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週刊READING LIFE vol.199

あの宮崎駿監督に「何者ですか」と言わせた話《週刊READING LIFE Vol.199 あなたの話を聞かせて》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/12/26/公開
記事:山田THX将治(天狼院ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)
 
 
これは実話である。
 
紛れも無く、アニメ界の巨匠・宮崎駿監督から、
「その方(私のこと)は、何者ですか」
と、言って頂いたのだ。
 
 
ことの顛末はこうだ。
 
私は学生時代から、映画解説者の淀川長治先生(1998年没)が創設した映画会に参加している。
その会で、多くの映画関係者と出会ったり紹介されたりした。その一人に、CMプランナーでアニメーション評論家の岡田英美子さんが居る。
岡田さんは、私の親と同世代だ。未婚で、御子さんは勿論いらっしゃらなかったので、私のことを息子の様に親しんで下さった。
 
1992年夏のこと。
その年、日本の映画界は宮崎駿監督の新作『紅の豚』の話題で一色だった。丁度、今年(2022年)秋の話題が、新海誠監督作品『すずめの戸締まり』一辺倒なのとそっくりだった。
私は臍曲がりな性格だ。しかも、画角を写真の様に切り撮る実写映画に比べて、自由に絵で描くことが出来るアニメーション映画には、どこか馴染めずにいたのも事実だ。自然な情景を如何に自分の画角に収めるのかの、アナログ感に欠ける気がしたからだ。
当時の私は、世の趨勢に倣って、諸手を挙げて『紅の豚』を賞賛する気に為れなかった。
ただ、主人公のロッソ(豚さん)が、トレンチコートのベルトをだらしなくポケットに突っ込んだり、無造作に結んだりすること無く、バックルでしっかりと留めた姿が恰好良く見えた。その年の秋から私は、トレンチコートを着用する際、必ずバックル留めにする習慣に為った。
豚さんのダンディズムに感銘を受け、影響されたからだ。真似したくなったのだ。
 
 
淀川先生の映画会で岡田さんは、私の顔を見るなり、
「観た? どうだった?」
と、訊ねて来た。
私の頭の上に建った“??”を感じ取った岡田さんは、更に、
「『紅の豚』、観たんでしょ」
と、言葉を追加した。
「えぇ」
私の気が進んでいない反応に岡田さんは、
「飛行機が沢山出てくるから、今度は貴方でも誉めると思ってね」
と、更に言葉を足した。
それでも、答えに窮している私に岡田さんは、
「それに近々、宮崎さんの所へ雑誌の取材で行くのよ。『紅の豚』の感想で、何か面白いことを言ってくれる人はいないかと思ったのよ」
と、少し困り顔で言って来た。
 
宮崎駿監督と岡田英美子さんは、御二人が東映動画というアニメーション制作会社に在籍中の先輩後輩(岡田さんが先輩)だ。そのよしみで、雑誌の出版元は岡田さんに取材を依頼してきたようだった。
当時既に宮崎監督は、『となりのトトロ』や『魔女の宅急便』で巨匠の仲間入りをしていたのだ。
取材する側は、人選にも気を使っていたのだ。
依頼を受けた岡田さんも後輩とはいえ、巨匠に対し少しでも気の利いた質問をしたかったようだ。
そこで私に、何か質問のネタと為る言葉を探ったとみられる。
私は私で、この場は臍曲がりを封印して、何とかポジティブな感想を捻り出そうとした。
そこで、
「宮崎監督は、飛行機だけでなく自動車とかも御好きですか?」
と、質問に質問を返す禁じ手を使った。
「えぇ。大変な車好きよ。昔から」
と、岡田さんは答えてくれた。
それならと私は、
「『飛行機のエンジン音に臨場感が有って、とてもリアルでした』と感想を伝えて下さい」
と、頼んだ。
更に、
「『素人の戯言ですが、私なら飛行機のエンジン音を反対にします』と伝えて下さい」
と、依頼した。
今度は反対に、岡田さんの頭上に“??”が立った。
そして、
「それはまた何で?」
と、私に理由を問い質した。
質問の詳細を説明すると、とんでもなく長く為ると判断した私は、
「『私なら、ライバルの米国人パイロットのエンジン音より、豚さんの方を少しだけ甲高くします』と言って下さい」
と、手短に纏めた。
その裏には、もし宮崎駿監督が私と同類の自動車好きなら、それだけで解かって下さると思ったからだ。いや、信じたかったからだ。
 
