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週刊READING LIFE vol.202

共働きの両親はいつも家にいなかった。でも僕は寂しい思いは全くしていなかった。《週刊READING LIFE Vol.202》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/1/30/公開
記事:大塚久(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「ざっざっ、トントン、ビーン」
「ピシッ、シュー、ピシ、ガーッピッ」
「しゅるるー、シュッ」
「トントントン」
 
僕が年末に思い出すのはこの音だ。これは今からもう30年ほど前、僕が小学校4年生ぐらいになるまでの間いつもお世話になっていたお煎餅屋さんの音だ。お煎餅屋さん「風味堂」は商店街の真ん中にあり、商店街にある本店以外に、自社の製造工場を持ち、市内に支店が3つ、県外にも1つある、今考えてみると以外に大きいお煎餅屋さんだったのだと思う。僕がいつもお世話になっていたのは商店街にある、店舗兼住宅のいわゆる普通のお煎餅屋さんだったのでそこまで大きな組織になっているとは想像もできていなかった。
 
そんな大きいお煎餅屋さんだったし、30年前はコンビニも今ほどたくさんなかったため、ふと立ち寄ってお煎餅を買っていく人や、海に近い土地柄、サーファーが海に行くついでにピーナッツを買って行ったりといつもお客さんが来ているようなお煎餅屋さんだった。そして年末になると、年始の挨拶用に箱詰めのお煎餅を買いに来る人がひっきりなしにやってくる。今でこそお年賀のお菓子はたくさんのものがあるが、当時はある程度日持ちのするお煎餅がよく選ばれた。
 
風味堂の看板商品は昔ながらの手焼きで焼かれた丸いお煎餅に醤油を浸したいわゆる醤油煎餅で、余計な添加物などは一切使っていない、うるち米と本蔵醸造の醤油だけを使った、お米の味とお醤油の香ばしさを感じ、バリバリと音を立てて食べる、本当に美味しいお煎餅だ。そのお煎餅が8枚、袋詰めされ、表に習字の師範代でもある、お店のおかみさんの達筆で書かれた「稲穂」というラベルが豪快に入っており、なんともお正月に縁起の良さそうなお煎餅だ。
 
その「稲穂」が入った箱詰めが年末になると飛ぶように売れ、一日で数百万円の売り上げがあるほどだ。もちろん普段のお店番の人だけでは回らないので、年末専用のお手伝いが必要になる。そのお手伝いが、冬休みで学校が終わっている僕と、仕事納めが終わった会社員の父である。
 
風味堂は母が中学を卒業して秋田の実家から神奈川に出てきてからずーっと働いているお店だ。なぜ秋田の母の実家と神奈川の風味堂がつながっているのかというと、詳しいことはわからないが、どうやら遠い親戚らしい。そして、その風味堂の紹介で母と父が結婚した。そんな縁からうちの一家と風味堂は文字通り家族ぐるみの付き合いをしていた。僕はいつも小学校が終わると自宅ではなく、母の勤めている風味堂に帰っていたし、風味堂の社員の人たちとみかん狩りに行ったり、クリスマス会なんかも風味堂でやっていたのを覚えている。
 
年末の12月31日になると、母は早くに自転車で風味堂に向かい、僕と父は遅れて歩いてお店に向かう。お店に着くとまず出てくるのがインスタントのコーヒーだ。なぜかわからないが、風味堂では朝、インスタントのコーヒーと豊島屋の鳩サブレーを食べて仕事が始まる。子供の僕も例外ではなく、幼稚園に行くバスを待っている間、コーヒと鳩サブレーを食べて待っていた。今でもコーヒーが好きなのはこの体験が間違いなく影響している。そしてコーヒーを飲み終えると怒涛の時間が始まる。
 
まずはお煎餅の袋詰めだ。工場で焼かれたお煎餅は一斗缶に入ってお店に運ばれてくる。その一斗缶のお煎餅を
 
「ざっざっ、トントン、ビーン」
 
と袋に詰め、はかりで計り、封をする。ここまでは母の仕事だ。母は日頃かこの仕事をしているのでとにかくこの作業が早い。一斗缶から掬ったお煎餅の量はほぼ決められた分量掬えており、いちいち減らしたり足したりといった工程がほとんどない。何十年もこの仕事をしてきた経験の長さを物語っている。そして母が袋詰めをしたお煎餅の袋にラベルを貼るのが小学生の僕の仕事だ。
 
実際にお煎餅を触ったりといった衛生的な部分は大人がやるが、袋にラベルを貼ったりといった簡単な作業は小学生の僕でもできる。母が詰めてくれたお煎餅に一つ一つラベルを貼って、並べ、貼って、並べと作業する。
面倒臭いながらも次から次へ袋詰めされるお煎餅の早さに負けないようにラベルを貼っていく。作業自体は簡単だが、自分も仕事の一部をやっているという満足感や達成感は学校の勉強だけでは得られない経験だ。
 
