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週刊READING LIFE vol.199

絶望を超えた青空の向こうに見えるもの《週刊READING LIFE Vol.199》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/12/26/公開
記事:ぴよのすけ (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
私も含め、人は割と簡単に「絶望した」なんて口にするけど、たいていの場合はちょっと辺りを見渡したら案外近くに「希望」も転がっていたりするので、ショッキングなことが起きたとしても他のことに目を向けて意外と早く立ち直ったり、時間が解決してくれたりする。
 
「たいていの場合」とわざわざ但し書きを入れたのは、完膚なきまでに打ちのめされ、二度と立ち上がれないかもしれないと思わされるような絶望を、私自身は味わったことがないからだ。半世紀も生きているとそれなりに衝撃的なできごとには何度か遭遇するものだが、「何のために生きているんだろう」と虚しさを感じたことはあっても「死んだ方がマシだ」と思い詰めるほどの絶望を抱いたことはない。
 
絶望なんてできれば知らずに生きていたいが、そもそも絶望と希望はセットだから、どちらかだけを享受するなんて無理だ。
希望とは、ポジティブな未来が来ることを前提としたうえで、こうなってほしいとか、こうなるに違いないといった将来を描く青写真だ。
それが打ち砕かれたときに、人は絶望するのだろうから。
 
昔、ハルキという高校からの腐れ縁の友人がいた。
地元を離れて就職した私が、その新天地でひょんなことからばったり再会したのだから、これを腐れ縁と言わずして何と言おう。
一癖も二癖もあるヤツだったが、私とはウマが合って独身時代には数か月に一回くらい顔を合わせてあれこれ近況を話したりしていた。ペースとしては少ないが、なにしろアクの強い性格をしていたので、一回会ったらしばらくは「ハルキお腹いっぱい状態」になってしまうのだ。「いい人」だったら誰とでも結婚できるのかといったら決してそうではないのと同様、「いいヤツ」だが会うのはたまにでいいというタイプの人間もいる。
 
ハルキは五人兄弟の四番目で、一度だけ「オレはいらない子どもだったから」と自嘲気味に話していたのを覚えている。
 
「両親にとってオレは『またか』の子どもだったんだ。だってそうだろう。すでに三人も息子がいて、大して金持ちでもなくて、それでも次を欲しがるなんて娘が欲しい以外に何がある。それが証拠に、なんとオレには年子の弟がいる。オレは最後の子どもにふさわしくなかった、そういうこと。両親は五人も男が生まれたところでようやく、娘を持つのを諦めたんだよ」
 
いくらなんでも、いらない子なんて……。
だが、珍しく真顔で話すハルキを見てしまった私は、
「そっか……」
と相槌を打つのが精いっぱいだった。
めちゃくちゃおしゃべりで、ハイパーブラックなジョークをガンガンかましてくるハルキがふとした瞬間に見せる、ちょっとひねくれたような、世の中を冷めた目で見ているような、ここまではいいけどここからは踏み込んでくるなよと言いたげな陰のある雰囲気は、このことが原因なのかなと思った。
 
ある日の夜遅くに電話が鳴った。
受話器の向こうで、ハルキが声を弾ませていた。
 
「アンタ、何時だと思ってるのよ」
「悪い悪い、あのさ、オレ、結婚するわ」
「えー! マジで? おめでとう!」
 
なれそめを聞かせてよと私がせがむまでもなく、ハルキが話したくてうずうずしているのが手に取るように分かった。
「せっかくだからお祝いしよう。おいしいものを食べながらゆっくり話を聞かせてよ」
次の日の夜に、早速会う約束をした。
 
その日は普段行くお店よりもちょっとだけお高い居酒屋の暖簾をくぐり、ちょっとだけいいビールをハルキに押し付けて乾杯した。
奥さんになる人はハルキの中学時代の同級生だという。だったら私とも同郷だ。
彼女は地元ではいわゆる「いいおうち」の一人娘で、結婚したらハルキが婿養子に入ることになっているのだそうだ。
お正月で帰省したときの同窓会で再会して意気投合したのだと、ハルキは嬉しそうに話していた。
 
「だったら仕事は辞めるんだね」
「うん。彼女の父親が会社を経営してるから、そこで働くことになる」
「そうなんだ、逆玉かよ!」
 
生まれ育ったのがああいう絶望的な家庭だったから、名字が変わることにも抵抗はないとハルキは言った。その言い方にちょっと引っかかるものを感じたが、そうだね、婿養子として奥さんファミリーにどっぷり浸って、新しい名字で新しい人生をスタートさせるんだな、最高じゃんと私も答えた。
 
ハルキはしばらくすると大阪を引き払って、地元に帰っていった。
結婚式で見た、ハルキのちょっと照れくさそうな、だけど希望に満ちあふれた顔は今でもよく覚えている。
 
結婚を境に、私とハルキのやりとりはほぼ年賀状だけになった。
どちらかにパートナーができた異性同士の友人関係なんて、それくらいがちょうどいいのかもしれない。少なくとも、新婚家庭に夫の女友達の影はちらつかないほうがよい。
 