 
『赤ちゃんを泣き止ませるには、HONDAのバイク音を聞かせると効果的』
これは、HONDAの技術陣の見解だ。
只の一方的な見解ではなく、業界誌に発表されたデータの裏付けがある論文に近いものだ。
私はこの記事を新聞で見掛けた際、
『俺が赤ん坊の時も、多分、そうだったんじゃないかなぁ』
と、直感した。
何しろ私は、字を読むことが出来ない幼い頃から、父親が買い求めた‘東京モーターショー’のガイドブック(全車種が紹介されている)を、絵本代わりに見ていたそうだ。
 
確かに男の子は幼少の頃、乗り物に異常な興味を示すものだ。
そしてそれは、“電車派”と“自動車派”に二分される。
かくいう私は、正当な“自動車派”だ。今となっては自分でも理由が解からないのだが、電車や汽車には全く興味を示さなかった。
その代わり、街行く車の車種を外車も含めてたちどころに言っていたらしい。これは多分、モーターショー・ガイドブックの御蔭だろう。
 
そうして私は、類を見ない‘自動車バカ’に成長した。
その証拠に還暦を過ぎた現在でも、何時間運転しても疲れを感じることはない。また、自動車のレースも大好きで、30数年もF1レースを観る為に鈴鹿サーキットを訪れることを恒例にしている。
 
 
半世紀以上続けた‘自動車バカ’を自認する私には、ちょいとした特技がある。
自動車レースに興味が無い方には、只うるさいだけと思われるF1マシンのエンジン音が大好きなのだ。正直、興奮してしまうのだ。
そればかりか、メーカー別にエンジン音の聴き分けることが出来たりするのだ。嘘の様な話だが、毎年鈴鹿に集まる私と同類の輩は大概、横を向いていて(マシンを観ていないで)も、どこのマシンが通過したか聴き分けられるのだ。
 
特に特徴的なエンジン音は、イタリアのフェラーリと日本のHONDAだ。どちらも、ドイツやフランスそして米国メーカーのエンジン音より、甲高い音を発するのだ。
 
では、その似通ったフェラーリとHONDAをどうやって聴き分けるのか。
それは、両社の音質を聴き分けるのだ。
楽器に例えると、フェラーリはピッコロ、HONDAはトランペットといったところだ。
要するに、フェラーリは鳥や動物の本能に響く笛の音質だ。
対するHONDAは、人間の本能を感性を刺激するラッパの音質だ。
好みはそれぞれ有ろうが、強いて言うならば、フェラーリの方が人間の聴き取れない音域まで出していると私は感じる。ほんの数デシベルだけ、HONDAよりも高いと感じている。
あくまで、私の主観だが。
 
 
宮崎駿監督作品の『紅の豚』。
主人公の飛行機乗りロッソ(イタリア語で赤の意)は、その名の通り真っ赤な複葉機を操縦しながら登場する。言わずもがな、フェラーリを想像させる。
フェラーリは、イタリアの赤の象徴だ。
但しロッソは、故有って魔法で顔を豚に変えている。
 
ロッソには、米国人(こちらの顔は人間のまま)のライバル・パイロットが居る。
その名はカーティス。
彼が登場した途端、映画館の私は耳をそばだてた。
何故なら、カーティスという名を、宮崎監督はもしかしたらある意図をもって付けたのではないかと思ったからだ。
集中した私が聴き取ったところ、豚さんのエンジン音よりカーティスのそれの方が、ほんの少しだけ甲高く聴こえた。
私は落胆しなかったものの、宮崎監督の意図が解からなくなったからだ。もしかして、意図せず両機のエンジン音を付けたのだろうかとも考えた。
 
