから、今日こそ怒ってやる! と思って、待っているでしょう。すると、お母さんの好きなパンを持ち帰ってきてね、『ほら、お前の好きなパン買ってきたぞ! 焼きたてだから、早く食べて!』って、笑顔で言うの。そうしたら、怒れないじゃない?」
 
父と離れてからは、母は常に働いていたので、私は、家族旅行ができた記憶がない。我が家には、時間的にも金銭的にも、余裕はなかったのだろう。夏休みの予定は全くなく、親戚の家や父方の祖父母の家に行くくらいだった。全ては父の甘さからの生活だが、なぜかそんな生活になっても、我が家の父の存在は、「とんでもない人」ではなく、「すごくいい人」だった。それは、母が父を心から尊敬していたからだろう。結婚とは、形ではなく心だと私は両親から学んだ。形だけの結婚生活をしていても、心のない生活ならば意味がない。
 
ある日、母は、父とした会話を私に語った。
「お父さんがね、お母さんに相談を持ちかけたことがあるの。あなたが2〜3歳の頃よ。
『もう一度、大学受験をしたい。学生の頃、医学部を諦めたけど、やっぱり医学を勉強したい』そう、お父さんが言ったの。でも、小さな子供達を抱えながら、お父さんが学生に戻るなんて、お母さんだけで生活を支える自信がなくて……いいよって言ってあげられなかったの」
母は、思い出すように、ゆっくり言う。
「お父さんは、やっぱりお医者さんになりたかったのよね。お父さんなら、いい町医者になったと思うわ。だから、お母さんは、お父さんをあの時幸せにしてあげられなかったという負い目があるの。あの時、認めてあげていたらよかった」
 
母を見ていると、羨ましく思う。
どんな苦労も、きっと父のためならできたのだろう。兄と私がいなかったら、きっとずっと父のそばにいたはずだ。どんなに苦労をしても、父への思いは変わらなかったことが伝わってくる。
 
「お父さんが倒産した時、こんな経験は、みんなができるものではないって思ったのよね。経験したくても、簡単にできることではないじゃない? だから、お母さんは、人と違うすごい人生を歩んでいるって思ったの」
 
「あの町にいた時は、お父さんが何でも一人でやってしまって、お母さんは奥さんとして、お父さんの仕事を支えることはできなかったの。お母さんは、いつも家の中に飾られたお人形みたいな感じだったわね。だから、お父さんと離れてからは、生活が大変でも自分の足でしっかり立って生きている実感が持てるようになったわ。あなたたちには苦労をかけたかもしれないけど、お母さんは今の生活はもっと幸せなの」
 
母は、同じようなことを、何度も私に話していたように思う。
幸せを「持ち物」で測らない母は、いつも心は幸せだったのだろう。その母の姿が私にはとても潔く、誇らしく思えた。
 
「お母さんは、波瀾万丈だった自分の人生を、いつか本にしたいの」
いつも口癖のように、私に話していた。だからつい最近、母に同じことを聞いてみた。
「今はうちでゆっくりしているのだし、本は書かないの?」
すると母は、
「もう、お母さんは歳をとって面倒になってしまったわ。本を読んでいるだけで十分よ……」
昔から、母は本ばかり読んでいた。今もその姿は変わらない。
 
そして、書くことが苦手だった私が、天狼院書店のライティング講座を受けて、母について書いている。母とは違って、作文が嫌いな私だったから、とても不思議な気さえする。
本が書きたいという母の言葉は、書くことに向き合っている今の私に繋がっているのではないか、と当時を振り返りながら思うことがある。
 
決して楽な暮らしではなかったが、父と母が人生をかけて私に伝えてくれたことは、今の私を作りあげてくれている気がする。母が書きたかった「母の人生」に思いを馳せながら、これからは私が、母の分まで書き続けていきたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
牧 奈穂(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

茨城県出身。
大学でアメリカ文学を専攻する。卒業後、英会話スクール講師、大学受験予備校講師、塾講師をしながら、25年、英語教育に携わっている。一人息子の成長をブログに綴る中で、ライティングに興味を持ち始める。2021年12月開講のライティング・ゼミ、2022年4月開講のライティング・ゼミNEOを受講。

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2022-11-30 | Posted in 週刊READING LIFE vol.196

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