翌々年の年賀状には男の赤ちゃんが増え、それから数年後の年賀状には女の赤ちゃんが加わっていた。幸せに暮らしてるんだなと安心していた。
 
それからまた何年かが過ぎ、私は年賀状を書くのを止めた。年末に仕事が集中するようになって年内に投函できなくなったので、三が日が年賀状書きに追われるようになった。せっかくの休みに何をやっているのだろうと自分がバカみたいに思えて、出すの止めてしまったのだ。
 
ハルキとの年賀状のやり取りもそれで自然消滅してしまったが、何かあったら電話やメールで連絡が取れるからいいや、くらいにしか考えていなかった。
そのせいで、ヤツの置かれた状況を長い間知らずにいることになったのに。
 
ハルキが亡くなったという知らせを受けたのは、それからさらに何年か経ってからだった。
連絡をくれたのは、ハルキと中学、高校と一緒だった共通の友人だった。
「お前、年賀状を止めちゃったから知らないだろ。ハルキな、この間亡くなったんだよ」
 
しばらく言葉が出なかった。
ハルキが死んだ? 病気だったんだろうか、それとも交通事故?
上のお子さんは高校生くらい、下のお嬢さんは中学生くらいになるのじゃなかったか。残されたご家族は、奥さんは大丈夫だろうか。
 
「……なんで?」
「借家の屋根から落ちたんだって。平屋の家だったから、そう高いところから落ちたわけじゃなかったけど、打ちどころが悪かったと聞いた。それに独り暮らしだったのと、落ちたところが裏庭とブロック塀の間だったから誰にも気づいてもらえなくて、亡くなって2~3日経ってから近所の人がたまたま見つけたらしい」
 
借家? 独り暮らし? どういうことだ。
「ハルキ、離婚したんだよ。知らなかったのか?」
「うん、知らなかった」
「どこから話せばいいんだろうな……」
 
それから聞かされたのは、にわかには信じがたい話だった。
ハルキは結婚後、二人の子供に恵まれて一家四人で暮らしていたが、あるとき奥さんの浮気が発覚した。しかも相手の男はハルキと奥さんが同窓会で再会する前からの付き合いで、ハルキと結婚してからも関係はずっと続いていたのだと友人は言った。
 
「なんでそんなこと知ってんのよ」
「田舎のことだ。どれだけ隠したってどっかから漏れるもんだよ。誰も表立っては口にしないけどな」
「じゃあ……何で奥さんはその男と結婚しなかったの」
「結婚できない男だったんだとさ。ハルキの奥さんは父親が会社を経営していて、一人娘だと言ってただろ? だから婿養子を取ることは既定路線だった。だけど相手の男も一人っ子長男で、絶対に婿には出さないと先方の親から言われて破談になったらしい」
「そんな……じゃあハルキと結婚したのは」
「奥さんにとって都合がよかったんじゃないか。五人兄弟の四番目なんて、親からしてみたらどこに行ったって構わないようなポジションじゃん。奥さんはどうしても婿取りして跡取りを産まなきゃいけなかったから」
「それにしたって、あんまりだよ。ハルキはちゃんと慰謝料貰って離婚したんだろうね?」
「いや、それが、身一つで追い出されてしまったんだ」
 
何てことだ。だったら当然、離婚と同時に家も職も失ったということか。
 
「何でよ?! 何も悪いことしてないじゃん!」
「それが、浮気を知ってカッとなったハルキは、奥さんを殴っちゃって。一回だけならまだしも、それからDVが始まったそうだ。それで奥さんの親が激怒して介入し、お互いさまだから慰謝料なしということで話を進められちゃったらしい」
 
え? ハルキがDV?
そんなこと信じられないと頭の半分は反論しながら、もう半分はハルキがあの夜にぽろっとこぼした「絶望的な家庭」という言葉を思い出していた。
 
「ハルキ自身もDVを受けて育ったヤツだったから……とはいえ、それは人を殴っていい理由にはならないんだけど」
「……知らなかったよ」
 
それだけ言うのがやっとだった。
時折ハルキとの間に感じていた見えない壁のようなものは、それが原因だったのかと思い至った。
 
「何で屋根なんかに上がってたんだろう」
「それは分からない。単に屋根に上って昼寝でもしたかったのかもしれないし、他の理由があったのかもしれない。警察は事故として処理したと聞いたけど、理由は誰にも分からない」
 
ハルキの死亡推定日は、晴天の続いていた10月の中頃だったそうだ。
あまりにも重い荷物を背負いながら生きてきたハルキが最後に見たものが、秋晴れの澄み渡った空だったということを知り、私はちょっとだけ救われた気がしている。
 
希望がなければ、絶望も生まれない。
だがその逆もまたしかりじゃないだろうか。
パンドラの箱から最後に出てきたものは希望だったという。
絶望から立ち上がろうとでもしていなければ、人は青空の下、意味もなくわざわざ屋根に上るなんてバカげたことはしないんじゃないだろうか。
 
だから私は、ハルキが最後に抱いていたものが、希望だったと信じている。
 
 
 
 

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ぴよのすけ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2022-12-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol.199

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