 
私の想像はこうだ。
『豚さんがフェラーリを象徴しているのなら、カーティスはHONDAだろう』
と。
これには確固とした理由が在る。
それは、HONDAの創業者である本田宗一郎氏が、自動車修理工時代に草創期のカーレースに出場したことが有るからだ。そしてその時、本田氏が乗っていた米国製のスポーツカーが“カーティス号”という名の車だったからだ。
この“カーティス号”、現在もHONDAのメモリアルホールという展示室に残っている。因みにこの“カーティス号”は、HONDAのエンジニアの手によって自走可能にレストアされ、会社の50周年祭の折に本田氏のドライブで、鈴鹿サーキットを走ったとの記録映像が残されているのだ。
 
そこで、
『もしかして宮崎監督は自動車のことをよく御存知の方かな』
と、考えたのだ。
自動車好きでないとしたなら、わざわざ“カーティス”と名付けないだろうとも思った。それも、フェラーリのライバルに。

時に1992年時点、F1の世界では、フェラーリとHONDAが‘V型12気筒エンジン’という究極に複雑なメカニズムで、覇権を争っていたのだ。
それはまさに、技術の極みで鎬(しのぎ)を削っていたのだ。
 
 
だから私は、
『豚さんがフェラーリを象徴しているのなら、カーティスはHONDAだろう』
と、想像したのだ。
 
だから私は、岡田英美子さんに対し、
「宮崎監督は、車好きですか?」
と、確認したのだ。
 
だから私は、豚さんのエンジン音が、カーティスのそれより少しでも甲高くなければ、違和感が残ってしまったのだ。


私の短い、
『ロッソのエンジン音を高くする』
の発言を、岡田英美子さんから聞いた宮崎駿監督は、頭上に“!!”を立て、
「その方は、何者ですか」
と、問われたそうだ。
岡田さんが私のことを宮崎駿監督に、映画と車が大好きな男と紹介して下さった。
宮崎駿監督は、暫しの間を置き笑顔で岡田さんに、
「その方に、『恐れ入りました』と御伝え下さい」
と、言って下さったそうだ。
 
 
『紅の豚』が公開された11年後、宮崎駿監督は再び実在した飛行機が数多く登場するアニメーション映画『風立ちぬ』を発表した。
昭和初期、帝国海軍の零式艦上攻撃機(ゼロ戦)を設計した堀越二郎氏の半生を、作家・堀辰雄の『風立ちぬ』のエピソードを加えた物語だ。
 
戦前生まれの宮崎監督は、幼き日に描いていたであろう“ゼロ戦”を、見事に美しくスクリーンに再現した。アニメーションならではの強みだ。
また、主人公・堀越氏のヨーロッパ留学時代のシーンでは、当時実在した飛行機や飛行船が描かれていた。
ただ、『紅の豚』と違っていたのは、ドイツの飛行船内のシーンで、正確なエンジン音が付けられていたことだ。聴こえて来たのは、BMWのそれだった。
当時、ドイツの飛行機や飛行船の多くは、BMWエンジンを搭載している。現代ではバイクや自動車のメーカーとして知られているBMWだが、飛行機エンジンのメーカーとして発足した。十字のBMWメーカープレートは、飛行機のプロペラの象徴だ。
 
 
今回も満員の映画館で、眼を閉じていてもBMWのエンジン音と解かる音を聴いた私は、どこかホッとした。
 
そして、宮崎駿監督から、こう言われた気がした。
 
「あの時の何者さん。今度は納得して下さったかな」
と。
 
 
私は一人、映画館の席で笑顔に為っていた。
宮崎監督と、感覚を共有出来た気がしたからだ。
 
そして、以前より少しだけ宮崎駿監督が好きに為った。
 
 
それ以上に満足感一杯で、大入り満員の映画館を後にした。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeasonChampion

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2022-12-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol.199

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