そしてラベルが貼られたお煎餅を箱詰めして、
 
「ピシッ、シュー、ピシ、ガーッピッ」
「しゅるるー、シュッ」
 
とラッピングするのが父の仕事だ。父はもともと手先が器用で伝統工芸の鎌倉彫りもでき、うちに父が作ったお盆があるくらいだ。なので、一度ラッピングの仕方を覚えてしまうと普段やっていないとは思えないくらい綺麗にラッピングされていく。ただ一つだけ欠点なのが父はもともと左利きなので、ラッピングも右利きの人とは逆の紐の結になってしまう。それはそれでしょうがないとしてどんどんタッピングされていく。
 
そして最後にラッピングされたお煎餅にのし紙をつける。そののし紙に
 
「トントントン」
 
と「風味堂」のハンコを押すのも僕の仕事だ。細長いのし紙が100枚束ねられている束を一枚ずつめくって右下のぎりぎりのスペースにハンコを押していく。なかなか難しい作業なのだが、これは幼稚園バスを待っている間にお小遣い稼ぎで1束50円でいつもやっていた作業なので要領よくトントンハンコを押せる。こうして僕の一家の作業でお年始の贈答用に包まれたお煎餅はお店でお客様の手に渡ったり、宅配便で相手の元に届く。
 
それが朝から夕方の18時ぐらいまでずーっと続く。この風味堂のお手伝いが30年くらい前までの僕の家の年末の決まり事だった。
 
そして18時を過ぎてお店が閉じると風味堂で忘年会が開かれる。
各支店の社員さんも商店街のお店に集まってきて、お店の奥のリビングで一緒に紅白を見ながらご飯を食べ、お酒を飲むのだ。そして夜の10時くらいになると年越しそばの出前をとりみんなでお蕎麦を食べて解散になる。今の世の中では年末年始は家族で過ごして、仕事とプライベートは別なのが当たり前なのかもしれないが、僕のとっての年末は仕事をして、一緒に仕事をした人たちと労を労い、また来年もよろしくと言って別れるのが普通だと思っていた。いい意味でみんな家族のような存在だった。
 
うちの家庭は共働きだったため、家にはいつも人がいない状態だった。兄が一人いるが、その兄も10歳離れていて、小さい時に一緒に遊ぶというのもほとんどなかった。これだけを聞くと寂しい子供時代を過ごしたと思われてしまうが、むしろ僕は逆で、学校が終わると風味堂に帰っていたため、常に誰かしらがいる状態だった。そしていろんな大人たちが出入りしているのでみんなが年の離れた兄弟や親戚のおじさんおばさんみたいで、家の他にもう一つ帰れる実家があるみたいだった。僕は寂しくなかったのだ。
 
今は核家族化が進み、感染症の影響もあって、家族がなかなか会えないことも増えてきている。その上、仕事とプライベートは別と割り切って仕事関係の人との繋がりもあまりなくなっているのかもしれない。昔は会社で会って、休日は一緒にゴルフに行ってと言った仕事を超えた繋がりというものがあった。もちろんその全てがいいというわけではないが、その仕事を超えた職場の人との繋がりのおかげで僕は幼少期を寂しく過ごさずに済んだ。
 
あの忙しい年末からもう30年。僕がお世話になっていた風味堂は場所を移転してまだ存続している。お店にはもう91歳になる女将さんが毎日店に立って接客している。今は以前ほどの賑わいはないが、それでもお客さん一人一人に声を掛け、世間話をしながら関係を築き続けているからこそ何十年もお店が続いているのだと思う。
 
もう年末に手伝いに行くことはないが、12月30日はおかみさんの誕生日だ。12月30日は挨拶がてら奥さんが焼いてくれるパウンドケーキを持って風味堂に行くのが今の年末のルーティーンだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
大塚久(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

神奈川県藤沢市出身。理学療法士。2002年に理学療法士免許を取得後、一般病院に3年、整形外科クリニックに7年勤務する。その傍ら、介護保険施設、デイサービス、訪問看護ステーションなどのリハビリに従事。下は3歳から上は107歳まで、のべ40,000人のリハビリを担当する。その後2015年に起業し、整体、パーソナルトレーニング、ワークショップ、ウォーキングレッスンを提供。1日平均10,000歩以上歩くことを継続し、リハビリで得た知識と、実際に自分が歩いて得た実践を融合して、「100歳まで歩けるカラダ習慣」をコンセプトに「歩くことで人生が変わるクリエイティブウォーキング」を提供している。

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2023-01-25 | Posted in 週刊READING LIFE vol.202

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